「彼女の部屋は勝手に一〇一号室だと思ってたよ」
「安斎さん、こっちにも来てないみたい。やっぱり家かな……とにかくありがとう。住所はメッセージで送ってくれたら、後で君あてにギャランティを振り込むから――」
『おいおいホームズ、ワトソンは君の相棒であってエージェントじゃないんだぜ! 学校前のコンビニで落ち合おう。住所はそれまで教えないよ。じゃあねっ』
一方的に玖珠が電話を切った。石橋は重たいため息をつく。
薄々分かってはいたが、やはり玖珠は一緒に安斎の家に来るつもりだ。本来なら、何故かありがたいことに安斎から好意を向けられている石橋一人で、彼女の家に向かうべきなのだが――。
少し大きめの葬儀場の中へは入らず、駐車場でスマホを片手に嘆息する石橋の背後から声をかけてくる者があった。
学年主任の佐久間先生だ。
「――おい石橋、なあ……やっぱりこんなときくらい、謹慎のことは気にしないで……」
「いえ、大丈夫です。ここに来られただけでも少し気が楽になりましたから。もちろん本音を言えばお焼香していきたかったけど……でも規則を守らないんじゃあ、うちの唯一無二の学級委員長に顔向けできません。――それじゃ、お邪魔しました。己斐西さんとご家族によろしくお伝えください」
そこに集まったクラスメイトの中に、ただ安斎の不在を確認しにきただけの葬儀場で、石橋は頭を下げて立ち去る。
***
やはり学生用アパートなど限られている。物件サイトや地図アプリを駆使してしらみつぶしにしてでも、自分一人で安斎の住居を突き止めた方が良かったのではないか――。
何度目かになる自問自答を繰り返しながら、隣を歩く玖珠に石橋は愚問を投げる。
「……やっぱり玖珠さんはここで引き返した方が良い気がする。僕はともかく君は危険だ――」
「まだそんなこと言ってるわけ? あたしに情報収集を命じておいて往生際が悪いな。それを言うならあたしだって、石橋君を今すぐ撒いて一人で突撃したいよ。だって玖珠さんの家ってことは河合君の家ってことでしょ?」
「それがどうかした?」
「大丈夫なの? 鉢合わせにでもなったら……」
「ああ……。今日、何曜日か知ってる?」
「え、今日? 金曜……違う土曜だ」
「そう、土曜日。土曜日は駅前のラスティレイク美容外科に、唯一、海外医大出身の整形の専門医が在籍してる日。河合はこういうとこにこだわるタイプだからね。僕があんだけボコボコに殴ったんだ。鼻のシリコン詰め直すなら今日だろうさ」
流石学生用アパートというだけあって、学校前のコンビニから少し歩くだけでその場所に辿り着いてしまった。
移動手段は階段のみの、三階建てのアパート“アーヴェンヘイム古庄”。各階に三部屋ずつある。
住人が九人いたとして、少なくともそのうち二人は狂人ということになる、呪われた建物だ。
「彼女の部屋は勝手に一〇一号室だと思ってたよ」
今、玖珠の妙な冗談のおかげで、安斎の部屋番号の候補が少なくとも八つまで絞られた。……結局案内された三〇三号室に辿り着くまで、石橋は部屋番号すら玖珠から教えてもらえなかった。
つまり本気で玖珠は、石橋を一人で安斎の部屋へ向かわせるつもりはなかったようだ。
それでもチャイムを鳴らす役目を石橋に譲ってくれたのは、あくまで玖珠いわく、自分がホームズで彼女がワトソンだからだろうか。
――キン、カーン――……。
レトロなチャイム音を五回も鳴らしたが、反応はなかった。
「出ないね」
「居留守かな……」
横からずいと割り込んで来た玖珠が、チャイムボタンを連打する。チャイム係を横取りされたので、石橋はドア越しに叫ぶ係を買って出た。
「安斎さーん。いますかー?」
「安斎さーん。橋本先生も心配してたよー」玖珠も叫びだす。
「え、何それ」
「橋本先生が心配してるって伝えろって」
一向に反応のない部屋の前で騒いでいると、背後から階段を上ってくる音が聞こえた。玖珠がチャイムを押すのをやめ、二人で振り返る。
壮年の女性が訝しげに二人を見つめて声をかけてきた。
「ちょっとあなたたち何やってるの。誰? ××高校の人?」
「あー、すみません。僕ら安斎さんのクラスメイトです。今日彼女お休みだったので、委員会の資料を届けに来たんですが」
「あら、安斎さんいないの? 風邪なら病院に行ってるんじゃない?」
「そうですか……」
「ええ。資料なら下のポストにでも入れておいたら? それか、私から安斎さんに伝言してあげても良いけど……」
どうやらこのアパートの大家ということらしい。