「ハロー、親友。お探し物はこいつかい?」
学校に着いたのは六月十八日、夜八時十五分のことだった。
もう運動部の部活生すらほとんど残っていない。
本来休日のはずの閉じられた校門を乗り越え、校舎に侵入するのは簡単だった。
――学校に、ウチの、今度は本気のお手紙があるから。あんたならきっと見つけられる場所に置いたから。
己斐西が石橋との電話を切る直前に言っていた言葉を思い出す。
つまりは遺書だ。
今度はラブレターなどではなく、石橋を相手に書かれた彼女の意思。
懺悔。
走馬灯。
それを見ずに次の展開へ進もうなど、どうしてできようか。
学校中をくまなく調べまわった。教室、ロッカー、図書室、靴箱……。
ただのクラスメイトを相手に「あんたならきっと見つけられる場所」だなんて、何てあいまいな言葉だろう。
もう少し具体的なヒントを残してくれたら良かったものを――。
二年三組の教室内のロッカーを全員分開け、念のためにと他の教室を調べたが、それらしい手紙は見つからなかった。
いつも彼女が安斎と落ち合っていた中庭は、真っ先に探してみたが見つからなかった。
だから屋外にはないだろうとヤマを張って校舎内をしらみつぶしに捜し歩いているが、もうかなりの時間が経っている。
――そろそろ向かわないと、流石にまずいか。
南校舎の一階。
ダメ元で探した家庭科室からため息とともに廊下へ出たところで、暗い廊下の向こう側から声がした。
「ハロー、親友。お探し物はこいつかい?」
声の主が近づいてきて、暗がりに目が慣れた安斎の視界に、まだ血色の悪い顔をした石橋磐眞が立っていた。
その手には一通の手紙が握られている。
どうやら毒と暴力から目を覚ましたばかりでパフォーマンスの下がりきった彼にすら、先を越されたらしい。
安斎は思わず自嘲する。
石橋は自分と違って人の気持ちを理解し、そしてそれを優しく汲み取ることも、冷酷に悪用することにも長けているから、当然といえば当然の流れだろう。
「石橋君……さすがは名探偵です、わたしがここへ来ると踏んでいましたか?」
「まあね。君がオトした女の子がどんなラブレターを遺したか、きっと確認したがるだろうと思って。まあ君自身には愛なんぞなかったわけだが」
「まるで人を人でなしのように」
「愛や情を持つ人間なら、きっと僕より先にこいつを見つけられたはずだ。そういう場所に己斐西さんはこれを置いていた。きっと僕なんかじゃなく、君のことを大切に思ってね」
手紙に手を伸ばすと、石橋がヒョイと持ち上げて安斎から遠ざける。
「……わたしの親友が隠した手紙というなら、わたしにも読む権利があるのでは?」
「親友、ね……。取引しよう。安斎さんが言ってたことだぜ、玖珠さんを無事に返して欲しけりゃ、君と僕とでお話し合いをしよう、ってね。ほら、お望みのトークタイムだ。議題は玖珠璃瑠葉と己斐西唯恋の遺書の交換でどうかな?」
「……ふ、ふふ。お話になりませんね。」
思わずと言った具合に笑い出す安斎。
石橋はその反応に不愉快そうに顔をしかめた。
「交換と言うのはお互いの持ち物が同価値の場合に成り立つんですよ。その手紙が本当に己斐西さんのものかどうかは分からないし、そもそもわたしがそれに価値を見出さなければなんの意味もない。わたしが玖珠さんを差し出す理由はありませんね」
「そう、分かった。じゃあ玖珠さんのことはもうすっぱり諦める。信じがたいことだが君はイカれた殺人鬼だ。玖珠璃瑠葉を殺した時点でそれが確定する。僕はこの手紙を持っておまわりさん――君が言うところの“わんこ”に助けを求めに行くよ。大事な友人が、僕の文房具を使って殺人鬼に殺されるってね」
「どうせそれには何も書かれていないんでしょう? 己斐西さんはわたしと事件を結び付けることなど何も書き残せなかったんじゃないですか? ――ねえ石橋君、心無い殺人鬼はどっちです? あなたは違う? 人が一人亡くなっているんですよ、その人の遺書をこんな風に勝手に持ち出して、まるで墓を暴くようなやり方で自分のためだけの取引に利用して……そもそもその人が亡くなったのだって、自分のせいだとは思わなかったんですか? だってあなたが追い詰めた。あなたが彼女の秘密を握ったから、結果として彼女は自ら命を絶った。無慈悲な人殺しは、あなたではないんですか?」
「ああやっぱりそうか。安斎さんは僕を人殺しにしたくてたまらないんだな」