「あなたは最高、至純のエンターテイナー!」
「……ここで、己斐西唯恋の友人として、彼女の無念を晴らすことだけ。永遠に裁かれない君のことを、二度と動かないように止めるだけ。――ああ、そうだな安斎小蓮。僕にこれをさせるんだから、君の勝ちに変わりはない」
その声音を聞き顔つきを見た瞬間、先ほどの不機嫌さが一掃されたように、安斎はにっこりと口角を上げた。
「さっきの手の震えは演技でしたか。……前言を撤回しますよ石橋君。やっぱりあなたは最高、至純のエンターテイナー! さあどうかわたしに、最初で最後のお楽しみを!」
「楽しんだら、ちゃんと彼岸で謝るんだぞ、己斐西さんに」
石橋は思った。
きっと、安斎が言った通りなのだろう。
今まで自分を守るためだけに、人の秘密を踏み荒らしトラウマを植え付け追い詰めて、酷いことをたくさんしてきた。“強姦は魂の殺人”だという言葉がある。なら自分のしてきたことだって、人を殺すこととそう違いはないのだろう。
現に迷いなく人間の頭に実弾入りの銃口を向け、引き金に震えない指をかけている時点で、自分がこいつと同じ生き物であることが証明されているではないか!
息の音一つ立てず、石橋は引き金を引こうとした。
――瞬間、
「――だめだッ!!」
石橋は横から飛んできた小石にこめかみを打ち付けられ、発砲はできなかった。石を投げたのは安斎の祖父だ。
いて、と石橋は呟いてよろめく。こめかみから血が流れた。
先ほど空砲に倒れていた祖父が、飛び込んできて石橋を突き飛ばす。まるで庇いでもするような体勢で、祖父は孫娘の体の上で丸くなって彼女を覆った。
「頼む、やめてくれ、こんなの見てられん。……これでも俺の、たった一人の孫娘なんだ。この子が小さなときからずっと面倒を見てきた。入園式も、入学式も、卒業式も全部見てきたんだ。授業参観にだって行ったさ……」
「お爺さん……」
「ごんぎづねの感想を発表する会で、“兵十は狐肉を母に食わせて皮を商人に売るべきだった”と答えたのを今でも覚えてる」
「その頃からヤバい奴じゃねえかよ!」
「そうだよこいつはヤバかった! ああヤバかったさ。だからいつかこんな日が来たら、俺が……俺が、全責任を負って、こいつに引導を渡すべきだ思っていたんだ……」
震える声でそう言いながら、ゆっくりと背を起こし、少女の細い首に手をかける。
今まさに自分の首を絞めようとする祖父の顔を正面から見上げ、安斎は心細そうに顔を歪めた。
「おじいちゃん、やめて……」
「お前こそやめろ、そんな猿芝居! そんな顔したって俺は誰より知ってるんだぞ。お前がこれ以上人様に迷惑をかけちゃならんことを――」
叫ぶように言いながら、祖父は顔を歪めながらも頸動脈を狙って両手で首を絞め続けた。やがて安斎がぐったりと脱力し、瞳を閉じたのを見て、彼はそっと手を放す。
彼は自分の孫娘を、あろうことか、自分の手で絞殺する決意をしたのだ。
――石橋はその光景を前にして少し迷ってから、やっぱり発言した。
「……あの、せっかくの覚悟を台無しにしてしまうんですが、それ多分まだ生きてますよ。絞殺するならもっと長いこと絞め続けないと……」
「うるさい、分かってるさ、いちいち言われんでも」
不機嫌そうに言って体を起こし、祖父は膝で跨いだままの孫の顔を見下ろし、哀愁の声で呟いた。
「だけど……なぁ……。……さっきも言った通り、小さな頃から見てきた、たった一人の孫娘なんだ……」
とても寂しそうな手つきで、小さな白い頬を撫でる。
「一人でいかせるのは、やっぱり可哀そうな気がしてな……」
自嘲気味に笑ってから、安斎の体を抱き上げて祖父は立ち上がった。
もう安斎小蓮は高校生にまで成長した、大人に片足を突っ込もうとしている年齢だというのに、まるで遊び疲れた子どもを連れて帰るような光景だと石橋は思った。