「お前ら何考えてんだッ」
その的確な処置を見つめながら、石橋はログハウスへと視線を向け指をさす。
「それとごめん、帰る前にあそこに寄りたいんだ。ちょっと肩貸してもらえるとありがたい」
「君の松葉杖になれってんなら喜んでそうするけど、今は一刻も早くここを立ち去った方が良いんじゃないの?」
「やることがあるから。頼むよ、五分で済ませるから」
上目に頼み込むと、むっとした顔をしながらも玖珠は「わがままさんめ」と吐き捨て、石橋の腕を自分の肩へと回してくれた。
半ば彼女にもたれかかるように歩きながら、ナチュラルで可愛らしいログハウスに辿り着く。
玄関扉は施錠されていなかった。
玖珠が行儀良く足で蹴るように扉を開け、懐中電灯で照らしながら壁のスイッチを探し、肘で突くように押して室内の電灯をつける。
足の痛みも、引きずりながら歩くのにも少し慣れてきた。
ダイニングへ辿り着くと、わざとらしくその上に一通の手紙が置いてあった。封筒はなく、便箋だけが見せつけるように置かれている。
日付は昨日のものだ。玖珠がそれに目を奪われる中、石橋は彼女の体から離れ、近くにあったティッシュ箱から一枚のティッシュペーパーを失敬し、テーブルの下を覗く。
「この字は安斎さんのじゃないよね。――何、脱税? 自殺する? 穏やかじゃないな」
「彼女のおじいさんが書いたやつだよ。いや、書かされたって言った方が正しいか。安斎小蓮は自分の祖父を僕に殺させようとしてたんだ。その後始末のひとつとして、彼の自殺をほのめかす内容の手紙を書かせたんだろ」
「ひえー、殺人の手口が慣れてるなぁ」
「だが僕が用があるのは…………あった、これだな」
セロハンテープで天板の裏にくっつけられていた、もう一通の手紙を石橋は見つけた。
丁寧に折りたたまれた便箋を、ティッシュ越しにテープから外し、内容を確認する。
指紋がつかないよう留意しながら、便箋を開いて中を確認した。
先ほど電話で彼とやり取りした通りに、最新の日付で遺書として書かれている。ただしテーブルの上のものよりも、幾分か筆跡が走り書きだった。
玖珠が横から顔を近づけてくる。
「――“私は孫娘の犯罪をずっと見て見ぬふりをしてきた。祖父として、保護者として劣悪な人間だった。孫は私が受け継いできた農園を、快楽殺人の後処理の道具として利用してきた。人の屍肉を喰らった豚は神に誓って出荷などしていないが、お客様方には信頼を大きく裏切ることになり、弁明の余地もない。被害者とその遺族の方々にも謝罪の言葉もない。遺骨だけは、土に分解されていなければ山の奥に……”――ってちょっと、石橋君!」
読み上げている途中で手紙を取り上げられた玖珠が、抗議の声を上げる。
「あんまこういうのを本人の了承なしに見るなよ。ほら、もう行こうぜ、僕の用事は済んだ」
元通りに便箋を折りたたんでテーブルの上に置き、代わりに最初に置かれていた手紙を折りたたんで、石橋は自分のスラックスのポケットに入れた。ついでにティッシュも一緒に捩じ込んで持ち帰る。
つまり、今日の日付で書かれた遺書しか、ここにはもう残っていない。
足を引きずりながら立ち去ろうとすると、その腕を下から支えるように掴んで玖珠が吠える。
「お待ちよ、これ何なの。安斎さんのおじいさんがどうしたって? あたしがここに辿り着くまでに一体何があったってのさ? どうして石橋君はこんな遺書をおじいさんが書いてることを知って……いや……さっき書かされたって言ったのは――」
「玖珠さんは知る必要ないだろ。僕ら二人とも無事なんだし」
「君は足を怪我してるしあたしは靴が削られた!」
「命に別状はないんだから」
「わかった。……あんたが話さないんならあたしがポリスメンに全部話すよ。クラスメイトがシリアルキラーで、友だちがそいつを殺したってこと全部」
なるほど、つまり脅迫だ。石橋は思わず笑った。
「……あー。こりゃ良いオチだな。まさにしっぺ返しってやつだ」
散々人を脅迫して処世術に使ってきた自分が、まさかここで、唯一無二の友人に脅迫を受けることになろうとは。
皮肉げに笑って玖珠を振り返り、生真面目な顔で眉を寄せる彼女に語って聞かせた。
「そうだよ、その手紙は僕がおじいさんに書かせたものだ。彼はさっき君が来る前、孫と崖から飛び降りて心中しようとした。まあ実際は彼だけが先に落ちたらしいが……。本当は僕が安斎小蓮を殺すつもりだったけど、別に彼がそうしようとすることを予想しなかったわけじゃなかった。流石に、自分の身内の後始末を赤の他人に任せられるようなタイプじゃなさそうだったからね。……だから僕はどう転んでもいいように、彼にその遺書を書いてもらったってわけ」
「何だよそれ……何だその、あまりにもあざとい言い方は。安斎小蓮はおじいさんを石橋君に殺させたかったし、石橋君はあわよくば――いや、ほぼ絶対に、そのおじいさんが孫を殺して自分も死ぬつもりだって踏んでた。つまりどう転んでも彼の死を――人の死をッ! あんたらは二人ともプロットに組み込んでたっていうのか!? お前ら何考えてんだッ、人の生き死にをすごろくのマス目みたいにッ」
「じゃあ、何? 本当に僕が安斎さんと親友になって、君も殺した方が良かった?」
少し苛立った、投げやりな声になってしまったと自分でも思った。玖珠が驚いたように目を丸くし、寂しそうに黙り込んでしまった。
「……」
「あはは、冗談だよ。用事は済んだんだ。帰ろうぜ」