「その顔がずっと見たかった……!」
「ああ、おじいちゃんが余計なことするから、計画狂っちゃいましたよ。本当は石橋君と一緒におじいちゃんを殺して、それをベストタイミングで登場した玖珠さんが目撃して、吹っ切れた石橋君と、もっと仲良くなるつもりだったんですけどね……」
「殺人慣れした僕が君と一緒に目撃者を殺すって? 馬鹿言え、そんなしょうもない殺人になんの意味がある」
アドレナリンの魔法のおかげで、痛みは感じていなかった。
やっと断崖まで辿り着いた石橋は、迷いなく安斎を蹴落とそうと足を踏み出す。
予想していたのだろう、その僅かに持ち上げられた足を掴んで安斎はまだ笑っていた。
「意味ならありますよ。動機なんてどうでもいいんです。ただあなたが、人を、殺すところが死ぬほど見たいだけ」
「このっ――」
左足の銃創に、安斎が指を食い込ませる。酷い激痛が戻ってきて、石橋は声にならない悲鳴を上げて尻もちをついた。
安斎は石橋に掴まるようにして、崖を上り終えようとしていた。華奢な少女とは言え、人一人の体重を掛けて銃創を抉られれば、激痛に悶える他ない。
冷や汗をかき、気絶しそうになるのを気力でこらえながら、石橋は安斎の手からライフルを取り上げた。
安斎が目の前で口を開くのと同時に、背後で玖珠の叫ぶ声がする。
「最後のチャンスですよ。どっちを殺すんです? それともどっちも?」
「石橋君聴いちゃダメだ! さっさと落とせ!」
「わたしならもっとあなたと共有できる」
「そいつに喋らせるな!」
「ああやっぱり素敵じゃないですか。その顔がずっと見たかった……!」
「聴くな聴くなッ、あああああああああーーーーッ!!」
背後から轟く玖珠の絶叫の中、ただ冷静にライフルを振りかざす。安斎の首と肩の間を目がけて、力強く銃床を振り下ろした。
ずる、と足の銃創から指が引き抜かれる。自分が彼女を引きはがしたのか、それとも彼女が自ら石橋から離れたのか、石橋には上手く判別できなかった。
崖下へ落ちていく少女が、崖下の岩肌に足をぶつけて鈍い音を立ててから、どぽんと水飛沫を上げて海面に飛び込んだ。
海面は暗くて、色は黒にしか見えない。飛び込んできたものに海面がしばらく波紋を広げ、それがゆっくり時間をかけて、やがて何事もなかったように凪いでいく。
茫然とその様子を見ていると、いつの間にか玖珠がそばに寄ってきていた。座り込んだままの石橋の肩に手を置いて言う。
「石橋君、とっととずらかろうよ。もう関わんない方がいい……」
「ああ……そう、だね…………」
答えて立ち上がろうとして、石橋はずるりと膝をついた。
一瞬、何が起きたのか分からず見下ろすと───おびただしい量の出血がある。そうだ。ライフルに被弾して肉を抉り取られ、その傷を、さらに指で強く傷つけられたのだ。
足元に懐中電灯をあてた玖珠のおかげで、そのグロテスクな光景がハッキリと見えて石橋は目を細めた。
目で捉えてしまえば、痛みというのは簡単に脳を刺激する。
「うわそれヤバいやつじゃん! 救急車……は、スマホないから呼べないし、呼んでも警察沙汰か……。ええと……」
「見た目ほど痛くないよ。それより玖珠さん、ハンカチ持ってたら譲ってくれない? ごめん、多分洗って返せないんだけど」
「ああ、止血! そうだねそうしよう、ちょっと待って……」
玖珠がポケットからギンガムチェックのハンカチを取り出すと、迷いなくそれを引き裂いて結びつけ、長めの包帯として石橋の足に強く巻いた。