「今日はスケジュールがみっちりだ。まずは病院」
――おかげで火曜日になった今日、学校に来るのが二日ぶりという気はしなかった。なんせクラスメイトの女子が、殺人事件に絡んでいる可能性があるのだ。
先週の金曜までは石橋の謹慎や河合の停学の話題で持ちきりだったが、今ではみんな別の話題に夢中だ。
靴下の下で包帯を巻かれた足首を若干引きずりながら、石橋は玖珠のノートPCの液晶をのぞき込んでそのニュースの内容を確認し、肩をすくめる。
「ほんとに一昨日はびっくりしたよ。まさか漏電火災で遺書が家ごと焼けちゃうなんて。こんなことってある? 確かに帰りの電車ではすごい雨だったけどさ……」
石橋に向けたPCのモニターを自分の方へ戻しながら、玖珠がふうとため息を吐いて答える。
「現実は小説よりも奇なり、って言うもんねぇ。でも被害者さんとご遺族の方々には不幸なことだけど、犯人はもういないんだ。どうせ法で裁けるようなやつじゃなかった。変な話、これが妥当な結末ってやつなんじゃない? むしろ誰にも功績を知ってもらえず、印象にも残らず、構われずに風化していくのが彼女にお似合いだよ。それに――ほら見てよこのネット記事。農園主の孫娘の毛髪が、海から打ち上げられたおじいさんの遺体に引っ付いてたってよ。あの子の遺体はまだ見つかってないから行方不明扱いらしいけど、これもう死んだでしょ。ネットじゃ、連続殺人に加担したじじいが孫と無理心中を図ったって説がまことしやかに……」
「あながち無理心中じゃなかったかもよ?」
「へ?」
玖珠の正面のソファにどっかと腰を下ろしながら、石橋は膝の上で頬杖をつく。
「滝のような勢いで流れるチャットルームを僕はこの二日間ずっと眺めてたわけだが……ついに我がクラスメイト達はこんなこと言い出したんだ。“安斎さんは安斎さんで死にたがっていて、お爺さんと一緒にいい機会だからって自殺したんだ”って。――なんせ彼女、親友を自殺で亡くして、その親友は自分が勝手に彼氏だと思ってたクラスのイケメンのヤリチン男子と二股してたって発覚して――」
「ちょいちょい! 何よその変なスキャンダルは!?」玖珠が身を乗り出す。
「君がうっかり殺人鬼に拉致られた後、知ってるだろうけどこの学校の家庭科室でガス爆発が起きたんだよ。で、そこには河合雁也と彼のライターが落ちてた。……で、その直後に安斎さんの実家の農園で火災、お爺さんの自殺死体があがったわけだ。安斎さん自身は行方不明。しかし彼女の毛髪がお爺さんの衣服に引っ付いていた、と……。これらの事実を第三者のクラスメイトが解き明かそうとするなら、こうだ……。――二股野郎が喜屋武さんにも手を出して三股しようとしたところで、何らかの修羅場が起きて一股目の己斐西さんが自殺。その後また何らかの修羅場が起きて、二股目の安斎さんは家庭の事情も手伝って限界で自殺。どうしようもなくなったヤリチンは、どうせならと派手な死に方を選ぼうとして学校に迷惑をかけながら爆死を試みた……と」
玖珠が机に拳を叩きつけた。
「短編映画ができちゃいそうじゃないのさ! 誰が考えたんだそんな話!」
「誰だろうね、誰でも思いつくんじゃない? だって華やかな事件が最近多すぎるもの。これらを全部結びつけようとすると、こんな痛快な浮気男の爆死ストーリーができあがるんだろ。まああながち嘘にも思えない材料が多いし、何より事実だとしたら面白すぎるしね」
「なんてこった。あたしらの決死の冒険が、外野どもの妄想ファンタジーに成り下がっちまった……」
うんざりした顔でノートPCを鞄に押し込み、玖珠は苦笑と共に開いたままの鞄の口を閉める。
「……ま、地方のちょっとした事件なんて、そのうち大都会のド派手な事件に埋もれて忘れ去られていくのがオチだよね。――さて相棒、今日これからのご予定は?」
「今日はスケジュールがみっちりだ。まずは病院。“お友だち”のお見舞いに行かなくっちゃあな」
***
六月二十日火曜日、午後五時二分。
バスに乗ってやって来たのは、地元の総合病院だった。大げさにラグジュアリーな玄関口をくぐりながら、隣を歩く玖珠が肩をすくめる。
「因縁の極悪人、君のミスター・ゴールドスタインがまさか記憶喪失なんてね。こいつもこいつなりのしっぺ返しを喰らったってわけだ」
斜に構えた妙な言い回しには共感しかねるが――玖珠の言う通り、河合雁也はあの事故の後に記憶喪失になったらしい。
目を覚ました河合は酷いやけどを負っており、そのダメージは彼の体だけではなく脳にまで影響し、彼のそれまでの半生を根こそぎ奪ったとのことらしかった。
「まったくだよ。でもちょうどいい。まっさらな状態なら刷り込みやすい」
「悪い顔してんぜボス? 刷り込むって何をさ?」
「決まってんだろ、どっちがえらいかってやつをだ。――もう下準備は済ませてある。玖珠さんは悪いけど」
「オーケイ相棒、みなまで言うな。ドアの前で門番役を楽しむよ」
受付でクラスメイトの面会であることを告げ、案内された病室を目指す。病室は複数人で使われるもののため、中には河合以外の人間も入院しているということだ。