きゅうけいさんは色々がんばる
———ユルトの街を裏で操っているのは、サタン。
シルヴィアちゃんの言葉に、それまで周りにいた全員が息を呑む。その言葉に反応する前に、シルヴィアちゃんは更に畳みかける。
「本当に、ギリギリのところだったわ。あたしやエッダが行ったときも、恐らくイデアさんの関係者だとは割れてないはずです。もしも割れていたら、エッダは危なかったでしょうね。今行ったら間違いなくやられます」
そ、そうか……! エッダちゃんが捕まっていないのは、まだ関係者ではない……つまりこちらの村民と同じように、あくまで単語を出しただけの来客としてしか、相手が認識していなかったから。
今イデアさんの関係者だと知られているのなら、捕獲されるか、あるいは……!
「かつて南にあった村が、恐らくサタンに襲撃されて滅んだという話は聞きました。そのほかに眷属である魔族が度々襲撃してきていたのは、恐らく目的は村を滅ぼすことではなく……唯一取り逃した筆頭眷属、イデアさんを狙うこと……だと思い込んでいました」
あれ、そう言うってことは違うの?
そこでシルヴィアちゃんの視線の先にいるのは……不安そうなミミちゃんだった。
「アスモデウス、と確かにペトラさんは言いました。それがあたしの考えを根底から覆すものです」
「さっき確かに言ってたよね」
「きゅうけいさんも聞きましたよね。……有り得ないんですよ、アスモデウスの名前を知っているなんてのは。だって、似ても似つかないし、サキュバスの他にアスモデウス色の魔族が眷属としていた話がないんです。ミミちゃんを見て、アスモデウスなんて単語を出すはずがない」
それは、確かにその通りだ。
……あれ? じゃあなんでアスモデウスって言ったんだ?
「それじゃ、まるで……」
「そう。憤怒の呪いの中に、知識が埋め込まれているんですよ。これは……つまり、アスモデウスの二代目を狙っているってことでしょうね。大声を出そうとしたのも、間違いなく周りに知らせるためです。きゅうけいさんは……思い当たるんじゃないですか」
私はシルヴィアちゃんに話を振られて……そいつのことを思い出した。
「ベルゼブブの蠅……!」
そう、私はここ暫くレーダーを使ってキャシーちゃん他、村のみんなの警戒をして強い魔物の討伐も担当していた。その中で度々出てきたのが、蠅の魔物だ。
シルヴィアちゃんは、私が度々空に向かって魔法を撃つのを見ている。
「まずいですね、恐らく以前イデアさんとミミちゃんが住んでいた建物まで踏み込まれているはずです。最近出てこないので疑問に思ったんでしょうね、強硬手段に出られなかったのはイデアさんがまだレベル1まで戻ったということを知らないから。その上で、どこか別の場所に移動したということを知られている。だから……」
シルヴィアちゃんは、ペトラさんを見る。
「ペトラさんが……フェンヴェーナの村が『ただの捜索用に』利用された」
シルヴィアちゃんの残酷な発言に、ペトラさんが震える。
それは、自分たちのずっと住んでいたフェンヴェーナの村が、魔族の道具として利用されるためだけに滅ぼされたことを意味する。
「そんな……私達の村は、そんな目的のために」
「今は嘆いている場合ではありません。こちらの村も危険ですし、それにユルトの街は既に毒牙にかかっています。サキュバスも獣人も人質状態です。加えてあの大都市の人数となると、きゅうけいさんの薬でも……」
こちらを見るシルヴィアちゃんと目が合うけど、気まずすぎて目を逸らす。
うん、そりゃあね、努力すればなんとかなるかと思いますよ。でも、あの、ユルトの街ってそれこそ写真でしか見たことないけど、十九世紀のニューヨーク超小規模版みたいな、このノース・ジャーニー村がほんと小規模に感じる位には大都市なのだ。遠目に見ながらレーダーで調べたけど、人口半端ない。
あの街にクリアエリクサーをと言われても、それは……可能だけど……可能だけどっ!
「め……めんどくさい……」
「あたしもさすがに、あの人口全員に薬を配ってくださいとは言えないですね……。それに、東へ帰るのが年単位で遅れかねません」
ううっ、すんませんです……。能力的には大丈夫なんですけど、あの人数全員にクリアエリクサーを作るのは無理。
「さて……でも、どうしましょうか」
「とりあえず、私でもフェンヴェーナの村人全員分ぐらいは頑張るよ。あっちの村は人口どれぐらいだったっけ」
「お話を聞くに、お薬を融通していただけるのですね。フェンヴェーナの村は、人口約100人ほどですわ。全て融通していただくのは難しいかもしれませんが」
「いえ、その人数なら大丈夫です」
え、ええーっ!? シルヴィアちゃん私より先に答えないでっ!?
ひゃく!? エッダちゃんの集落の倍ですよ!?
「きゅうけいさん。今回は体力が落ちていないのでエリクサーは必要ないです。そして恐らく変化を不自然に見せないため、男には使ってない」
「あ……ってことは」
「そうです。人口は二倍ですが、恐らく実際はダークエルフの集落で作った量の半分で済むはず。イデアさんは隠れていただきますが、ペトラさんときゅうけいさんはあたしと一緒に村人を見てもらいます。あと、リックさんも念のために一緒に来ていただけますか?」
話を聞いていたリックさんが立ち上がる。
「ええ、もちろんです。……ペトラ様、こちらが遙か東からこの村に滞在していらっしゃるシルヴィア様です。すっかり村長形無しで恥じ入る限りですが、ここは頼りにさせていただきましょう」
「この子が、あの伝説の人類種の守護神たる、古竜様……! はい、そうですわね、頼らせていただきますわ」
よし、話が決まったようだ。私も覚悟を決めてたくさんお薬作る方向で頑張るよ!
-
「ぐへぇ〜〜〜〜……」
「お疲れ様です、きゅうけいさん」
「ち〜か〜れ〜た〜……」
私はそんなわけで、ペトラさん先導のもと、フェンヴェーナのウサミミレディー達にクリアエリクサーを飲ませる作業をしてきた。あ、ちなみにウサミミ観察は非常に楽しかったです。なんだか終わった頃にはすっかり私に対する認識も軽くなった印象がします。
大罪の吐息、今度は憤怒バージョン。以前ダークエルフの集落に使われたこともあって、村全体を覆っている疑惑のあったものだ。
もしかしたら大丈夫なのかもしれない。だけど駄目かもしれない。だから念のために効果が無さそうでも全員に飲ませた。
そして全てを終わらせた私は、念のためにフェンヴェーナ村の男性とイデアさんを引き合わせて、男の方にはどうやらそういった謎の呪いはかかっていなかったことが分かった。
男の人、イデアさんのほうちらっちら見てたけど。まああのレベルの美人はちょっと探した程度じゃ見つからないから気持ちは分かる、分かるよー。
すっかり疲れてぐでんぐでんになっちゃった私は、おあずけくらっていたパンプキンパイをもっきゅもっきゅ食べながらお部屋のソファーでごろんと寝っ転がっている。よく働いた私! 今日はもう寝ていいよ、私が許す!
と、横になっていると、ふわっと頭が浮き上がった。
こ、これは……! 以前やってもらった膝枕ッ!
「シル……」
「あら、シルヴィアさんの方が良かったかしら」
視界は。なんか、すごかった。
布で出来たひょうたんみたいなの。そこに右側から、ひょこっと顔が現れる。
ま……まままままさか……!
「イデアさん……!」
「そうよ」
にっこりイデアさんが……ってことは、え、この視界を殆ど塞いでいる巨大な物体、イデアさんのおっぱいですか……!
いや、大きいとは分かっていましたけど、ちょっと本当に待って、下から見上げた世界のグラビアを置き去りにする着衣巨乳の迫力に対して、頭がこの状況をどう処理していいのかおっつかない。
「どう、太股は固くない?」
「きもちよすぎて二度と起き上がりたくないです」
「まあ、それは困るわね」
ふふふと上品に笑う度に、心地よい振動が伝わって、目の前のシャツに包まれたまるいものがたぷんたぷん揺れている。
すごい。一言で表現すると、すごい。すごいとしか言えないぐらいすごい。仕方ないじゃない、すごいんだもん。
とても気持ちいいし、なんだか眺めは凄いし、とても良い気分なんだけど、当然ながら疑問が出てくる。
「でも、急にどうして?」
イデアさんともすっかり仲良くなったとは思う。だけど一定の距離があって、あまり積極的に触れ合うほどの距離ではなかったのだ。
だから、勢いで膝枕をされるようになった経緯が分からない。
「きゅうけいさん。私はね、やっぱりあなたのことを警戒していたの」
それは……仕方ないと思う。だってベルフェゴールなのだ。パオラさんの話を聞いた私には、その過去を知っているであろうイデアさんにとってベルフェゴールというものがどれほど恐ろしいか、忘れることはできないだろう。
「でも、今日のことは完全にあなたの善意だし、あなたは本来そんな苦労をしなくていいはずだし。今までの魔物を圧倒的な力で倒すというのとは違う、とてもとても、地味な仕事だった。それこそ下働きの者がやるような、そんな作業ね」
「そーだったねー……めんどくさかったー……」
「そんなめんどくさい作業をあなたはずっとやってくれた。私と……ミミのために、ね。私は自分の心の狭さに恥ずかしくなった。きゅうけいさん……あなたのことを心から信頼したいの。だから今日は、そのお礼よ」
イデアさんの綺麗な指が、私の頭を撫でる。
「ありがとう、素敵な魔王様。あなたが来てくれて、幸せよ」
……今日の働きの報酬、これですね。
最高です。
これのためなら本気でユルトの街一つぐらいやってもいいかもって思えるぐらい最高です。
「うへへ……どういたしまして〜。イデアさんすき〜……」
「……両刀……」
「ノーマルです」
でもそこだけは譲りませんからね。
イデアさんに膝枕されながら、その隣に座ったパオラさんとおしゃべりしたり、やってきたミミちゃんとおしゃべりしたり、あとミミちゃんがパオラさんに膝枕されてミミちゃんと膝枕の頭を並べたり。
「あはは、魔王様が膝枕されてますぅ、眷属交換ですねぇ」
エッダちゃんが私とミミちゃんの様子を見て笑う。この魔族そのものなミミちゃんの前で笑っている天使ちゃんが『魔族狩り』なんて厨二病と言われそうなかっちょいい二つ名持ってる子なんだから、縁は本当に面白い。
「…………」
私はエッダちゃんを見ながらニコニコしながらも、視界の隅にいるシルヴィアちゃんの考え込む様子が気になった。
「……何か……まだ見落としているものが……」
シルヴィアちゃんが独り言を呟いている。これだけ働いているというのに、まだ何か私達が気付いていないものが分かるだろうか。
本当にリーダー、頼りになる。
……本来は私がもっとこう、チートを使ってばんばん解決していくべきところなんだろうね、こういうのってさ。世界を俯瞰的に見ることが出来る上に、能力も高い。普通は転生者の私が一人で世界を引っ張るのが異世界転移のセオリーだ。
私って、ダメダメだなあ。……なんてことを思うと、きっとシルヴィアちゃんはそういうところも叱ってくれる。
さっきも言ってたけど、クリアエリクサーを作れる段階で私が凄いのだと教えられた。
一人で何でもしなければならないと思っていた。だけど、こんなに仲間が……友達が心強いものだとは思わなかった。
今から思えば、私もずっと上司や同僚、特に隣の庵奈には頼って生きてきたから、こちらで一人で何かやろうとすると行き詰まっていた可能性が高い。
なんといっても私はきゅうけいさん。いくらスペックだけチートをもらっても、何でも一人でやってしまう理想のスーパーマンじゃないのだ。友達のできっぷりは理想通りだけどね!
でも。
このシルヴィアちゃんでも対処できないような今回や、他の魔王の場面は頑張りたい。
今も膝枕をされながら顔を緩めている私と、同じ時間だけフェンヴェーナの村人を見てきて疲れていて尚、パーティのために頭を働かせているシルヴィアちゃんの友達だと胸を誇れるように。
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フェンヴェーナ村のウサミミ獣人ことレポゼータ族のみなさん、お野菜を食べるので大変なんじゃないかと思ったけど、結構秋の味覚を森の方から収穫する技術が優れていた。
村の畑もちょっと拡張して、今から仕込んでいくというわけだ。
足らなくなりそうだった食料は、お肉大好きなミアキスベータ族のみなさんがお肉消費量をがんがん増やす方向で解決することにしました。
そして今日も私が、元気よく帰ってきます!
「大漁でーす!」
「おかえりなさい、きゅうけいさん」
「キャシーちゃんもおつかれ!」
私は早速、恐らく滅んだといわれているミアキスアルファなるネコミミ獣人のいた(ネコミミ獣人に会いたかった〜っ!)サウス・ジャーニーの南にある場所へ強そうな魔物を仕留めて帰ってきていた。
でかいやつね! おにくだいすき!
「今日はこちら!」
「サーベルバイソン……! 大きいものが、八体ですね!」
「うんうん、おにくたくさん取れると思うからもってきました!」
「ありがとうございます! これで暫くは凌げます! それで、報酬は……」
「そんなに大金じゃなくても大丈夫だよ、タダってのももちろんナシだけど……でも、おいしいところは融通してくれると嬉しいな」
「お任せ下さい!」
受付と解体の担当の、とっても可愛い犬耳獣人お姉さん達ともやり取りをするうちにすっかり仲良くなり、こうやって魔物を持ってきては解体を担当してもらう。
私はロッキングチェアを出して、解体作業をゆったり眺める。ちょっと独特の匂いではあるんだけど、この環境も頑張ってるお姉さんを見る。その手順を覚えると、もしかすると生活魔法のイメージに使えるかもなんてちょっと期待しつつ。
あとは? かっこいいお姉さんの鑑賞会気分です。
そして今日も、お肉を持って帰りパトリシアさんとお料理だ。
家族のいないペトラさんも、最近はここに来て一緒にごはんを食べている。実はミミちゃんを一番気に入ってるのは何を隠そうペトラさんだった。
「ミミちゃんかわいいですわね、は〜いぎゅっぎゅ、なでなで。魔族がみんなミミちゃんみたいな子だったらいいのに、ままなりませんことよ」
やはり魔族という者に対しては感じることがあるようで、ミミちゃんをお膝に乗せてお人形さんみたいに可愛がりながらも、村を襲った魔族のことを考える。
「でも、よくミミちゃんを受け入れられましたね」
シルヴィアちゃんも気になったようでペトラさんに話しかける。ペトラさんは、少し言いにくいことを話すように、そのことを話し出した。
「かつて、私達の先祖は西の方にも住んでいたそうなのです。ですが……その辺りにいる人間の特定の種族が、手癖の悪いレポガンマ族を吊し上げた際に、ミアキス族もレポ族も人間の街から追い出してしまったんですわ」
そ、そんな、ことが……。
「ですから、わたくし達はなるべく、種族ではなく個人個人に向き合いたいと思っているのです。あなたのことだって、最初に見たときは皆、何も思わないことがなかったわけではありません」
……そうか、認められた良かったーって程度の話で済ませていたけど……本当はもっと、色々な感情があったんだ。
勝手に一人で大丈夫だと解釈していた。みんな大丈夫じゃなかったのを我慢していて、私が働きかけることでようやくわだかまりがなくなっていたんだ。
「みんなのこと、ちゃんと向き合えてなかったな……」
「ふふ、きゅうけいさんは本当に変わった魔族ですわね。わたくしたちはもう大丈夫、あなたがどれほど頑張ってくれているか、あの薬が一つどれほどの貴重品かも知っています。皆感謝していますよ」
「ほんとですか?」
「ええ。特に私は、あなたの存在そのものに、ですわ」
へ? 存在、そのものに?
「あなたは、種族という単位で迫害され、長年魔族という種族の驚異におびえていたわたくしたちにとって、大きな転機なのですわ。魔族という種族も味方になるということ、その味方がとても頼もしいこと、それを教えてくれたのです。あなたが今日も我々が野菜を多めに取るために、ミアキスベータ族のために魔物を多めに狩ってきてくれたこと……その誠実に頑張る姿は、帰る場所もなく頼る者のいないレポゼータ族にとって心の拠り所になっています」
ミミちゃんの頭を撫でながら、私の方へ向き直る。
「ですから、一族を代表してお礼を言います。ありがとうございます」
……そんなに、私のことを考えてくれていたなんて。
「……こちらこそ、受け入れてくれてありがとうございます。ペトラさんが素敵な人で、レポゼータのみなさんが心の広い人で、私も嬉しいです」
だから。
「敵対した魔王サタン、必ず私が倒します!」
私ははっきりと、この問題の決着をつけることをペトラさんにも告げた。






