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「見ない方が良い」

 一度切断された通話はもう繋がらなかった。

 無情な呼び出し音を耳に押し付けながら走っていると、どこからかつんざくような悲鳴が聞こえた。


 ものすごく久しぶりに聞いたのに、それが市松の声だと分かった。トイレで首を吊った自分を見つけた、市松の声と同じだった。


 走っている最中にサイレンの音が聞こえた。嫌な汗が吹き出す。動悸が止まらない。


 まさか――ありえない。あってはならない。どうか――!


 市松の声とサイレンの音を頼りに向かった先――五階建ての廃ビルの前に、わずかな人だかりができていた。

 人の波を無理にわけて入っていくと、うずくまって嘔吐する市松の姿が見えた。


 そしてその奥に、見覚えのある豊かな茶髪がアスファルトに散らばっているのが分かって、石橋は絶望した。

 市松の肩に手を置く。


「おい……何があった……なあ市松――」

「ぉレに言うなぁ!」


 嘔吐に唾液を飛ばして振り返り、市松が泣き叫んだ。


「何なんだよ言うこと聞いたじゃんかよ、なんでこんな酷いことすんだよぉ、見たくなかったよぉ……復讐しないでって、言ったのにぃ……!」


 市松はひたすら泣きじゃくって話にならない。

 市松を無視してその現場に近寄ろうとすると、横から男に止められた。見上げると警官が立っていた。パトカーが止まっている。救急車も。


「君、あの子の知り合いかい?」

「クラスメイトです。××高校の二年×組、石橋磐眞。その子は多分己斐西唯恋……あの……」

「見ない方が良い」


 素早くそう言って目の前に立たれ、視界を遮られる。


「知ってることがあるなら教えてくれないか。君は彼女がここにいるのを知っていたのかい?」

「さっき電話されたんです。様子がおかしかったから彼女を探しに来て――それよりもう一人女の子がいませんでしたか? その子より少し背が低くて、お団子頭の、多分フード付きのカーディガンを着た子が――!」


 ***


 髪を下ろしてカーディガンをバッグにしまい込み、胸元のリボンをほどいてポケットに押し込んでから、そっと人だかりの後ろを歩いた。


 遠目に、石橋が警官に連れられて行く光景を見た。

 おそらく事情聴取か。現場を目撃したらしい他校の男子生徒も一緒に連れて行かれている。彼等が余計なことを言わなければいいが――おそらく自分に直接結びつくことはないだろう。

 せいぜい明日あたり、教師から事情を聴かれるくらいか。

 警官が己斐西の体を見て、スカートのポケットから一台のスマートフォンを取り出した。先ほど己斐西に抱きしめられてその体に手を回したとき、ポケットに滑り込ませたものだ。それが真柴のものだと判明するのにそう時間はかからないだろう。

 アプリ内のマッチングアプリが見られて、真柴と己斐西の関係性が疑われるのも時間の問題だ。


 ――パパ活相手に迫られてもめた後、彼が死んだのを気に病んで多感な女子高生が自殺……。


 警官がひび割れた真柴のスマホを操作しようとして、中のSIMカードが抜けていることに気付いた。

 その光景を視認して安斎は立ち去った。


「やっぱり人の気持ちを汲み取るって難しいんだなぁ。あの唯恋さんですら、間違えたんだもの……」


 人の気持ち、感情の機微――本当に難しい問題だ。予測できないし、できたとしても簡単に裏切られる。

 だからこのとき最も意外だったのは、彼女が安斎の心を理解していないにもかかわらず、自分にとってストレートの正論を提案したことだった。


 今終わらせるのが、人生の畳み方として最も適切――。


 確かにその通りだと納得した。

 本当は己斐西が一人で責任を感じて安斎の代わりに自殺するのだと予想していたのだが、己斐西は何を思ったか、安斎を心中に誘った。

 もちろん心中の誘いを予想をしなかったわけではなかったが、その誘いの理由が自分の計画に適合していることに安斎は驚いた。


 安斎小蓮は殺人が好きだ。

 これが違法なことで社会的なハンデになると知っていたから、これまで様々な方法で工作してきた。

 法で裁かれる気はなかった。

 面倒だが一生このまま殺人と工作を繰り返して、社会に紛れて生きていくつもりだった。

 人生には終わりがあるから、この趣味にも終わりが来る。

 その終わりを今、この瞬間に迎えることが、社会的制裁から逃れる最適解の一つだと、安斎は確かに納得したのだ。


 納得した上で己斐西の誘いを断ったのは、まだ未練があったからに他ならない。



 自分はまだ、石橋磐眞のその瞬間を見ていない。



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