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「でもこれも仕事です、まったく……」

 ――漏電が生じる原因の約24%は、雨漏りである。


「大したことじゃありませんよ、事件でもないです。イノシシを見たっていう通報があったから一応見に来ただけなんです。季節外れだし、通報も非通知だったし……多分、いたずらなんでしょうけどね。でもこれも仕事です、まったく……」


 六月十七日、夜九時三十五分。


 程よい眠気を誘うために夜道を散歩をしていた男は、郊外から市街へと戻ってくる地元の警官からパトカー越しに挨拶されたついでに、そう聞かされた。

 男は季節外れのイノシシに興味を持った。まるで恐竜など最初からいないと分かっていながら化石を探しに出かける少年の頃の気持ちで、一度家に戻って散歩をドライブに切り替えた。


 市街から離れた海沿いにあり、敷地の崖から海が一望できることからSNS映えすると、見学客がそこそこの頻度で訪れる農園。そこまでの道をドライブして、遠目に海を眺めてからまたUターンして帰路に着こうと考えていた。本当にイノシシを探すつもりはなかった。


 その夜、酷い雨が降りだした。まさにバケツをひっくり返したような、という言い方が正解だ。窓を叩く雨音をBGMに、山道を割るように造られた国道を走り続けること、一時間弱……。

 遠くにちらり、と灯りが見えた。最初は流星かと思った。人工的な電灯ではないと感じたからだ。

 すぐにその正体がわかり、男は息をのんだ。――火事だ。農園で火事が起きていた。



 原因は雨漏りによる漏電だったらしい。

 消防に通報した後すぐに自宅へ引き返した男が結局眠れずに過ごした夜を明かした頃、ネットニュースでそれを知った。


 電気火災だったことと、僻地にある農園のため消防の到着が遅れたことが災いし、農園内は酷い有様だったということだ。小規模で育てられていた鶏や豚はすでに調理済みの臭いを放ち、雑草生い茂る敷地外まで炎は燃え広がり……。

 少なくとも、農園主が居住に使っていたデッキハウスはほぼ全焼だったらしい。


 ***


 六月二十日、火曜日、午後四時三十五分。


「あんなの誰も想像できっこない。あの紙切れ一枚には、事件の真相に導く責務は荷が重すぎたってわけだよ。誰ももう、真犯人にたどり着けない。……まあその代わり、悲劇が繰り返されることはもうなくなったけどさ……」


 石橋磐眞の自宅謹慎が明けたちょうどその日。

 放課後の図書準備室で玖珠が呟きながら、ノートPCのモニターに映るニュース動画を見せてきた。

 動画の中で、女性アナウンサーの声が語る。


<N市南にある安斎農園で漏電による火災が発生。農園主・安斎昇さん(60)の遺書と見られる書面の一部が見つかり、読み取れた部分を元に山中を捜索したところ、男性の遺骨の一部が発見されました。DNA鑑定の結果、北崎健二さん(45)の遺体の一部であることが分かっており、DNA鑑定の結果、先日自殺したと思われる真柴秀幸さんの所持していた舌の一つと一致しています。北崎さんの自宅を捜索したところ、北崎さんは真柴さんと何らかのトラブルがあった旨が日記に記されていたとのこと。尚、真柴さんと共に事件に関与した可能性が考えられる安斎さんは、農園近くの沖にて遺体となって発見されており……>


 ***


 六月十七日、土曜日の夜――安斎農園から最終電車で帰宅した石橋は、翌朝、十八日の朝のニュースでそれを知った。

 その間すでに農園主の孫娘が、クラスメイトの安斎小蓮であることは瞬く間に噂となって広がり、休日だというのにクラスメイト同士で作られたチャットルームは凄まじい賑わいを見せていた。


<唯恋ちゃん、この前自殺した銀行員と絡みがあったってマ?>

<自殺したとき、スカートから銀行員のスマホが見つかったらしいよね。中のデータは何も見れなかったらしいけど。ていうか安斎さんまで行方不明とか大丈夫?>

<おじいちゃんと一緒に事件に絡んでた可能性あるらしいよね>

<ていうか土曜の夜、家庭科室でガス爆発あったらしいじゃん。うちの学校呪われてる?>

<あー、河合君がライターと一緒に大やけどして転がってたっていうやつ……>


「――ちょっと磐眞君っ!」

「はいっ!?」


 母の珍しく強気な声にはっとして顔を上げると、むっとした彼女の顔と、私服姿の出張医師の男が困った顔を浮かべていた。

 医師は日曜日だというのに、母の電話一本で颯爽と駆けつけた謎の男だった。少なくとも石橋は面識がないが、見知らぬ男が家に上がってきて、電球の交換だの換気扇の掃除だのと何らかの手助けをしてくれることは珍しくないため、詳しいことは敢えて聞かなかった。


 きっと今回も、母の言うところの“お友だち”が困りごとの助っ人に来てくれたのだろう。


「さっきから足上げてって言ってるでしょぉ? もう、最近の子はスマホばっか見ちゃって……」


 言いながら母に代替機のスマホを取り上げられ、石橋はその日、銃弾に抉られた足を初対面の男に自宅で処置してもらった。ちなみに医師だという彼についての情報は最後まで母からは一言も聞かされなかった。一応名前だけでも訊ねてみたが、やはり“ただの昔からのおともだち”ということらしい――。


 母が医師の男に金を払い、玄関口で何らかを話して彼を見送る。彼女は石橋の足の怪我について何も聞かなかったが、必要な外出以外はなるべく家で安静にするよう言いつけた。

 律儀に言いつけを守り、石橋は休日と自宅謹慎が明けるまでの期間ずっと、ひっきりなしに噂や考察に賑わうクラスメイト達のチャットルームを眺め続けていた……。


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