「……君と手を繋ぐのはこれで二回目だね」
隣の玖珠からの視線に気づいて、石橋は皮肉げに口角を上げる。頬杖をやめ、その手で自分の額を指さし、続けた。
「ここ。彼女のおでこに銃口をつきつけて、頭蓋骨の感触を頭の奥で冷静に受け止めながら、僕がここで彼女を殺すしかない。殺せばすべてが片付くんだって本気で考えてた。おじいさんは多分、脱税や孫の殺人の見逃しや……自分のやってきたことに耐えられなくなってすぐ自殺しちゃうだろうなって考えてたから、そうなれば僕の殺人の口封じをする必要はないなって思ってた。なんなら猟銃を隠滅すれば、おじいさんが自分の孫を自分の手で片付けて、自分は自殺したってことにできるなとも思ったよ。そのために書いてもらった遺書だものね。最も懸念すべき玖珠さんの居場所はすでに安斎さんから聞き出していたし――まあ嘘だったけど――……そう。あのときは人を殺したり死なせたりすることよりも、ああ、やっと面倒ごとが全部片付くなあって、それだけ考えて穏やかになってたんだ」
語り終えると、石橋はまた頬杖をついて自分の口元を手で隠し、その手の中で呟いた。
「……だから、そうだね。うん。君が言う通り、僕らは同じなのかもしれない。現に僕は……人を……安斎小蓮をこの手で殺した……。認めるのが怖かったんだ。殺されて良い人間なんてこの世に一人だっているわけがないと思ってるのに、こいつは別に死んだって構わないな、殺してもリスクは低い状況だなって考える僕がいるんだ。河合のときもそうだった。僕はあいつを殺すつもりだった。あのときあいつを殺さなくっても、結局僕は安斎小蓮を――――」
「ごめん」
玖珠が遮るようにそう言って、石橋の膝の上に手を置いた。もういつも通りにメガネをかけていて、ただ、気まずそうな笑い方だけはいつもと少し違った。
もう、その声に先ほどの警戒はなかった。
「……ごめん。ごめんね、意地悪なことを言った。石橋君は安斎さんとは違うよ、今ハッキリとわかった」
「何……今度はなぐさめてやろうって?」
「違う! 本当にそう思ってる。確かにあんな言い方をしたけど……あー……あたしも認めなきゃだね。あたしは多分、死ぬほど嫌だったんだ。石橋君が安斎さんに惹かれていて、彼女と一緒にいることで満たされるものがあるんじゃないかって。一種のやきもちかも、これは」
ぎこちなく笑う声を何度も挟みながら、ゆっくりと言い聞かせるように玖珠は告げる。
石橋は膝の上で震わせていた手をゆっくりほどき、その上に乗っていた手と重ね合わせた。
それを見て、玖珠が安心したように笑った。
自分の手を握る、一回り華奢な指先を見下ろして、石橋も下手な笑い方で返す。
「……君と手を繋ぐのはこれで二回目だね」
「参ってる時の君の顔はさ、なんか無性に手を握ってやりたくなるのさ」
「何それ」
小さく声に出して笑って、息を吐き石橋は玖珠の手をぎゅっと握り返す。
「ねえ、本当に違うと思う? だって僕は安斎小蓮を殺したよ。君も見てた」
「あんなの“殺した”の内に入るかっての。正当防衛もいいところ。それに……あーくそ、ほんとこういう言い方はものすごく拒否反応を覚えるんだけど……。話を聞く限り、彼女を殺したのは彼女のおじいさんだよ。確かにおじいさんの死は君と彼女のプロットに呆気なく利用されてはいたけど、この倫理感ゆるふわ高校生ズが計画を立てていようがいまいが――」
「倫理感ゆるふわ高校生ズ……」
「――結局、おじいさんはやっぱり死んでたんだと思うよ。最後の義理で、自分の孫に引導を渡してね。実際におじいさんはそれをやった。もし安斎さんが石橋君への心残りを持っていなければ、あのときああやって崖にしがみつくようなことはできなかったと思う。そうやって彼女はイフのルートにしがみつこうとしたけど、結局こっちが正規ルート。君が彼女を突き落としたのは、あくまで祖父に殺されるという結末に彼女自身を突き返しただけのこと。だから……」
「何でいきなりセカイ系の話になってんの?」
「黙って聞けよ! つまり……つまりだ。…………石橋君は誰も殺してないってことだよ」
石橋はそれを聞いて、つい言葉を失ってしまった。
自分があの日の朝、己斐西に告げた言葉を思い出す。――君は殺してない。
真柴の死んだ翌朝、電話で彼女に伝えた言葉だ。
そして己斐西が残した手紙を思い出す。――あなたは、殺してない。
己斐西の自殺した翌日、夕方の校舎、殺されたウサギの墓を暴いて見つけた手紙の言葉だ。
まだ手を握ってくれている友人の顔を見つめていると、視界から一粒の弱さがこぼれ落ちるのが分かった。
一粒落ちれば後はたくさん溢れてしまうのは、梅雨の雨とそう変わらない。
それを拭うことも忘れて、石橋は鼻声で笑った。
「そう……そう……かな……。はは……我ながら情けないな。欲しい言葉を言ってほしくて、誘導尋問してる構ってちゃんみたいで……」
握った手をぐいと力強く引かれる。自分の肩に石橋の頭を抱き込んで、まるであやすように玖珠は優しい声で告げた。
「あたしはずっと石橋君に構いたかったよ。一年生のときからずっと、君のことを構いたくてしかたなかった。知ってたでしょ、何回も話しかけてさ…………」
手を握ったまま、逆の手で優しく肩を撫でられた。薄い肩先に額を埋める。
雨音に紛れて、石橋は泣き笑った。
「君はいつも、僕がなりたい僕に導いてくれるね」
「はは、何それ。その発言こそセカイ系みたいじゃん」