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「ぼっ……」

 ――チャットの宛先は市松。

 中学時代の同級生であり、思い出すのも虫唾が走る汚らわしいあの記憶の名脇役。

 市松は当時の阿多丘の子分であったが、同時にあの問題に終止符を打った立役者でもあった。


 彼は阿多丘と自分たちがやったことを教師に自白した後、石橋の自宅に電話をかけてきて嗚咽混じりの懺悔を聞かせてきた。石橋はそのとき市松と連絡先を交換し、今もまだつながりを保っていた。


『困りごとがあれば何でも言ってださい。俺にできるつぐないなら全部します。許してくれとは言いません。だから……だからどうか俺に、復讐しないでください……!』


 迫真の声でそう言われては嘘だと思えず、流されて了承はしたが、石橋が市松を頼ったことなどこれまでに一度もなかった。

 彼が定期的に一方的な連絡を寄こすことはあった。

 阿多丘が中学三年生の夏に転校したこと、引っ越した後は消息が掴めないこと、市松が入学した高校の場所のこと――。

 

 今、市松に連絡をするのは、その高校が己斐西の居場所に近いと判断できたからだ。


<僕の友人が、ちょうど市松君の高校近くで迷子になっています。川の近くに廃ビルが密集しているあたりだと思います。オレンジ寄りの長い茶髪に、いかにもギャルっぽい見た目の派手な女子。僕も向かってますが探してもらえませんか?>


 送信してから、石橋はそっと呟くように吐き出した。

 

「――あいつほんとは、阿多丘皇帝あたおかえんぺらーって名前だったんだ。皇帝と書いてエンペラー。すごいDQNネームっしょ。だから中学上がってから改名して整形して、別人になって僕の前にしれっと現れたんだ。あいつが僕の中学時代のいじめの首謀者。まさかと思ったが高校にまで追っかけて来てやがったんだ」

『…………は、マジ? それ』


 やった、己斐西が食いついた。胃液を飲み下したかいがあったというものだ。

 同時に市松からは、チャット越しに了解の返事と敬礼のスタンプが届いた。

 イヤホンの声に集中しながら、スマホに向けて小声で石橋は語って聞かせる。早くバスが目的地に着くよう、窓からの景色を睨みつけながら。


「マジだよ。今週のクズ人間グランプリはあいつで決まり。あいつ以下を僕は知らない。己斐西さんみたいに辛うじてモラルが生きてる人には考えられんだろうけどさ、あんな奴でもふてぶてしい顔して生きてやがったんだ。平気で人の心を踏みにじって執拗に追いかけ回してきて、またしても僕を殴りやがった。昨日、昼休みに非常ベルが鳴ったの覚えてる? あれ、本当は僕と河合が喧嘩してたときに鳴らしたやつなんだ。あいつは地元から逃げきったつもりになってる僕を騙して、別人のふりして傍で監視して笑ってたんだ。で、僕がそれに気付いた瞬間また暴力で支配しようとしてきた。僕は頭を三針縫った」

『かなりヤバいじゃんそれ。 ……で、どうなったの……?』

「僕もやり返してやったよ。消化器で頭を殴って、顔をタコ殴りにしてやった。あの時の僕はあいつを殺すつもりだった。あー、僕もやってること結構クズだな。……まいいや。そしたら次にあいつはどうしたと思う?」


 電話口で唾を飲む音がする。


『ど……どうしたの……?』


 通話を一度ミュートにして、次のバス停で降りるためにチャイムを鳴らした。己斐西はこちらの話題に食いついているし、間に合うかもしれない。

 ミュートを解除して口を開く。


「ぼっ……」

『ぼ?』

「っ……いや、続きは会ってから話す。さすがに電話で話すのはもったいないから。己斐西さんのドン引きする顔見ながら話したい」

『…………………………はあ…………』


 何かを溜めるような沈黙の後で、心底呆れたようなため息が聞こえた。


『…………ほんっとあんたやり口がセコいよね。卑怯。姑息。口先のペテン師』

「そんなに褒めなくても。――ね、お互い積もる話もあるし、やっぱ会ってお喋りしようぜ。己斐西さんのクズさ加減もどんなもんかぜひ知りたいしさ。僕の口の堅さは知ってるでしょ?」

『あんたに会ってから……。いや、やっぱ…………あー……どうしよ……』


 心なしか、己斐西の声が先ほどよりも少しだけ明るい。


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