この国に来て2年半…
「エリオント殿下。」
影が音もなく目の前に現れる。
今でこそ慣れたものの、子供のころは音も立てずに現れる影がすごく苦手だった。
「なんだ?」
読んでいた本から顔を上げると、影が書類を取り出した。
「こちら……サントノーレ国王からです。」
書類を俺に渡すと、また音もなくさっと消える。
いつもどこにいるのか……謎だ。
影が置いていく書類で、しかも父上からのものと考えると、いいものだとは思えない。
が、見ないわけにもいかないだろう。
仕方なく手に取り、封を開いた。
そこには、大帝国トライアルの動きについて細かく書いてあった。
大帝国トライアルはやはりパネットーネ国を侵略しようとしているようだ。
できればその前に、サントノーレ国が小国などと作っている同盟に参加してほしいということだった。
これまでも何度かパネットーネ国王に謁見を求めているものの、断られてばかりで、全く聞き入れてもらえず……
かれこれ留学してから、すでに2年半が過ぎている。
「時間はかかるだろうと思っていたが、まさか2年半、サントノーレ国王と謁見できないとは思ってもいなかったが……
もう残っている時間は半年ほどか……」
元々この国にいるのは、留学している間という約束である。
それまでに同盟に参加していない場合は、こちらの国もパネットーネ国へと侵略を開始する予定だった。
そのくらい、この国は大切な位置にある。
パネットーネ国は中央に位置し、トライアル国だけでなく、他の国へ行くときもこの国を通らなくてはならない。
だから何もしていなくても、人が集まってくるのだ。
そんな場所をトライアル国に取られてしまったら、
この世界は、暗黒の時代に沈むことになるだろう。
「しかし……このままいくと、この国は平民たちに殺されることになるだろうな……」
先日もらった税収の金額は、サントノーレ国の3倍近くで……
生活が困窮しているのは分かる。
それに国王は知らないだろうが、小さな村々では口減らしが行われていると聞く。
国民がいるからこそ国は成り立っているが、国民がいなくなれば、その国は国ではなくなる。
「あと半年で、国王に会えるのか……答えは否に等しいだろうな……
せめて宰相だけでも見つかれば……」
確かこの国の宰相は、国王の弟だったと記憶している。
宰相であれば話が通じると聞いていたが、まさか2年半も会えないとは思っていなかった。
俺に残り半年でできることは、宰相を見つけ出すことと、
いたるところで起きている暴動を阻止することだけだ。
あとは半年で、サントノーレ国もしくはトライアルのどちらかに属すしかなくなるだろう。
書類を読みながら、今後どう動いていくか考えていると――
パキラが目の前に立っていた。
「エリオント。何かあったのか?」
「あぁ……パキラか。集中していて気づかなかった」
音もなく現れるパキラ。
さすが影の家系である。
さすがに扉を開ける音くらいは気づくだろう……と思うかもしれないが、
一番初めを思い出してほしい……他の影も音が一切しないのだ……
俺じゃなくても気づかないだろ……。
そう思っていると、用事の件を話し始める。
どうやらフランチェスカの弟から手紙が届き、
明日動きがあるということ。
いたるところの孤児院で起こる可能性が高いらしい。
そのほかにも、明日起きる可能性のある出来事など、様々なことが書かれていた。
「とりあえず、俺は明日孤児院を回ってくる」
というパキラに、頷くだけ頷いた。
「俺はもう一度、王に謁見を願い出てみるか……」
「そうですね。エリオント殿下は何もなければ、ずっと引きこもりになってしまいそうですから。
これを機に外に出てこい」
それだけ言うと、書類をぺらぺらとめくった。
***
そして、パキラと話した翌日――
俺は貴族院に着くと、いつもよりも暗いフランチェスカを見かけた。
「フランチェスカ嬢……何かあったんですか?」
「エリオント殿下。ごきげんよう……」
そう言って下を向く。
今にも頭からキノコが生えてきそうなくらい、空気がどんよりしていた。
「笑顔がかわいいのに、そんな顔をしていたら台無しだ。
もしよかったら、話だけでも聞くが……」
「実は……昨日からエーデルワイスという白い猫がいなくなってしまったのです……
賢いので大丈夫だとは思うのですが、いつも帰ってくる時間になっても帰ってこないんです……」
確か昨日の夕方くらいだっただろうか。
手紙を届けてくれた人がいたし、大丈夫かと思っていたのに……
まさか猫がいなくなるとは思ってもいなかった。
「猫が?すぐ帰ってきそうな気もするが……」
「その……たまたま出かけて遊んでいて帰ってこれないならいいのです。
ただ、昨日の雰囲気がいつもとは違ったので……
何か起きているのではないかと思うと、心配で……」
確かに、動物が急にいなくなったら不安になるか……
「わかった。こちらでも詳しいやつを一人知っているからな。
そいつに聞いてみるよ」
またフランチェスカ嬢に声をかけていいか確認したところ、大丈夫とのことだったので、
今日は一度様子を見てから、明日以降話す予定を決めた。
「もう……いっそのことフランチェスカを連れてサントノーレ国に行くのもありかもな……」
そんなことを思いながら、
フランチェスカ嬢の話に相槌を打っていた。




