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「みたいもなにも思春期真っ只中だよ!」

 病院の玄関口へ向かいながら、玖珠が両手で自分の肩を抱きながら顔を歪める。


「何だよありゃ。覚悟はしてたけどマジでこえーよ何なの、気持ち悪い。どんな魔法を使えばああなるわけ?」

「なに、僕自身になじみのある方法を使っただけさ」石橋は片手を上げて見せた。

「暴力?」

「そう、暴力。そして恩の押し売り。自分はこんな暴力を振るわれても仕方がない、それに見合うだけの何かをこの人からいただいているんだって思わせるのが大事だ。自分から選んで取引をして暴力をたまわったと思わせるのさ。――やつの場合は今、学校で女の子を自殺に追いやるまで、その子を含めいろんな女子に手をだそうとした不良だって自分のことを言い聞かされてる。で、僕はその秘密を守り、やつをサポートすると言ってある。暴力や支配はそのためのコストってわけだ」

「なるほど。君はそのライフハックを教えてくれた先生に恩返しをしたと……。でもなあ、なんかあの様子は支配されてるっていうよりは……」


 玖珠が唸るのを見て、石橋が心配そうに訊ねる。


「え。僕、上手くやれてなかった? まだナメられる要素あった? ビンタじゃなくて拳で殴った方が良かった?」

「いやそうじゃなくて。なんつーか支配されてるっていうよりもっと気持ち悪い感じに……まあ、あんたに悦んで服従することは確かみたいだからいいけどさ……」


 もう思い出したくないと言わんばかりに玖珠が手を振るので、河合についての話題はお開きとなった。

 病院を出て広々としたバス停が見えてきたところで、玖珠のスカートのポケットからバイブ音が響いた。石橋に片手を上げ、彼女が電話に応答する。


「もしもし、喜屋武さん? はろー。うん、平気だよ。どうした? ……え、お茶したい? あらやだ、デートのお誘いかしら。……あはは、分かってるよ大丈夫。うん、お友だちとしてね。オッケー喜んでいくよ照沙ちゃん! はは、照れんなって。あー、ちょっと待って……」


 玖珠がマイクに手をかざして石橋に言う。


「これから喜屋武さんとお友だちとしてお茶しに行くんだけど、石橋君も一緒にどう?」

「え、僕が? 冗談。百合に割り込む野郎は法の下で等しく射殺されるんだぜ」

「お友だちとしてっつってんだろ! もう用事は済んだんでしょ? なら……」

「ごめん、僕これから事情聴取だから」

「は?」


 事情聴取――。その言葉を聞いて青ざめた玖珠が、


「すまん喜屋武さん、かけなおす」


 手早く通話を切ってスマホをポケットに突っ込み、肩を掴んできた。


「ちょちょちょふざけんな何つった? 事情聴取? 事件の? 警察? 何で。まさか石橋君のDNAがどっかから……」

「あー違う違う。ごめん言い方が悪かった。……うちの母が、参考までに事情聴取を受けるの。簡単な情報収集だけどね」

「……お母、さま?」


 あー、と無意味な声を出し、目を逸らしながら石橋は語る。


「殿方とお酒飲んでおしゃべりする職業なんだけどさ、厄介なことにあの人、安斎さんのお爺さんと真柴さん、どっちも相手したことがあるらしいんだ。だからポリスメンが、何か二人について知ってることはないかって母に事情聴取をするらしい。で、察しの良い我がビッグママが、事前に息子と打ち合わせをしたいってさ。何か漏らしたくないことはないか、逆に探ってほしいことはあるか、ってね」


 最後までそれを聞いて、玖珠は安堵と感心の声を漏らす。


「ふわーお……さすが石橋ママだね。どんな人かちょっと見てみたいかも。ね、お母さん美人?」

「絶対会ってほしくない! な、わかったろ? 僕これから用事があるの。玖珠さんは麗しのテレーズとお茶会して来いよ!」

「あははは! 石橋君でもお母さんを同級生に見られたくないっていう、思春期みたいな悩み抱えてんだね」

「みたいもなにも思春期真っ只中だよ!」


 そう叫んで玖珠の背中を押し、バス停で別れた。


 ***


 午後五時二十六分。

 石橋が帰宅すると、母はいつも通りのぼんやりとした薄い笑顔でダイニングに座っていた。そのテーブルの上には、彼女の持つカップの他に、すでに空のカップが置かれていた。


「あらぁお帰り磐眞君。もうおまわりさん帰っちゃったわよぉ」

「もう? あちゃー、ごめん遅くなって」

「良いのよぉ、どうせそんなに話すこともなかったしぃ。――ところで磐眞君。お客様のお孫さんの、小蓮ちゃんのことだけどぉ」


 石橋は立ち尽くした。そんな息子を見て、態度一つ変えずに彼女は笑って言う。


「おまわりさんの言い分だと、彼女はシロ。つまり無実ねぇ。かわいそうに、おじいさんの犯罪の片棒を担がされてたんだろうって話よぉ。日記が出てきたんですって」

「日記?」

「おじいちゃんの頼みだからって、一人暮らしのお家に送られてきた段ボール箱を開けずにかくまっていたって書いてあったそうよぉ。それ以外は、学校のことや園芸部のことを書いてあったって」

「そ、っか……」

「彼女のお部屋からは特に収穫はなし。銀行員と農園主が企てた連続殺人として、これから経緯を操作するんですってぇ。……小蓮ちゃんの方は、もともと同じアパートの男の子とトラブルがあったみたいだから、事件とは関係なく女子高生の失踪か自殺って線で捜査して、これから彼女のお部屋は業者の人が来てお掃除するんですってぇ」


 ティーカップを置いて立ち上がり、神妙な顔をする息子を抱きしめて母は優しい声音で言う。


「心配しなくて大丈夫よぉ磐眞くん。ママはいつだってあなたの味方だし、できることはぜーんぶやってあなたを守ってあげるわぁ。だってたった一人の息子なんですものぉ」


 

 ***



 一度制服から着替えて簡単なTシャツにジーンズを履き、石橋が再び家を出たのは午後六時前のことだった。


 金曜日、安斎の部屋に入って彼女の私室を撮影したスマホは煮沸消毒され見事に破壊されてしまい、当然クラウドに自動バックアップされるはずだったデータごと消滅してしまっていた。念の入ったことだ。


 つまり、安斎小蓮が殺人衝動を抱え、それを実行していた可能性についての証拠は何も残っていないということだ。


 だが――石橋は自分が見て撮影した光景の中に一つの確かな確信があった。コルクボードにたくさんかけられていた鍵の数々。あの中には、全国展開しているトランクルームの鍵が確かにあったはずだ。

 何か物を隠す場所として、トランクルームは最適解と言えるだろう。

 幸いにも、周辺地域のトランクルームと言えば一か所のみだ。しかも安斎のアパートから徒歩圏内である。

 バスでそこへと向かう途中、スマホでニュースアプリをチェックした。すでに別の県で起きた殺人事件が大きく見出しを占領しており、真柴や安斎農園についての事件は地味な取り上げられ方しかされていなかった。

 なんでも、地下アイドルのストーカーがアイドルとその元カレ三人を殺して、自分は講演中のステージの下でいきなり焼身自殺をしたという内容だ――。一般人の不可解な自殺事件よりも、芸能人の絡む事件の方が当然注目を浴びるだろう。


 そもそも、真柴の所持していた凶器セットと舌のコレクションでは、彼が連続殺人犯であると断定するのは難しいだろう。きっとこのまま、この事件はうやむやになってしまうに違いない。


 ――何せこの国では、一年間に百五十万人以上もの人間が死に、八万人もの人間が行方不明になるのが当たり前なのだから。



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