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「お孫さんのことで電話しました」

「……脱税?」


 六月十七日、夜八時二十分。


 隣の隣の市まで向かう電車の中は乗客が少ない。

 それでも車両の連結部分まで移動して、誰にも聞かれないよう配慮しながら石橋はスマホに耳を押し付ける。


『ええ、そう、脱税。わたしのお仕事にケチ付けてきてぇ、彼、こう言ったのよぉ。“いいご身分だよな、お前らは税金納める必要はなくて、そのくせお前らみたいな商売女に金を流すのは、いつだって俺たちの血税を吸いつくすクソ公務員かクソ政治家のクソ共だ”……ってねぇ。あの言いぶりだとぉ、多分、後ろめたいことがあるのよぉ。税金の後ろめたいこと、自営業の農家さん……ね? 誰でも思いつく答えよぉ』

「誰でも思いつかないと思ったから愚痴ったんだろうに。そもそも農家だってことも話してないのにバレてるんじゃないの、彼? なんか同情しちゃうな」

『着飾ったって手や姿勢を見れば農家さんだってバレバレよぉ。それに可哀そうなのはあたしに諸々バレたことじゃなくてぇ、きっと他の誰かにバレて、弱みを握られてることよぉ。これまであたしが脅は――んん、おほん。あたしがお話ししてきた人たちとおんなじ顔してたわぁ』


 脅迫、と言いかけて下手な咳ばらいをするあざといこの女から、石橋は人の弱みを握り込みライフハックに使えと教育されてきた。


 その女は持ち前の図太さと鋭さから、おそらく心当たりのない番号からの着信にも、こうしてすんなり応答し、詳しい訳も聞かずに客の秘密を打ち明けている。

 安斎農園――その一言を出すだけで、息子にとって必要な情報を察して聞かせたのだ。


「……とにかくありがとう、助かったよ母さん。じゃあもう切るね、今夜はちょっと遅くなるから――」

『あらぁもういいのぉ? あなたの学校の教頭先生とかぁ、駅前の法律事務所の弁護士さんとかの話は興味なぁい? 前みたいにぃ、ママの注射器は持って行かなくって大丈夫ぅ?』

「勝手に注射器持ってったのは悪かったって……。――それに試そうったってそうはいかない。母さんが僕に教え込んだんだぜ、死んでも守るべき三原則。一つ、不要な相手から探るな。二つ、不要な相手には漏らすな。三つ、知っていることを知られるな」

『きゃあ~! よくできましたぁ~! さっすがあたしの息子だわぁ。うふふ、それじゃ朝ごはんまでには帰るのよぉ。じゃあねぇ~』


 ふわふわと掴みどころのない口調に、石橋はふう、とため息をつく。

 人の秘密の探り方は学べても、この独自の雰囲気の纏い方はどうにも身につけられそうもない。


 河合のスマホのバッテリーは残り少ない。必要なことだけをさっさと済ませなければならない。


 再び番号を打ち込み電話をかける。この電車に乗って三回目の呼び出しだ。

 ちなみに一回目が警官へのイノシシ目撃の通報、二回目が母親への相談である。

 三回目の連絡――ネットで調べた農園の電話番号へのコール音は、しばらく続いた。それでも留守電に切り替わらないので根気強く待ち続けると、やがて観念したように通話が繋がった。


「……もしもし、安斎さんですか? 僕、小蓮さんのクラスメイトで石橋磐眞って言います。お孫さんのことで電話しました」


 電話の向こうで息をのむ音がした。

 次いで、掠れ気味の酒やけ声が言う。


『……孫とは、もうしばらく会ってない。だから』

「あなたのお孫さんがまた一人殺そうとしてるんです。また一人、っていうのは、ついこの間にもうちのクラスメイトの女の子が一人、安斎小蓮に殺されたからです。まあ殺されたっていうよりは自殺教唆に近いんだろうけど」


 ああ、と男のため息交じりの悲鳴が聞こえた。おそらく彼が、新聞にも載っていた安斎の祖父だろう。


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