「じゃあその…………お元気で」
ここは崖の上に立つ小さな農園だ。
その老人が何をしようとしているのか、石橋はすぐに理解できた。
「すまん。お前には……いや、お前たちには迷惑をかけた。クラスメイトの自殺した女の子にも取り返しのつかないことをした。どうやっても償えはせん。だからせめてこの役だけは、俺だけが一人で全うするよ。お前も、誰も、もう巻き込まない。どうせいつ税務調査がきてもおかしくないんだ。この歳でしょっぴかれるなんざごめんだ。こいつの言った通り、俺はいつ自殺してもおかしくない。……はは、本当に迷惑な爺と孫だよ。だからどうせなら……二人で一緒にいくさ」
肩越しに振り返って、孫を抱いているのと逆の手を軽く上げ、祖父は農園の奥へ歩いていった。
この夜の薄闇に目が慣れた石橋には、施錠の開け放たれたフェンスが見えた。フェンスの向こうには雑草が生い茂り、その向こう側には、夜空ではない闇が見える。――海だ。
肩に担がれたままの安斎はぐったりとして目を覚まさない。
その断崖まで遠く小さくなっていく姿を見ていると、祖父が立ち止まって肩越しに振り返った。石橋の姿を見つけて、しょうがないと言いたげに声を張り上げる。
「やっぱりまだいたか。見世物じゃないぞ、さっさと帰れ。見張る必要ならないぞ、ちゃんと終わらせるから。――お前は早くお前の友だちを助けに行ってやれ。そして二度と振り返らずに二人で家に帰るんだ。分かったな?」
「……あの」
「分かったな!?」
有無を言わせない声だった。石橋は何とも言えない無力感を覚えながらも、黙ってうなずく。
真柴や己斐西の顔が脳裏に浮かんだ。
一人は殺人鬼としての疑いをかけられたまま、一人は不本意な自分の終わらせ方を選ばされた。
きっと石橋が知るこの二人以外にも、安斎小蓮の犠牲になった人はいるのだろう――。
確かに、この臆病な老人が招いた悲劇だ。自分の手で幕を引く、それが最も適した終わり方のような気がした。
「…………はい。分かりました。ええと、じゃあその…………お元気で」
石橋は我ながら煮え切らない別れを口にする。
安斎の祖父は背を向け、手を軽く挙げてあいさつするように去って行った。
その姿が崖の下に消えるのを見届けるのはやめ、石橋も踵を返した。
安斎が勝手に巻き込んだ、石橋の最も敬愛すべき友人の元へ向かうため、納屋を目指す。