「なるほど、愛は爆発だね」
――最初は、死ぬのだと思った。
きっと安斎は、あらかじめ家庭科室にガスを充満させていたのだろう。
そこに火のついたライターが投げ込まれてガス爆発を起こして、激しい爆風に体を打ち倒された。家庭科室と廊下を隔てる窓も割れる。
だが……それだけだった。
本来ならもっと自分や何かが吹き飛んでもおかしくはないはずだったが、石橋の上に乗っかっていた重たいものが、爆発の衝撃から石橋を遮っていた。
轟く爆音に、吹き飛ぶガラスと何かの破片……それらの嵐が全て収まってから、石橋はゆっくりと顔を上げた。
自分に今ある痛みは、先ほど河合にバットで殴られ顔を強打されたものだけだった。
恐る恐る背後を振り返ると、自分の体に覆い被さるようにして、頭から血を流した河合がぐったりとのしかかっている。
――こいつが自分を庇った? まさか。
「おい……おい邪魔だクソ野郎……」
半ば蹴り上げる形で河合の体を退かすと、ジャリ、と嫌な音を立てて、ガラス片の上に河合の体が横たわった。
その顔がゆっくりとうつろにまぶたを持ち上げ、河合はこちらを見てほほ笑んだ。
「……は……はは……邪魔、してやったぜ……あの女……」
震える手が重たそうに持ち上げられ、指先が石橋の頬に触れる。真っ赤に染まった指のその血で、頬に赤い一線を引かれた。
「あいしてっからよぉ…………」
震え掠れる声でそう言い、ゆっくりとその手を自分の腹の上に降ろして、河合は目を閉じ動かなくなった。どうやら気絶したらしい。
青ざめた顔で石橋はその光景を見下ろし、手の甲で頬の血を拭い取る。
「……きっしょ……」
そう吐き捨て、河合のスラックスのポケットから彼のスマホを取り出した。横たわる血濡れた手を使って、指紋で端末のロックを解除してからその場を去った。
土曜とは言え、校舎でガス爆発が起きたのだ。
まだ学校内に残っていた教師や生徒が騒がない訳がない。すぐに誰かの悲鳴と足音が近づいてきて、遠くから消防車と救急車がサイレン音を上げて駆け付けてくる。
石橋は誰にも見つからないようにそっと学校を出る。
最寄り駅へ向かう途中で、河合のスマホに着信があった。ろくに発信元も確認せず、走りながら応答する。
『こんばんは石橋君。感謝してくださいね、あなたの瞼の上のたんこぶを吹き飛ばしてあげたんだから』
「こんばんは安斎さん。君こそ名探偵じゃないか? 僕が来るのを知っててガスを充満させてやがったろ」
『もちろん……と言いたいですけれど、五分五分だと思っていました。あなたが真っすぐ待ち合わせ場所に向かうなら脈あり、学校に来ちゃうなら脈なしなんだろうなって考えてたんです』
「脈なしなら吹き飛ばそうって? なるほど、愛は爆発だね」
『あはは、洒落になってないですね。……だけど結局、待ち合わせしかなくなっちゃいました。河合君はもしかしたらキューピットかもしれませんね。もう一度、今度はしっかり話し合ったら、あなたは考えなおしてくれるかもしれない』
「汚いキューピットだな。何度会ったって変わらないよ。僕は誰も殺さないし、玖珠さんのことは返してほしい。――そもそも何で玖珠さんをさらう必要があるの? 彼女、何か君の恨みを買うようなことした?」
『シンプルにやきもちですよ。玖珠さん、あなたととても仲良しだから。……そろそろ切りますね。電話しながら運転してちゃ、さすがに目をつけられてしまいます』
「は? 運転? 無免許? ちょっと待っ――」
一方的に通話が切られる。
クソ、と呟いて再び駅へ走り出す。生粋のインドア派だと言うのに、最近の自分は走ってばかりだ。
河合のスマホ端末で安斎農園への経路を確認し、やって来た電車に飛び込んだ。