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「でも今、内心焦ってるでしょう?」

 肩にライフル銃をかけ、銃口を向け跪かせた老人を挟んで、安斎は言った。


「単刀直入に言いますね。玖珠さんと無事に再会したかったら、ここにいるわたしの祖父を、あなたの手で殺してください」

「……後学のために聞きたいんだけど、お断りしたらどうなるの?」

「あなたも玖珠さんも祖父もみんな死にます。かわいそうですね、あなたも祖父も身から出た錆ってところですけど、玖珠さんはまったくの貰い事故になっちゃいますね」

「どうして僕にそんなことさせたいんだ。そんなことをして君に何のメリットがある?」


 安斎はまるで馬鹿なことを聞かれたとでも言いたげに含み笑う。


「だってあなたってば、ほんのあと一歩、たったその一歩を踏み越えるだけでわたしと一緒になっちゃうんですよ! わたしにはわかる、きっとあなたにも分かってる。あなたは往生際悪く踏みとどまろうとしてる。だからわたし、ほんの少しだけ力を加えたくなったんです。たったそれだけであなたは、吹っ切れて二度と戻ろうとはしなくなるはずだから」

「ふざけるな。誰が君と同じだって……」

「多分あなたが思ってるよりずっと簡単ですよ。後始末も考えてある。方法も用意してる。まさにお膳立ては完璧! あなたはほんの少し力を込めて、引き金を引くだけで良いんですから」


 言いながら、祖父に銃口を向けることを忘れずに回り込み、安斎は石橋の隣にやって来た。

 肩に散弾銃を乗せて顎で照準を固定しながら、もう片方の肩からベルトを滑り落とし、石橋にライフル銃を手渡す。

 安斎は自分の持つ散弾銃を構え直し、マネしろと言うように石橋に視線を投げ、祖父に銃口を向けて見せる。石橋は唇をかみ、彼女にならってライフル銃を持ち上げた。


「安心して。あなたが今までにやってきたことと何も変わりません。法を犯すのと、人を殺すのと、人の秘密を勝手に踏み荒らすこと、何も全て変わらない。あなたは自分のためなら手段を選ばなかった。なら今回もあなたはお友だちのために、すべきことをする」


 石橋はもちろん躊躇った。初対面の老人に銃口を向けることにも、この場面に、彼がわざわざ探しに来たはずの友人がいないことにも。

 ライフル銃を構えながら、玖珠の姿を探すようにちらりと視線を彷徨わせる。たったそれだけの小さな挙動を見逃さず、安斎は鼻で嘲るように笑った。


「あまり待たせないでくださいね石橋君――」


 言って唐突に、銃口の方向を大きく変えて彼女は発砲した。自分のすぐ真横で轟く銃声が、石橋の耳をつんざく。こめかみが疼き、軽い耳鳴りがした。


 石橋はもちろん、眼前で跪いていた祖父も一緒に目を見張り、発砲された先を見た。

 弾の軌道――薄暗がりの向こうに小さな納屋が見える。


「いきなり何やって……」

「あはは。今ので落っこっちゃったかもですねぇ、玖珠さん」


 思わず、ヒュッと石橋は喉を鳴らした。

 その反応に満足げに笑みを深め、再び銃口を祖父へと向けながら、安斎は小馬鹿にした口調で続けた。


「あそこにねぇ、わたしが小さな頃に使ってた、スツールがあるんです。その上にね、爪先立ちになって立ってるんです。天井と首を縄で繋がれてるから、必死になって」

「ッ――」持ち合わせの語彙から選りすぐりの罵詈雑言を浴びせかけようとして、石橋の理性がそれにブレーキをかける。「……ああ、いや、そりゃ嘘だ。君はみすみす人質を殺したりしない。居場所を教えるようなことは言わない。僕を動転させようったって無駄だ……」

「でも今、内心焦ってるでしょう? だって、ありますよね。あそこで首吊り寸前のつま先立ちの玖珠さんが、いきなり飛び込んできた銃弾にびっくりして、足を滑らせかけてる可能性――」

「もういい十分だ。わかった。悪いのは君に惚れられた僕と君をそんな風に育てたこのじいさんだ。何も悪くないのは、彼女だけ」


 自分に言い聞かせるように、強く大きく息を吐いて、石橋はとうとう銃口を向けた。

 その先で、何か言いたげに老人が歯を食いしばる。


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