孤児院へ行く。
エディに言われて、次の日――
孤児院のあたりを歩いていると、カトレアと一緒にいるメイドを見かけた。
「メイドの名前は確かロベリアだったか……」
カトレアよりも前を歩いている。
その時点で、主人として扱っていないことはよくわかる。
「カトレア様。これ以上は、もう時間をかけられませんので……」
「わかっているわ……この……あ、飴を配るだけだもの……
そんなに大変ではないわ……」
二人の近くで話を聞いてみると、やはり今日は何かを実行しているようだった。
それにしても、あの飴……何があるのか。
見たところ、ただの飴にしか見えないが違うのだろう。
カトレアの顔を見ていれば、命に関わる何かなのは想像できる。
トライアルの兵器に、飴玉の形をしたものなんかあっただろうか……
少し頭の中で考えていると、一つだけ思い当たるものがあった。
小型のものでも爆発する兵器。
エリオントが、小型ではあるものの威力は普通の大きさの倍以上だと言っていた。
「あれは……さらに小さくなった小型爆弾……ということか?」
子供たちは、カトレアが来ると喜んで近くに寄っている。
あれだけ子供たちが懐くということは、通い続けたり、一緒に遊んだりしていたのだろう。
「全員分あるから、け、喧嘩しないで~!
おやつの時間に、みんなで食べてね」
カトレアが子供たちに話しかけている後ろで、ロベリアが黒い笑みを浮かべている。
《《おやつの時間に食べてね》》――
ということは……
まさか、子供ごと自爆させる気だということか。
もしこの孤児院以外にも、この飴玉を配りに行くとしたら――
王都は間違いなく消えてなくなるだろう。
だが、そんな危ない橋を渡るだろうか。
フランチェスカは以前、国家反逆の罪で処刑されたと言っていた。
爆発する前に止められなかったということなのか。
それとも、子供たちが食べているものが一気に爆発するという可能性まで考えられなかったのか……
「どちらにしろ、この飴を配ったのがフランチェスカということにされた可能性が高いな……」
カトレアが孤児院からいなくなったのを確認し、
俺は話を聞こうと、孤児院長の部屋を訪れた。
「ここの院長先生でお間違いないですか?」
「ひっ!は、はい……そうですが……あなたは……」
恐らく、足音も立てずに近づいたからだろう。
急いでいたとはいえ、そのまま部屋に入ってしまったことに申し訳なさを感じた。
「突然申し訳ございません。
急を要していたのと、どうしても他の方に見つかるわけにはいかなかったもので……
私、パキラ・クラフティと申します。
サントノーレ国、エリオント第二王子の側近を務めております」
エリオント王子の名前を出すと、院長の顔色が少し変わる。
この国ではサントノーレ国へ移住する者も多いし、
そこまで関係性は悪くないはずだが……
「サントノーレ国……ですか?
それで隣国出身のクラフティ様が、何の御用でしょうか……?」
あまりの態度の変わりように、違和感を覚える。
もしかしたら、この院長――この国の出身ではないのかもしれない。
「すみません。先ほどの女性……
どこかで見たことがある気がしたので、そのお名前だけ伺いたかったのです」
「あぁ。それぐらいでしたら。
あのお方は《《フランチェスカ・アマレッティ》》様です。
この国の次期王妃になられる方ですよ」
やはりな……
アマレッティ家から来たと聞けば、その年頃の令嬢はフランチェスカしか思い浮かばない。
フランチェスカ自身、公務や王妃教育で王宮から出られなかったはずだ。
その時間を使えば、なんだってできたというわけだ。
そして、この孤児院の院長や他の孤児院の院長も、
大帝国トライアルの者である可能性が高い。
先ほど、フランチェスカの名前を出すとき――
院長は気づいていなかっただろうが、わずかに口角が歪んでいた。
それが答えだろう。
「ありがとうございます。
私の幼馴染がずっと行方不明だったもので、
もしかしたらと思ったのですが、違ったようです。
お時間いただき、ありがとうございました」
それだけ言うと、俺は院長室を出た。
外に出ると、すぐに影たちに指示を出す。
「いいか。この辺りにある孤児院を探せ。
あの飴玉を、すべて回収するんだ」
それだけ言うと、頷いて四方に散らばっていった。
俺も鼠の姿になり、
まずはこの孤児院にある飴玉をすべて回収することから始めた。
***
正直、アマレッティ家に嫁ぐのだって、あまり気が進まなかった。
パンナコッタ男爵の愛人の子として生まれ、
平民として楽しく生活していたのだ。
好きな人だってできた。
このまま母と仲良く暮らして、
やがて結婚して――
そんな生活を夢見ていたのに……
急に母の父親という人が現れたことで、すべてが変わった。
母は気の弱い性格をしていた。
恐らく祖父にも言い返すことはできなかったのだろう。
それもあって家を飛び出したのだと思う。
だが十年以上、一度も心配するそぶりを見せなかった祖父が、
突然目の前に現れた。
あの時の母の顔は、
絶望、失意、落胆――
そんな言葉が浮かぶようなものだった。
祖父のもとへ連れていかれ、まずはきれいなドレスに着替えさせられた。
ドレスなんかより、動きやすい服装の方がよかったのに……
「カタリナ。よく戻ったな。
カトレアといったか?おじい様によく顔を見せておくれ……」
人のよさそうな顔をしているが、
瞳の奥には野心のような感情が渦巻いているのがわかる。
母は、この家に戻されたら二度と外に出られないと思ったのだろう。
優しかった母は消え、ただの人形のようになっていた。
そして、地獄のような日々が始まった。
毎日、貴族としての勉強、勉強、勉強。
今までのように近所の子と遊ぶ時間は、もうなかった。
それから数年後――
初めて祖父に呼び出された。
「カトレア。
お前をこの家に置いてやったのは、カタリナより使えそうだと思ったからだ。
パネットーネ国の男と結婚してもらう。
そして内部からあの国を潰せ。
でないと……わかっているな?
お前の母親がどうなるかは……」
ここ数年、姿を見なかった母。
どうやらまだ生きているらしいと知り、わずかに安堵した。
「わかりました。おじい様。
もし成功しましたら、お母様と私を解放してください」
声が震えていなかったかはわからない。
だが、表情は変えずに言えたはずだ。
「ふん。いいだろう。
お前がうまく動けたらの話だがな」
笑いながら去っていくその姿は、
人の形をした、別の何かにしか見えなかった。




