「まるで“引き金”があったような言い方をするなよ」
通話を切って逃げられる前に、石橋は早口に語って聞かせる。
「多分うすうす気づいてたでしょう? あなたのお孫さんがヤバい趣味をお持ちだってこと。ここにあなた以外にも気づいたやつがいるんですよ。クラスメイトの僕が気付いたってことは、もう誰にバレてもおかしくない。時間の問題だ。警察に通報したら僕の友人を殺すとあなたの孫は脅してきました。だから僕はあなたしか頼れません。今から僕と僕の友人と、あなたの孫の三人が農園に向かいますから、どうかあなたは――」
『知らない、知らない! 俺はそんなことは知らない。孫はいい子だ。おかしいのはお前だろ。とにかく俺は関係ない。そんな話をいきなりされても困る』
「ああ、そうですか」苛立ちを隠そうともせず、石橋はがなり始める。「……じゃあもうぶっちゃけますけど、こうなった責任はほぼほぼあなたにあるんですよ、おじいさん。新聞サイトで過去のライブラリを見ました。今から十一年前の七月。あなたの農園で起こった事件。こっからは僕の推測だがおおよそ合ってる自信はある――もともと農園育ちで動物の命を扱う環境にいた安斎小蓮は、呆気なく両親の命が奪われる場面を目の当たりにして、命の尊さや道徳や倫理を全て根こそぎぶち折られたんだ! だから彼女には良心なんてない、何かを殺すことに罪悪感なんざ欠片も感じちゃいない! 赤の他人の僕にすら想像できたぞ。どうなんだ、それを、ええ? なんで最も身近で世話してたあんたがほったらかしにしちまったんだ? どうして医者に診せなかった? 誰かに相談しようとしなかったんだ!? いいかクソジジイ、この悲劇はあんたの責任だ。あんた自身が招いたことだ。逃げるなんて許さない、僕の友人を助けると今すぐに約束しろ!」
『お前は何も分かっちゃいないッ!!』
祖父の絶叫が耳元で音割れした。
思わず肩をすくめる石橋に、電話の向こうで息を整えるように祖父が続けだした。
『何も……何も分かっちゃいない。まるで“引き金”があったような言い方をするなよ、クソガキ。あの子にそんなものはなかった。あの子は生まれたときからずっとああだったよ。可愛がって餌をやった豚が出荷されるときも、ひよこのときから頭をなでていた鶏をと殺するときにも、小蓮は何度見るなと言っても隠れてそれを見ながら、表情一つ動かさなかった。挙句五歳の小さなあの子はこう言ったよ。“わたしもやりたい”って。きらきらした目でな。……強いてあの事件が引き金だとするなら、それはあの子の心を歪めるためのものじゃない、あの子に自信を、前例を与えるためのものだった』
「自信……? っまさか」
『本当に、まさかだよ。…………ああ。あの日、強盗を殺ったのは小蓮だ。俺は返り血を浴びたあの子の小さな体が、発砲の反動でひっくり返りそうになるのを受け止めただけだった。小蓮は両親が殺されたとき、泣きも叫びもせず冷静そのもので、どこで知ったのか俺の狩猟用ライフル銃を持ってきて強盗を撃ち殺しやがった』
「じゃあ、あの新聞の記事は……」
『小蓮はまだ五歳だぞ。将来がある。正当防衛にはなるが、それでも人殺しの汚名は着せたくなかった。はは、とんだお笑いだ……あのときは俺もまだ、あの子が真っ当に育つことを考えていたのさ……』
電話で語る男の声はやけっぱちだった。もう、何もかもどうでもいいといった具合だ。
だが石橋はそうではない。大切な友人の命がかかっているのだ。
ここでこの男に諦観を決め込まれては困る。
「……もう、ならわかるでしょ。あなたの孫はまともじゃない。今は僕を使ってある目的を果たそうとしてるんだ。そのためなら僕の友人も彼女は殺すだろう。警察は頼れない。だからおじいさん、もうあなたしか頼れないんです。お願いします、僕と僕の友人を助けてください。ついでにあなたが背負ってきたものも軽くなると思うから」
『……分かったような、ことを言うな……。俺が何を背負っているかなんて、お前に分かるわけがない』
「分かりますよ。殺人ほう助と犯人蔵匿と証拠隠滅に加担した罪。それからあと……脱税とか」
『………………ああ、クソ……どこでそれを……』
石橋は苦笑を漏らす。
「多分お孫さんに握られてるんですよね。もう、しょうがないですよ。こればっかりはあなたの自業自得だ。今となっちゃ、孫に握られるか電話向こうのクソガキに握られるかの違いしかないんです。……お願いします。一緒に終わらせてくれませんか?」