「嬉しいっ、気づいてくれたんですね!」
石橋がついに核心に触れ、安斎は心から満足そうに微笑んだ。
「喜屋武さんをけしかけたのも、玖珠さんに入れ知恵して僕と河合をやり合わせたのも……己斐西さんが僕と衝突して、執着気質な真柴さんを悪用することになったのも、全部君が、君のための娯楽を再現するために仕組んだことなんだな。――僕が誰かに殺されかけたら、やむを得ず相手の人を殺さないか、ずっとそれを待ってたんだ」
「嬉しいっ、気づいてくれたんですね!」
瞳をキラキラと瞬かせて、無邪気にはしゃぐ声で安斎は言う。石橋は胃の中から冷え切るような心地悪い不気味さを感じざるを得なかった。
石橋が引き気味に口を引き結ぶのに対し、安斎はとっておきのいたずらを種明かしするようにして、楽しそうな口調で語る。
「ええ、そう。だってあなたってば、あまりに非人道的ですもの。わたし、ずっと知ってたんですよ、あなたが過去のトラウマを払拭するために、人の心に土足で踏み入って、触れられたくない秘密を勝手に握り込んでその相手を脅迫するために使っていること。なんてひどい! 人との関わり方が分からないからって、普通こんなことしません。でもあなたはした。……ねえ、だったら、必要ならするんじゃないですか? 現にしようとしましたよね、河合君に? あなたはそういう人ですよ。目的のためならきっと人も殺す」
「玖珠さんを人質に取って、僕に誰を殺させたいのさ?」
「あなたの“はじめて”をお手伝いできるなら誰だって! 知らない人が良いですか? それとも良心が咎めないような悪人が良いですか? やっぱり河合君が良いですか? あなたの望む人を用意します。もちろん後処理だって手ほどきしますよ」
「じゃあ安斎小蓮だな。目の前にいる。ちょうどいい」
石橋が即答すると、安斎は楽しそうな微笑みをほんの少しだけ動かすだけで、いつものアルカイックスマイルへと作りかえた。
「……脈あり、だと思ったんだけどな。でもしかたがない。人の心って本当に良く分からない。とにかくあなたはわたしのお友だちにはなってくれないみたいですから……」
交渉決裂。
石橋は薄暗い視界の中、安斎が右手を後ろに回すのを捉えた。何か凶器を持ち出すのかもしれない。
安斎の顔は真っすぐに石橋から逸れず、語り続けた。
「……あなたは己斐西唯恋に告白された。デートもした。そして彼女は自殺した。――好きな女の子を失った少年が絶望し、後を追った――それがあなたの死因――ッ!?」
――ガシャンッ!
何かを言いかけ、しでかそうとした安斎を、廊下の窓ガラスが砕かれる音が遮った。
窓ガラスは何かに貫かれたように割られ、その照準のど真ん中に立っていた安斎が、ガラスを貫いた何かによって側頭部を打ち付けられた。
飛ぶように倒れた安斎の傍に、細かなガラス片と、木製バットが落ちている。――何者かが屋外から木製バットを一直線に投げつけ、窓ガラスごと安斎を狙い打ったのだ。
石橋はもちろん倒れ伏している安斎も、予測できなかった異常な事態だ。
一体、何が起きたのか……おぼつかない視線を彷徨わせて、石橋は窓の外を見る。
夜の校舎に向かって、電灯に照らされた薄明りのアスファルトを歩いてくる姿が見えた。制服を着ているから生徒だ。やがてその姿が、誰だかを視認できるレベルまで近づいてきたのを見て、石橋は息をのんだ。
河合だ。
河合雁也が、不格好に腫れた鼻や目元が目立つ酷い顔で、迷いのない足運びで歩いてくる。
彼は背中に背負ったギターケースからもう一本、木製バットを取り出してそいつを右手に持つと、先ほど割られた窓枠に残ったまばらなガラスを、石橋の目の前で撫でるように破壊し尽くした。
そして土足で窓枠を踏みつけ、廊下に乗り込んで来る。
「……この恥知らずの淫獣が、飽き足らずに今度は学校でもしけこもうってか、あア゛ッ!?」
廊下に散らばるガラス片を踏み付けて、うつぶせに倒れたままの安斎に河合が吠えた。