第一話 意味不明な三つの宅配便
もし、存在しない住所から荷物が届いたら、あなたならどうしますか?
*
ピンポーン
「はい」
「宅配便です」
「玄関の前に置いといてください」
「わかりました」
荷物が置かれる音がした。
「何か頼んだっけ」
最近通販で買ったのは、スマートフォンの充電ケーブルくらいだった。
それは一昨日届いている。
玄関を開ける。
足元に、小さな段ボール箱が置かれていた。
中野匠は箱を拾い上げた。
軽い。
振ると、
カチャ。
中で何か小さなものが転がった。
「……何だ?」
送り状を見る。
宛名も、住所も間違っていない。
問題は、
差出人だった。
西条奈美。
匠の指が止まった。
「もしかして、あの……奈美?」
声に出した瞬間、高校時代の教室が頭に浮かんだ。
ポニーテール。
茶色い髪。
大きな目。
透明感、半端ない。
まるでアイドルのようだった。
いつも周りに人がいた。
男子のほとんどが一度は好きになったんじゃないかと思うくらい、目立っていた。
匠も、大好きだった。
もちろん、そんな想いを知らせる気はない。
自分が相手にされるはずがないからだ。
卒業してから、一度も会っていなかった。
なのに。
なぜ奈美から荷物が届く?
匠は送り状をもう一度見る。
差出人住所。
香川県香川郡命捨島町。
匠は箱を部屋に持ち込み、ベッドの上に置いた。
開ける前に、
スマートフォンで住所を検索した。
香川郡までは出る。
だが、町名がない。
入力し直す。
もう一度。
出ない。
別の地図でも検索した。
結果は同じだった。
「ない……?」
匠は送り状と画面を見比べた。
検索結果には、
該当する住所がありません。
と表示されている。
匠は箱を見た。
差出人は、高校時代の同級生。
住所は、存在しない。
中からは、
カチャ。
と金属音がする。
さっきまで少し懐かしいだけだった気持ちが、
急に気味の悪いものに変わった。
それでも匠は、
カッターを取り出した。
ガムテープを切る。
蓋を開ける。
緩衝材をどける。
入っていたのは、
鍵だった。
銀色の小さな鍵。
黄色い札がついている。
そこには、
317
とだけ書かれていた。
どう見ても、駅などにあるロッカーの鍵だった。
手紙はない。
説明もない。
鍵だけ。
匠は、しばらくそれを眺めた。
どこのロッカーなのか。
なぜ奈美が、自分にこれを送ってきたのか。
とりあえず本人に聞こう。
匠はSNSで、
西条奈美
と検索した。
何人か同じ名前が出た。
その中に、見覚えのある顔があった。
「いた」
プロフィール写真を開く。
すぐに分かった。
制服ではない姿は、少し大人びていた。
だが、
ポニーテールも、
透き通るような白い肌も、
笑ったときの目も、
変わっていなかった。
ショートパンツに、オーバーサイズのスウェット。
耳元には揺れるピアス。
投稿を見る。
ほとんどが猫だった。
白い子猫。
三毛猫。
茶トラ。
譲渡会。
保護猫。
《この子の家族を探しています》
《無事に里親さんが決まりました》
奈美は高校のころから猫が好きだった。
一度だけ、匠も手伝ったことがある。
あれは、雨の日だった。
学校の裏で、
小さな子猫が捨てられていた。
奈美が一人でしゃがみ込み、
濡れた子猫を抱いていた。
クラスの連中は、傘を手に
「かわいそう」
と言うだけだった。
匠は、その姿が見てられずに、体育館から段ボール箱を見つけて戻った。
奈美は驚いた顔をして、
「中野、ありがとう」
と言った。
ただ、それだけだが、匠にとっては、
奈美とまともに話した唯一の時間だった。
投稿を下へ送る。
そこで、
匠の指が止まった。
最後の投稿。
三年前。
それ以降、
一件も更新されていない。
「三年前……?」
匠は画面を見つめた。
SNSをやめたのかもしれない。
近況はわからなかったが、とりあえず、メッセージを送った。
《久しぶり。中野です》
少し迷って、
続ける。
《今日、西条さんから荷物が届いたよ》
《ロッカーの鍵が入っていたけど、これどういう意味?》
送信。
既読はつかなかった。
十分。
三十分。
一時間。
返事はない。
その日の夜になっても、
奈美から返信は来なかった。
机の上には、
317番の鍵だけが残った。
*
翌朝。
ピンポーン。
匠は目を開けた。
また宅配便だった。
玄関を開ける。
封書だ。
送り状を見る。
西条奈美。
すぐに封を開けた。
中に入っていたのは、
一枚の紙。
四つ折りになっている。
広げる。
島の地図だ。
島の中央に山のような印。
東側に入り江。
南側に赤い丸。
島の名前が書いてあった。
命捨島。
「送り先の住所は命捨島町になっていたので、同じだ」
右下には、緯度と経度らしき数字。
匠はスマートフォンに入力した。
地図が瀬戸内海へ移動する。
岡山県と香川県の間。
島がいくつも点在している。
拡大する。
さらに拡大。
確かに、そこに小さな島があった。
航空写真に切り替える。
緑に覆われている。
だが、
島名は表示されない。
住所もない。
店もない。
観光情報もない。
何もない。
無人島のように見える。
匠は紙の地図と、
スマートフォンの航空写真を見比べた。
輪郭は一致していた。
「本当にある……」
昨日届いた、
317番の鍵。
今日届いた、
名前の表示されない島の地図。
そして、
差出人は、
西条奈美。
匠はもう一度SNSを見る。
まだ返信はない。既読にもならない。
*
三日目。
朝九時すぎ。
ピンポーン。
匠はベッドから飛び起きた。
三つ目だ。
もう、
荷物が来るような気がしていた。
玄関前の荷物を拾う。
差出人。
西条奈美。
今度も、封書だった。
その中から、
切符が出てきた。
東京から倉敷。
「……行けってこと?」
匠は、
鍵。
地図。
切符。
三つをベッドの上に並べた。
島に行けってことだ。
倉敷へ行く。
そこで、
317番の鍵を使う。
その先に、命捨島がある。
普通に考えると行かない方がいいだろう。
誰かのいたずらに決まっているからだ。
全く意味不明の状況で、東京から新幹線に乗って倉敷まで行くなんて馬鹿げている。
まして、
差出人住所は存在しない。
警察に相談してもいい案件だ。
全部無視してもいい。
なのに、匠は切符を捨てられなかった。
二十年間彼女も友達もいないので、週末に何も予定がないこともあったが、
一番大きい理由は、西条奈美だからだ。
高校時代、話しかけられるだけで緊張した女子。
自分とは一生縁がないと思っていた。
その奈美が、自分に何かを伝えようとしている。
何を?
なぜ自分に?
とにかく、奈美に会いたいという想いに負けた。
一時間後。
匠は東京駅にいた。
*
午後三時すぎ。
倉敷駅。
匠は改札を出ると、
ポケットから鍵を取り出した。
黄色い札。
317。
駅構内のコインロッカーを探す。
一か所目。
ない。
二か所目。
ない。
三か所目。
数字を追う。
315。
316。
317。
「あった……」
鍵を差す。
回す。
カチャ。
扉が開いた。
中は、
空だった。
「は?」
ここまで来て、
何もない。
匠はしゃがんで、
奥を覗いた。
そのとき、
小さなメモがあることに気づいた。
QRコードが印刷されていた。
スマートフォンで読み取る。
チャットサービスが開いた。
アカウントだ。
名前は、
Nami
プロフィール写真は猫を抱いている奈美だった。
匠は、
《追加する》
を押した。
チャット画面が開く。
匠は文字を打つ。
《中野です》
送信。
反応はない。
続ける。
《荷物を受け取りました》
《今、倉敷駅にいます》
送った。
一分。
二分。
三分。
何も起きない。
やられたかも。
やっぱり、西条奈美を偽造した誰かのいたずらだったのか。
スマートフォンを閉じようとした、
その瞬間。
ピコン。
既読。
匠の手が止まった。
画面に、
《入力中……》
の文字が出る。
消える。
また出る。
そして、
メッセージが届いた。
《久しぶり、中野》
匠は画面を見たまま、
動けなくなった。
もう一通。
《来てくれてありがとう》
そして、
三通目。
《お願いがあるの》
匠は、
《なに?》
と返した。
すぐに既読。
数秒後。
返事が来た。
《今から、命捨島に来て》
匠はバッグの中から、命捨島の島内地図を取り出した。
スマートフォンが、もう一度鳴る。
《助けてほしいの》




