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第1話 青春せよ、若人よ

1時間ほど前、授業の終わり際だった。

教室を覆う白い天井、そのとある箇所に黒色の汚れを発見した。その汚れはホコリには見えず、かと言って虫の類いとも思えない。

目測7cmほどだろうか。横長で、ノートのド真ん中に書きなぐった一文のようなサイズ感だ。

授業中に気付いてからというもの、妙に興味をそそられた。ただの汚れには見えない。ならば、誰かが天井にイタズラで書いた落書きではないのか。


「なあミヤ。」


「何だ。」


「アレさぁ……あの天井のあれ、なんて書いてるか見えるか?」


俺の質問に反応して、前の席に座っている奴が頭を傾け天井に目を向けた。そいつが持つ本のページを捲る音が消え、一抹の静寂が流れる。


「?……どれの事言ってんだ。」


「アレだよアレ。何か落書きみてぇなのあるじゃん。」


「いや全然分からん。どこの何の話をしてるんだお前は。」


「だからアレだよ。何かあんじゃん7cmくらいの。」


「見える訳ねぇだろふざけんな。お前俺が眼鏡かけてる理由を知ってるよな?」


「その眼鏡ズーム機能とかねぇの?天気予報見れたりしねぇの?」


「そんなテクノロジーあるならとっくに使ってるよ。てか何で天気予報限定なんだよもっと有意義なもん見ろよ。」


「例えば?今朝のニュースとか?」


「情報番組から離れろ!ベクトルが変わってねぇんだよ!」


目を凝らして見てみるが、やはりなんと書いてあるのか読めない。視力は良い方なんだが、問題の落書きが小さすぎて言語すら認識できない。


「ん〜……マジで読めねぇな。アレ書いたやつ俺より字下手クソだぜ。」


「お前に言われちゃお終いだな。そんなに気になるなら自分で普通に確認しろよ。お前の190cmの身長は何のためにあるんだよ。」


「192な。いやメンドクセェ〜肩車するからミヤが読んでくれよ。」


「なんで俺を挟むんだよ翻訳機じゃねぇんだぞ。」


「眼鏡に自動翻訳機能とかねぇの?」


「お前いつまで眼鏡イジってんだよ!もうそのくだり終わってんだよ!!」


会話に飽きたのか、俺の問いに声を荒らげたミヤは再び本の世界に戻って行った。

ミヤに読んでもらう作戦は無し。カメラのズームで見ようにもスマホは充電切れ。双眼鏡は今日は持ってきてないし。


「…ったく……仕方ねぇな。」


椅子から立ち上がり、自分の机を持ち上げる。

他の席にぶつからないように前に移動し、ミヤの席の前辺り、落書きの真下に机を置き直す。

上履きを脱ぎ、バランスを崩さないように机の上に立つ。そのまま天井に頭をぶつけないように首を傾け、俺は落書きの正体を改めた。


そしてその正体に、俺は既に傾いている首を更に傾げてしまった。


「……夕佑、なんて書いてあるんだ?」


「あ?…あ〜〜………うん。…これは……」


「?何だよ、日本語じゃないのか?」


「いや、日本語なんだけど……う〜ん?」


「お前とうとう日本語も読めなくなったのか。バカなのは知ってるがここまでとは思わなかったな。五十音は分かるか?平仮名、片仮名は?漢字は読めるか?」


「ナメんな五十音ぐらい分かるわ。」


「いや否定するなら全部しろよ。マジで言ってんのか不安になるんだが。」


「マジで言ってる訳ねぇだろ普通に考えれば分かるだろ。」


「お前の場合ネタかマジか分かんねぇから言ってんだよ。おい聞いてんのか成績万年最下位野郎。何て書いてるのかいい加減言えよ。」


ミヤの言葉に、俺は返答を留めた。

天井に書かれていた落書きの正体、これを口頭で伝えるのは簡単だ。

だけど俺は、こんな文を誰が書いたのか。何故こんな場所にこれを書こうと思ったのか。

ミヤに伝えるより先に、それを真っ先に考えてしまった。


後ろに向き直り、ゆっくりと足を降ろして机の上に座る。

ミヤは読んでいた本を閉じ、俺の顔をじっと見ていた。何だかんだ言いつつも落書きの正体が気になって仕方ない様子だ。

そんなミヤに、俺は胸中に募った疑問の1つをぶつけてみる事にした。


「…なあミヤ。」


「何だよ。」


「………青春って…何だと思う?」


外からサッカー部の掛け声が聞こえた。

廊下から誰かの足音が鳴り響いた。

そして数秒後、心底意味不明とでも言わんばかりに顔をしかめたミヤが口を開いた。


「……は?急に何言ってんだお前。」


「いやだから、青春だよ。何だと思う?」


「…さぁ。……部活動とか…恋愛とか…か?」


「あーやっぱり?大体そこら辺になるよな。」


「は?待てお前マジで何の話してんだ。俺は天井になんて書いてあったのかを聞いてんだよまずそれに答えろよ。」


「まあまあ焦んなって。良いから考えてみようぜ、青春について、青春とは何か、青春と呼べるものの正体に関してって感じで。」


「それっぽく言い換えてるだけで全部同じじゃねぇか。てか何なんだよさっきから気持ち悪ぃ、思い出したみてぇに青春青春って。お前どんだけライブ感で生きてんだよもっと脈絡を持って生活しろよ。」


「脈絡を持って生活って何だよ人の事を支離滅裂みたいに言いやがって。いやてか俺の事は別に良いんだよ。」


机から立ち上がり、右横の席の椅子に座り直す。

4月中旬の春の夕暮れが窓から入り、俺の背中に熱となって伝わってくる。

その熱を感じながら、相変わらず困惑している表情のミヤに言葉を投げかける。


「なあミヤ、俺らとうとう先週から高校2年生じゃん。」


「……ああ、そうだな。」


「初めての後輩も出来てよ、出来る事も広がってよ、例えるなら高校生ド真ん中って感じじゃんかよ。」


「例える必要無いけどな。実際ド真ん中だし、折り返し地点だからな。」


「それだよ!折り返し地点!俺らもう高校生活のド真ん中に差し掛かってんだぜ!?このまま1年の頃みてぇにダラダラと過ごしてたらあっという間だぜ!?」


「ダラダラ過ごしてたのは主にお前だけだろ一緒にすんな。こっちはやる事ちゃんとやってんだよ。」


「は!?やる事って何だよお前勉強しかしてねぇだろ!夏に海行ったか!?彼女作ったか!?クリスマスにプレゼント交換したか!?何もしてねぇだろ!偉そうな事抜かしてんじゃねぇぞ勉強眼鏡がよ!」


「んだとテメェ勉強は学生の本分だろうが!こっちは真面目に勉強して学年首位キープしてんだよ!お前は下位どころか去年留年ギリギリだったじゃねぇか!よくそれで海だの彼女だの浮ついた事言えるな!」


「はぁ〜!?じゃあテメェ運動成績はどうなんだよコラオイ!俺は100m10秒95!シャトルラン上限247回!ソフトボール投げ71m!握力左75kg右81kg!んでお前はどうだったっけ!?小学生にも鼻で笑われるような記録だったよな!?」


「うるっせぇ!頭が良ければ身体能力なんかどうでも良いんだよ!留年しかけてたお前を助けたのは誰だと思ってんだよ!」


「それはマジでミヤだしガチでありがとうなんだけど今は置いといてだな!とにかく俺が言いたいのは、色んな事やってみようぜって話だよ!!」


俺の言葉を聞いたミヤが、ピタリと静止した。

口から出かけていた言葉を留めた口は半開きになっている。そして3秒ほど経ってから、新たに湧き上がったはてなマークを言語化して俺に投げかけてきた。


「色んな事って何だよ。抽象的すぎる。」


「え?…そうだな……新しい友達をいっぱい作るとか…休日に後輩と遊びに行くとか…彼女作るとか、友達と旅行とかお泊まり会とか。」


「季節ごとに何かやったりするのもアリだな!夏には海とか心霊スポット行ったり、秋にはハロウィンで仮装とかな!冬にはクリスマスパーティとか、雪が降ったら雪合戦すんのも良くねぇか?とにかくこんな感じで今まで俺らでやってこなかった様な事全部だよ。」


「…何だそれ。それがお前にとっての青春なのか?」


「いや分かんねぇ。もしかしたら違うかもしれねぇし、他にも俺が想像も出来ないような何かかもしれねぇ。」


「だから知りてぇんだよ。漫画とか映画に出てくるような、学生が謳歌するとされる青春ってのが何なのかを俺は知りてぇ。」


「ミヤも思わねぇか?お前だって1年の頃彼女欲しい〜手繋ぎたい〜とか言ってたじゃねぇか。その気持ちは今も変わんねぇだろ?」


「手繋ぎたいなんか言ってねぇよしょうもない捏造すんな。」



「……まあ、気持ちは無くなったといえば…嘘になるが。」


そう静かに一言、ミヤは呟いた。

期待通りの言葉に思わず口角が上がる。椅子から立ち上がり、俺はミヤの机に身を乗り出した。


「だろ?ならよ、もっと色んな楽しい事とか知らねぇ事を体験したいと思わねぇか?だって俺たち高校生だぜ!?やろうと思えばなんだって出来るぜ!?」


「1年の頃よりもっと楽しい事やって、色んな経験して、胸張って最高だったって言える高校生活にしたいと思わねぇか!?」


「だから俺たちで探してみようぜ。残り2年間の高校生活の中で、俺たちにとっての青春を!」



高校からの付き合いだが、こいつは知っている。このモードに入った俺は誰にも止められない事を。

そして俺は知っている。悪態をつき、ダルそうな顔を見せているミヤが、心の底では誰よりも青春っぽい事に飢えている事実を知っている。

目が合い数秒経ち、ミヤが深く息を吐いた。


「…お前、恥ずかしくないのか?今どきの漫画でも言わねぇような青臭いセリフ言いまくりやがって。」


「良いだろ別に、俺は好きなんだよこういうの。んで?回答は?」


「…はぁ。しょうがねぇな…分かった、付き合ってやるよ。」


「お、言ったな?二言はねぇぞ?」


「ああ。お前1人だと何やらかすか分からないからな。仕方なく一緒にその青春とやらを探してやるよ。」


「ほ〜俺が居なきゃ女子に声もかけられねぇ分際で言うじゃねぇか。お前これまでの人生で1人でも異性の友達が居た事あんのか?」


「コミュニケーションは義務教育に組み込まれてねぇんだよ!てか今そんな事関係ねぇだろ!」



「で!?夕佑!何から始めるんだよ!青春ってのは何からスタートするものなんだ!?」


図星をつかれてキレ気味のミヤが無理やり話題を変えた。

しかしこの疑問は妙に核心をついている。

何から始めるか、か……。青春そのものが何なのかまず分からないのに、一体何から始めるべきなんだろうか。

その時、俺の体の中で警告音が鳴り響いた。一瞬硬直したのも束の間、俺の脳内はそれを満たす事でいっぱいになってしまった。


「ん〜……………そうだなぁ〜…。」


「何か腹減ったから、とりあえず駅前に飯食い行こうぜ。」


「……いつもと同じじゃねぇかよ。」


「まあ良いじゃねぇか!腹が減ってちゃ何とやらだ!」


散らばっていた荷物をまとめ、帰り支度を進める。

ミヤは本やペンケースを鞄に入れ、既に帰る準備万端のようだ。俺は肩にスクエアバッグを背負い、移動した机を元の位置に戻した。


「…そういえば夕佑、お前何で急に青春とか言い出したんだ?唐突すぎて気味悪かったぞ。」


「え?あー、上に書いてあったんだよ。」


「…は?上の落書きか?青春って書いてあったのか?絶対適当言ってるだろお前。」


「いやマジだって。俺はいつだって真剣だぜ。」


「あーハイハイそうだなお前はいつでも勤勉で品行方正だな。ったく、真面目に聞いた俺がバカだった。」




小学生の時に国語のテストでよく出た、「この文を書いた筆者の気持ちを考えなさい。」という問題を思い出した。

誰かも知らねぇ奴の気持ちなんか分かるわけねぇだろと当時はろくに考えもしなかったが、成長した今でもさっぱり全然分からねぇ。10秒ぐらい考えてみたが、理由も背景も想像すらつかない。


だけどこれから青春と呼べる体験や時間を過ごせば、分かるようになるだろうか?

天井にアレを書いた人物の思いや、願いを。至った背景にまで思慮を巡らせる事が出来るだろうか?

もしそれが分かるようになった時、俺は一体どんな人間になっているだろうか。

そんなことを考えると、俺はワクワクが止まらない。



教室を後にする時、俺はチラリと無人の教室を眺めた。

これから1年間過ごすこの教室で、これからどんな体験が待っているのか。期待せずにはいられなかった。

4月中旬の夕暮れが、俺の身体をじんわりと暖めた。

高校生活2年目は、まだ始まったばっかりだ。

こんな感じのノリでゆっくりと更新していこうと思います。

この作品を読んで、「空気感が好き」「会話が面白い」「言葉選びが秀逸」「語彙が素晴らしい」「ゴイゴイスー」など、様々な感想を持っていただければ幸いです。

さらに良ければ、応援のほどよろしくお願いします。

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