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第二話 命捨島

《助けてほしいの》




奈美から届いたメッセージを見ながら、僕はこの三日間のことを思い返した。




五年間、一度も会っていない初恋の相手、西条奈美から、三日続けて奇妙な荷物が届いた。




一つ目は、




コインロッカーの鍵。




二つ目は、




地図に名前も載っていない島の地図。




三つ目は、




東京から倉敷までの新幹線の切符。




しかも送り元は、




**香川県香川郡命捨島町。**




検索しても存在しない住所だった。




奈美が僕に何かを伝えようとしている。




そして何より、




奈美に会いたかった。




だから僕は、




東京から倉敷まで来た。




倉敷駅のコインロッカーを開けると、




中にQRコードがあった。




読み込むと、




奈美のチャットにつながった。




五年ぶりに届いたメッセージは、




《今から、命捨島に来て》




そして、




《助けてほしいの》




だった。







僕はチャットアプリで奈美にメッセージを送った。




《できることはやる。だから、状況を説明してほしい》




すぐに既読がついた。




《中野の目で、実際に見てもらった方が早い》




《島に着いたら連絡して》




「またそれかよ……」




ここまで来ても、




何も教えてくれない。




僕は返信した。




《分かった》




《島へはどうやって行けばいい?》




すぐに、




港までの行き方が送られてきた。




命捨島に定期船はない。




指定された小さな貨物船に乗る。




最後に、




《船長には、西条から紹介されたって言って》




とあった。




僕は、




《了解》




と返信し、スマートフォンをポケットに入れた。




五年ぶりに奈美に会う。




しかも、




瀬戸内海の無人島で。




どういう再会なんだよ。




僕は倉敷駅から港へ向かった。







港には、




小さな貨物船が停まっていた。




古びた船体。




油と潮が混ざった匂い。




一人の老人がロープを片づけている。




白髪。




無精髭。




日に焼けた顔。




ハンチング帽。




その顔を見て、




どこかで会ったことがあるような気がした。




でも、




思い出せなかった。




「すみません。西条さんから紹介されました。命捨島に行きたいんですけど」




「西条?」




「はい。西条奈美です」




老人はロープを船に放り込んだ。




「乗りな」




「あ、はい」




僕は船に乗った。







船は瀬戸内海を進んだ。




「命捨島まで、どれくらいですか?」




「三十分くらいや」




船長はそれ以上話さなかった。




僕は海を眺めた。




五年ぶりか。




奈美はどんな顔で僕を迎えるんだろう。




そんなことばかり考えていた。




三十分ほどすると、




船長が前方を指差した。




「あれや」




小さな島が見えた。




ほとんど木しかない。




バッグから地図を出す。




輪郭が一致している。




命捨島だ。




島が近づく。




僕は桟橋を見た。




ショートパンツ姿の奈美。




茶色のポニーテール。




笑顔で僕に手を振っている。




そんな姿を想像した。




五年ぶりに会ったら、




何て言おう。




でも、




桟橋には誰もいなかった。




先に島の中へ行っているんだろう。




船が横付けされた。




「一時間半後に迎えに来る」




「分かりました」




僕が降りると、




船はすぐに桟橋を離れた。




「西条さん!」




呼んでみた。




返事はない。




僕はチャットアプリを開き、奈美にメッセージを送った。




《着いたよ》




《どこにいるの?》




すぐに既読がついた。




《今日は、私は島にはいないよ》




「……は?」




二度見した。




《今日は、私は島にはいないよ》




「マジで、いないの?」




僕はすぐに返信した。




《東京からここまで来たんだけど》




《西条さんに助けてって言われたから》




《ごめん》




《誤解させたなら謝る》




いや。




普通、会えると思うだろ。




腹が立って、そのままメッセージを送った。




《じゃあ何のために俺をここまで呼んだの?》




すぐに返事が来た。




《見てほしいものがあるの》




《桟橋から島の中央へ歩いて》




《古い家があるから》




ため息が出た。




でも、




船が戻るのは一時間半後だ。




僕は、




《分かった》




と返信して、スマートフォンをポケットに入れた。




島の奥へ歩き始める。




十メートルほど進んだところで、




ニャア。




草むらから、




白い子猫が出てきた。




「猫?」




その後ろから、




茶色い猫。




三毛猫。




少し歩くと、




またいた。




木の陰。




岩の上。




道の脇。




どこを見ても猫がいる。




十匹。




二十匹。




もっといる。




ニャア。




ニャア。




あちこちから鳴き声が聞こえる。




「すごいな……」




猫島というやつだろうか。




奈美は昔から猫が好きだった。




その先に、




古い家が見えた。




縁側にも猫。




軒下にも猫。




屋根にもいる。




僕はスマートフォンで写真を撮り、奈美に送った。




続けて、




《猫だらけなんだけど》




《猫を見せたかったの?》




とメッセージを送る。




その直後、




足元に灰色の子猫がいることに気づいた。




丸くなっている。




「おい」




しゃがんで、




背中に触れる。




冷たい。




もう一度触った。




やっぱり、




冷たい。




死んでいる。




僕は手を引いた。




立ち上がる。




草むらにも、




小さな身体があった。




木の根元にも。




「……え?」




周りの猫を見る。




痩せている。




片目が塞がっている。




毛が抜けている。




足を引きずっている。




肋骨が浮き出ている猫もいた。




「なんだよ、これ……」




古い家の横に、




井戸があった。




中を覗く。




最初、




何があるのか分からなかった。




目が暗さに慣れた。




「……嘘だろ」




猫だった。




何匹もの猫が、




井戸の底で折り重なっていた。




僕は顔を背けた。




吐きそうになった。




すぐにチャットアプリを開き、奈美にメッセージを送った。




《井戸の中に猫がいる》




《死んでる》




返信が来た。




《ひどいでしょ》




《それを中野に見てほしかったの》




僕は奈美に問い返した。




《どういうこと?》




《処分に困った猫が、この島に運ばれてくるの》




《ここに置いていかれる》




痩せた猫たちが、




井戸のそばを歩いている。




僕は続けて送った。




《行政は知らないの?》




少しして、




《知ってる》




と返ってきた。




「え?」




《この島は国有地なの》




《昔、軍事上の理由で地図から消された要塞島》




《今も正式な住所がない》




あの送り状が頭に浮かんだ。




香川県香川郡命捨島町。




僕は返信した。




《だから住所がなかったんだ》




《うん》




続けて質問した。




《助けてほしいって》




《この猫たちのこと?》




《うん》




ようやく、




奈美が僕をここまで呼んだ理由が分かった。




少し腹が立って、僕はメッセージを送った。




《最初から言ってよ》




《猫がたくさんいる無人島があるから》




《東京から見に来てって言ったら、来てくれた?》




指が止まった。




たぶん、




来なかった。




目の前を、




小さな子猫が歩いていく。




ここへ来なければ、




こんな場所があることすら知らなかった。




僕は奈美に返信した。




《分かった》




《何ができるか分からないけど、考える》




《ありがとう》




五年前、




捨て猫を助けたときにも、




奈美は同じように、




「中野、ありがとう」




と言った。




今でも覚えている。




僕はそのまま、奈美に別の質問を送った。




《ところで》




《西条は今どこにいるの?》




続けて、




《今日、会えない? 倉敷でも東京でもいいから》




と送った。




既読。




返事がない。




もう一度送る。




《猫のことも、直接話したいし》




三十秒。




一分。




ようやく返事が来た。




《ごめん。無理》




胸が沈んだ。




僕はすぐに返信した。




《じゃあ明日は?》




また少し間が空いた。




《ごめん》




「明日も?」




続けて聞いた。




《いつなら会える?》




今度は、




なかなか返事が来なかった。




そして、




《私は、中野とは会わない》




「……え?」




読み返した。




会えない、




ではない。




会わない。




僕はすぐに返信した。




《なんで?》




《僕、何かした?》




《違うよ》




さらに聞いた。




《じゃあ、彼氏がいるとか?》




《今は、彼氏いないよ》




その返事に、




一瞬だけ顔が緩んだ。




いや。




だったら、




もっと分からない。




僕は問い返した。




《じゃあ、なんで会わないの?》




《中野のこと、嫌いじゃないよ》




続けて、




《むしろ、好き》




「……え?」




もう一度読んだ。




好き。




頭の中で、




その二文字だけが大きくなる。




僕は戸惑いながら返信した。




《どういう意味?》




少しして、




《仲良くなったら》




《キスとかしたくなるでしょ》




「え……」




顔が熱くなった。




猫だらけの無人島で、




一人で何を言われてるんだ、僕は。




僕は慌てて返信した。




《いや、いきなりそんなことしないけど》




《でも、いつかはするでしょ》




返事に困った。




好きな相手と付き合えたら、




そういうことをしたいと思う。




たぶん、




普通だ。




僕は少し迷ってから質問した。




《それが嫌なの?》




しばらくして、




《私は、そういうのには応えられない》




と返ってきた。




僕はすぐに返信した。




《どういう意味?》




《そのままの意味》




《だから、会わない方がいい》




分からない。




恋愛そのものが嫌なのか。




過去に何かあったのか。




高校を卒業してから五年。




その間の奈美を、




僕は何も知らない。




《でも》




《中野との関係は壊したくない》




余計に意味が分からなかった。




《わがままでしょ》




《嫌いになった?》




僕は反射的に返信した。




《嫌いになんてならないよ》




送った直後、




ちょっと必死すぎたかと思った。




でも、




もう遅い。




すぐに既読がついた。




《ほんとに?》




僕は、




《うん》




と返信した。




《嬉しい》




続けて、




《高校のときから、中野は優しかったから》




《雨の日の猫のことも覚えてるよ》




僕の手が止まった。




奈美に返信した。




《覚えてたの?》




《もちろん》




そして、




もう一通。




《私の中で、中野は特別だから》




思わず、




もう一度読み返した。




特別。




その二文字だけで、




心臓が急に速くなった。




高校時代の僕が聞いたら、




たぶん気絶する。







桟橋へ戻った。




船長が約束した一時間半が過ぎた。




海を見る。




船は来ていない。




「遅いな」




船なら多少時間がずれることもある。




そう思って待った。




さらに一時間。




まだ来ない。




陽もかなり傾いている。




さすがに気になり、




僕はチャットアプリを開いて奈美にメッセージを送った。




《船が来ない》




すぐに既読がついた。




《ちょっと待ってて》




《私から連絡してみる》




僕は桟橋に座って待った。




やがて、




太陽が沈み始めた。




奈美からも返事がない。




「さすがに遅すぎるだろ……」




海を見ながら、




船長の顔を思い出した。




白髪。




日に焼けた顔。




ハンチング帽。




どこで見たんだっけ。




しばらく考えて、




思い出した。




校舎の裏。




飼育小屋。




ウサギに餌をやっていた男。




「あ……」




高校の用務員だ。




ほとんど話したことはなかった。




だから、




すぐに思い出せなかった。




そのとき、




スマートフォンの画面に表示が出た。




バッテリー残量、




10%。




「マジかよ……」




辺りは、




すっかり暗くなっていた。




船は来ない。




奈美からも返事がない。




僕はもう一度、




暗い海を見た。




船の灯りは、




どこにもなかった。




船長は、




奈美が紹介した人だった。




そして、




あの人は高校の用務員だった。




奈美とは、




高校時代からつながりがあったのかもしれない。




でも、




その船長は迎えに来ない。




奈美も、




さっきまで普通に返信していたのに、




急に何も言わなくなった。




僕はチャットアプリを開いた。




奈美とのやり取りが、




画面にずっと残っている。




《今から、命捨島に来て》




《助けてほしいの》




全部、




奈美に言われてここまで来た。




僕は奈美にメッセージを送った。




《船長とは連絡ついた?》




送信。




既読。




返事はない。




一分。




二分。




画面は変わらない。




僕は暗い海を見た。




どうして、




船長は戻ってこない?




どうして、




奈美は何も答えない?




偶然、




二つのことが重なっただけなのか。




それとも――




僕は、なんらかの目的で船長に、この島に軟禁されたということなのか?

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