「でも多分70%くらいですよ」
「ああ、罪悪感ならいりませんよ。この人はずっと脱税をしてきた、他の真面目な納税者さんからすれば、自分勝手甚だしい酷い人間なんです。プライドだけは一人前で、卑怯だから裁かれる前に死にたがってる。今自殺したって変わらない。彼の自殺の手段が、ただ偶然あなたであるというだけ。――ほら! あなたの冷静な頭の中では、もう整理できちゃいましたね?」
機嫌良く語るそいつの声が心底憎らしかった。
石橋は小刻みに震える銃口を、怯えた顔の老人に向ける。そして身勝手な懺悔をぶつけた。
「…………すみません。ごめんなさい。でもどうか、お願いします。まだ若い未来ある、僕の友人のためなんです……!」
「やめ、やめてくれ! 考えなおせ……!」
弱々しい命乞いの声を可能な限り意識しないように、引き金に指をかける。
安斎が瞳を輝かせて、食い入るようにこちらを見ている。石橋は動揺し目を泳がせる素振りで、それを横目で確認する。
こいつは釘付けだ――確信し、石橋はとうとう引き金を引いた。
生まれて初めての発砲に、衝撃で体が傾く。仰け反りながらも軸足で踏ん張り、何とか転倒を防いだ。
発砲時の衝撃に耐えた。このとき石橋がすべきことは、ただそれだけで十分だったのだ。
石橋は空包を撃った。
だから、真後ろに飛ぶように倒れる祖父は、怪我こそすれど死にはしない。当然、血も出ない。
だから石橋にはこのとき、殺人を犯す覚悟が要らなかった。
安斎がその結果に違和感を覚える前に素早く振り向き、逆手に銃身を持って、彼女の腕を思い切り叩く。
そのか細い腕の骨に、嫌な感触。折れたかもしれない。だが知ったことか。
取り落された散弾銃を蹴り飛ばして遠ざけると、石橋は安斎の体を強く倒して馬乗りになった。
その、初めて見るきょとんとした顔に銃口を向け、ボルトを捻り排莢する。
再び引き金に指をかけて詰問した。
「次は実弾だ。僕の親友(玖珠璃瑠葉)はどこ?」
***
六月十七日、夜八時三十一分。
「まず遺書を書きましょう。今日の日付けと時刻をしっかり書いてください。そしてあなたの孫のしてきたことを全てそこに自白してください。箇条書きで良いので具体例を二、三個書いて、あなたは自分も殺されるかもしれないことが恐ろしくて孫に逆らえなかったと書いておくんです」
車両の連結で一人、石橋は流れるような口調で提案する。電話の向こうから、うんざりと怪訝そうな声が言った。
『お前も俺を殺す気か?』
「まさか。ただ、あなたが死ぬ覚悟で孫と対峙したという証拠を残す必要があるんです。だから忘れずに、脱税を苦に自殺という形で殺される、ということも書いておいてくださいね。あなたの孫はそういうやつです。きっと僕の初めての殺人相手をあなたに選んで、あなたの死因を自殺にして片付けようと考えてるはずだ」
『俺が自殺、か……』
「ええ。きっと僕がそっちに到着するまでに、あなたはもう一通遺書を書かされると思います。そのときは間違えたふりをして、日付は昨日としておいてください。つまり今僕と一緒に書いてるやつが最新になるように。だけど日付以外は全て彼女の言うことを聞くんです。でないと怪しまれてしまうでしょう」
『なるほどな。お前の作戦が失敗する99%の確率を引き当てたときには、この遺書があいつも道連れにしてくれると』
「そういうことです。でも多分70%くらいですよ」
『そこは0%って嘘でも言ってほしいね、お爺ちゃんは』
電話のこちらとあちらで、お互いに乾いた笑い声を上げた。