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別視点:キャシー

 獣人という種に生まれての、狩猟の日々。

 ここ、北エイメラ大陸は多くの森林資源が豊かな大陸。私はそんな村の長の娘として生まれた。

 名前はキャスリン。自分からはもう、キャシーとしか名乗ってないけどね。


 長い間、争いのない平和な土地だったらしい。らしいというのは、もちろん私の物心がついた最近はそうでもないということ。

 幼い頃、この辺りに住んでいる魔物を大人の人と一緒に出向いて狩っていた。

 村でも腕利きのお父さんのリックと、当時の仲間だったギルドマスターのガイさんと、木の大盾を持ったボビーさん。後は私に弓を教えてくれる、村でも弓矢の得意なかっこいいドナルドさんと綺麗なジェニファーさん夫婦。

 村長の娘だからって、村の周りの小さな魔猪相手に過剰戦力だったなあって思う。きっとお父さんが必死にかき集めちゃったのね。まったくもう、過保護なんだから。


 ……その日は、夏の暑い日だった。

 八歳の誕生日も先週終わった私はいつものように村の外に出る。魔物を前にしたお父さんが使い込まれたショートソードを片手に、ボビーさんが前を担当しているうちに相手を切り伏せていくスタイルだ。

 ガイさんは大きな棍棒を持っていて、突進のタイミングを見計らって頭を叩いて魔物を仕留めていく。私はジェニファーさんに弓矢の使い方を教えてもらって、ドナルドさんの姿を見ながら一緒に弓の弦をを引き絞る。


 既に狙いを定めた相手。じんわりとした熱気。集中しているうちに、汗がぽたりと視界を塞ぐ。目に水分が入る痛みは慣れるようなものではなく、あわてて目を閉じて片手で擦った。

 再び目を開いて前を向くと……魔物は逃げ出していた。そしてお父さんとボビーさんが信じられないようなものを見るような目で私を……私の上側を?

 その、視線は―――


「―――キャシー逃げろオオォ!!」


 叫んだお父さんの声に、体は急に反応してくれなかった。かと思ったら、突然体が浮き上がり、次に頭を打った激痛が今の状況を教えてくれる。

 投げ飛ばされた、恐らくドナルドさんに。


 私が後ろを見ると……そこには……。


「へえ、判断がいいじゃねえかよ。一匹仕留め残っちまったぜ」


 ……初めて見るけど、話に聞いていたからわかる。


 魔族がいた。

 赤い肌、黒くて不気味な目、伸びた角。


 ジェニファーさんは、魔族の足元に倒れ伏していた。全く……動かない。

 ドナルドさんは、右側の木に背をもたれかけさせて眠っていた。その木には、黒っぽくなっていて、光沢、が……。


「あ……あ……」


 私が震えていると、ボビーさんが私の前に立って盾を構えていた。遅れてお父さんとガイさんが武器を構えて、私を守るように左右に展開する。

 過保護で、家ではお母さんのお尻にちょっと敷かれ気味のお父さんの背中が、今はとても大きく見える。


「魔族、こんなところに現れるとは……」

「すまねえガイ、こいつは倒さなくちゃやべえヤツだ。ボビーもいいな」

「もちろんです! ……ジェニファー……ドナルド……! うおおおお!」


 ボビーさんが叫びながら、盾を構えて先行する。魔族は面白そうに嗤うと、力比べをするように腰を落として盾にぶつかっていった。細い見た目だけど、見た目以上に力があるのか……あのボビーさんの体が、相手の両腕を押し込めきれないどころか、後ろにずらされる。


「うおお、おおお、オオオオオ!」

「ハッ、気合を入れてもてんで弱いな、サタン様の眷属の俺様が言うのもなんだが、冷静さが足りないんじゃねえの?」


 馬鹿にするように弾き飛ばすと、魔族は余裕そうに片腕を振るう。そしてボビーさんは……なんと、盾を相手の顔に被せるように叩きつけて、魔族の拳を体に受けて吹き飛ばされた。


 ボビーさんは、冷静だったのだ。


「ッガァァァ!」


 魔族は、視界が奪われた一瞬のうちに左からのガイさんの両手で持った巨大な棍棒のスイングで、右の脛を折られていた。


「アアア貴様あああアアアア!」

「なるほど、確かに冷静でなければダメだな」

「―――ア……?」


 痛みから急に叫びだす魔族。その胸から、剣が生えている。

 あれは……お父さんの剣! お父さんは、ボビーさんの盾によって視界を失い、ガイさんの棍棒によって冷静さを失った魔族の隙をついて後ろに回っていたのだ。

 三人の卓越した連携技は、格上の魔族を上回った。


「……オ……ノ……レ……」


 魔族は最後にぼそりと呟くと、そのまま息絶えた。その様子を見ると、お父さんがボビーさんのところへ走る。

 そうだ、ボビーさんは魔族の攻撃を受けて……!


「ッ! ボビー、大丈夫か!?」

「リックさん……ええ、派手に吹き飛びましたが、ぶつかる瞬間にこちらから後ろへ跳んだので無事です」

「そうか……よかった」


 ボビーさんが立ち上がり……ドナルドさんのところへ行く。その目蓋に触れて少しの時間項垂れると、次はジェニファーさんのところへ行く。

 倒れ伏せたジェニファーさんの向きを変えると、ジェニファーさんの目蓋にも触れて目を閉じさせた。


「……ジェン……ようやくマイケルが歩けるようになったってあんなに嬉しそうに言ってたじゃないか……この、バカが……」


 ……三人が、二人の前で目を閉じる。


 大地から生まれたものは、大地へ還る。

 二人も土の中に還された。


「マイケルのこと、だが……」

「……自分が見ます」

「ボビー?」

「盾持ちの自分が、弓持ちへの攻撃を防げなかった。このままではとても気が収まりません。それにジェンの息子なら……責任を持って育てたい」

「……そう、か。そうだな。もうあの子に親族もいないし……他の者にも相談しておこう」


 後から聞いた話、ボビーさんとドナルドさんは、ジェニファーさんを争って猛アプローチしたらしい。結局その勝負はドナルドさんが勝ち、でもボビーさんも自分ではジェニファーさんを落とせないと思っていたのか、親友のドナルドさんを心から祝福した。

 その二人の息子マイケルは、ボビーさんにとってもかわいい息子同然。仲良しの友人として成長を楽しみにしていた。


 たった一人の魔族。

 その襲撃の爪痕は、すぐにお父さんにより村人全員に伝わった。

 村一番の美男美女と名高かった夫婦の突然の訃報に、村の皆は落ち込んだ。泣き出す女の人も、何人かいた。


 マイケル君は、最終的にボビーさんと住むことになった。

 武器は、弓。自ら立候補して、私が教えている。


 今日も、マイケル君に私の姿を見せる。

 必ず、瞼の裏にドナルドさんの後ろ姿を思い出しながら。


 -


 魔族が出て二年後。最近、男の人を襲うサキュバスなる種族が出たという話がある。

 私には関係がない話ではあるんだけど、男の成人男性は気をつけるように、という触れ込みが回っていた。


「マイケル君は大丈夫なの」

「んん……マイケルは……大丈夫じゃないかな」

「あら、油断してはいけないわよ。今はあれぐらいの子も好んじゃうって話もあるんだもの」

「そうなのか? じゃあ気をつけるようボビーにも言っておくか……ってあいつもあいつで狙われたらヤバそうなやつだな。キャシーは大丈夫だろうが、くれぐれも相手に気を許してはいけないぞ」


 んん……よくわからないけど、お父さんがそう言うのなら、そうなんだろう。


 話は変わるけど、北にあるユルトの街は、我々獣人にとって憧れの大都市だ。建造物は立派だし、町中は綺麗だし、店も充実している。海外からの交易をしていて、いろんな輸入ものがあるらしい。お父さんの鋭利なショートソードも海外産だ。


 そのユルトの街が、最近おかしいらしい。サキュバスの報告と女魔族の報告が一時期あったけど、ぱたっと途絶えてしまった。

 一応街に近づいてみると、特に何の変哲もないんだけど……。


 サキュバスの話は、ユルトの街と交流している女性たちの世間話によって、ここノース・ジャーニーでも聞かれることとなった。曰く、物凄い美人の人間の女性の姿、らしい。

 なるほど、男の人を狙っている、誘っているっていうのはそういうことなんだ。

 ただ、あまり強いわけではなく、村の獣人の女の人なら一体を除いたほとんどは追い払えるぐらい弱いらしい。


「ほとんど……?」

「そう。一人だけ、とんでもなく強いサキュバスがいるらしいのよ。でも攻撃されたりはしないの。だから追い払いきれないんだけど……なんとも迷惑な種族よね……」


 確かに、命をかけて滅ぼすほど迷惑ではないけど、撃退できないほど強くて、地味に嫌なことをしてくる。

 村の女性達がうんうん唸るのもわかる話だった。


 -


「サウス・ジャーニーの村が滅んだだって!?」


 魔族が出て九年。ここ数年は本当に穏やかなままだったし、私も弓の腕は相当なものになり、マイケル君の背丈も伸びてあと数年で抜かれそうだなと思っていた頃だった。


 その一報は、あまりにも寝耳に水だった。

 サウス・ジャーニー。ここから南の、ミアキスアルファ族である猫耳の獣人族が住んでいたところだ。

 交易商の初老の男性は、首を横に降った。


「もう、焼け野原状態でな……どの家も燃えたり壊されたりして……」

「嘘だろ、あの村には村長のトニーがいる。俺とガイ二人がかりでも勝てないような相手だぞ……!」

「トニー……アンソニー様ですね。彼の姿も見られませんでした。ただ、村のものは皆やられていましたね……」


 トニーさんは見たことがある。とにかく大きくて、強そうな人だった。髪の毛が、ぶわーっとまっすぐ後ろに長い髪が伸びていた。百獣人種の王、らしい。

 あのトニーさんが負けた? 想像がつかない。


「……トニーがやられるようじゃ、この村で対抗できるやつなんていないぞ……!?」


 そう、それが当面最大の懸念事項だった。

 トニーさんより強い獣人なんていない。そのトニーさんより敵のほうが強いのだったら、獣人族は、その襲撃者に襲われてしまえば誰ひとり立ち向かえなくなる。そんなの当たり前すぎる結論だった。


「どうすればいい……どうすれば……」


 お父さんは悩んでいたけど、当面は生き残りを探しながら他の村とも情報を共有し、襲撃に備えていつでも他の村に『逃げ出せる』ようにしようということで、私達は皆で避難訓練しながら敵の襲来に緊張を高めていた。


 結論から言うと……魔族の襲撃みたいなものは、来なかった。

 更にそこから半年ぐらい経過して、なんとサキュバスがユルトの街の獣人によって捕獲できたということだった。

 私はそのユルトの街の一人に話しかけた。


「捕獲? サキュバスを討伐じゃなくて、捕獲ですか?」

「そうよ、私達は取り逃した残り一人の、あの強かった、あの、さきゅ、サキュバ、サキュバスううウウ!」


 話していると……急に形相を変えて叫びだした女性に、私はあまりの恐怖に震えた。


「お、落ち着いてください!」

「落ち着いてなんていられるわけない! 私の、旦那にも、手を出してあいつらは手を出して手を出して手を出しやがって!」


 だ、だめだ……とても会話できそうにない。独り言をつぶやきながら頭を掻きむしる女性に、このまま会話するのが不可能だと判断した私は逃げ帰ってきた。


「怖い……怖いよ……みんな、どうしちゃったのよ……」


 ユルトの街の、都会的で綺麗な女性が、今はみんな怪物か何かに見えた。

 私はそのことをお父さんとお母さんに話すと、どうやらガイさんも全く同じ目に遭ったと聞かされた。

 サキュバスという単語をユルトの街で出すことが村のローカルルールで厳禁タブーとなったけど、恐らく西のフェンヴェーナの方でも同じような目に遭って、禁止されているだろう。


 -


 あれから十年。ようやく一連の騒動も落ち着いてきただろう、そう思っていたところに、突然の話が降りかかる。


「魔族が、出ただって……!?」


 魔族。それは忘れもしない、私の十年前の記憶トラウマ

 あれから年齢を重ねたけどますます力強くなったガイさんとボビーさんは、襲ってきた魔族にも遅れを取ることはなかった。


「しかしまさか、襲ってきやがるとはなあ」

「警戒態勢を取りましょう」


 私も最近は一人で狩りに出るけど、気をつけなくちゃいけない。それでも食べるためには、狩りにでなければいけない




 比較的村の近くで狩りをしていると……突然金髪の綺麗な子が現れた。

 その子はなんと……自分が古竜であると言っている。確かに、この辺りでは見ない獣の耳を持たず、大きな角を生やした姿は……!


 私はシルヴィア様に魔族が出たことを告げると、少し考える様子をしていたけど、見つけ次第倒すと約束してくれた!

 まさかのところから救いが来た。人類種の味方、竜族。その恩恵をこのタイミングで得られるというのは、なんと素晴らしいことか……!


 そして、私はその日の数刻後、魔族に襲われた。

 あわててシルヴィア様に助けを求める。


 古竜様が助けに来てくださる―――


 ―――と思ったら。


「おい魔族! お前の相手は私だっ!」


 何故かそれを魔族の人が言っていて、


「魔族?」


 そんな声が、よりにもよって魔族とかぶった。いやだって、魔族に喧嘩売ってるの、どこからどう見ても魔族だもん。

 味方だと言ってるけど、どうすれば……と思っていたら、すぐに後ろにシルヴィア様がいらっしゃった。話を聞こうと思っていると、次に現れたのは……恐らくダークエルフ。恐らくというのは、もちろん初めて見たから。文献より大幅に可憐な姿だったけど。


 しかし、構図を見ればわかる。青い魔族は、ダークエルフと友好関係にある。そしてあの赤い魔族は……私の恩師を殺した魔族と見た目がそっくりで、あの幼いダークエルフの少女に圧倒されている。気がついたら、別の人二人と幼い魔族もいた。シルヴィア様のパーティだろう。

 サタン様、と以前の魔族は言ってたけど……その魔族もその名前を出すと、突然狂ったように急に叫び出した。

 しかし……青い魔族はお父さんの持っているようなショートソードで余裕そうに一閃したのも見えないうちに切断、片手間に狼を足で一撃のもとに屠りながらも、ダークエルフの異様に力強い弓矢によって首を貫かれた魔族は絶命した。

 赤い髪の綺麗な女性が、魔族の道具を勝手知ったる様子で軽く踏み潰す。リーダーであろうシルヴィア様は動いてすらいなかった。


 ……つ……強い……!

 私達が苦労していた恐怖の赤い魔族が、まるで相手にならない……!


 そして、ここで最大の衝撃。


「きゅうけいさん?」


 この魔族、ものすっごく間抜けな名前というか、本人自体が緊張感というものとはまるで無縁の、間抜けそうな魔族だった。なんだか頭をぽりぽり掻きながらへらへら笑っている。

 うーん……みんなとも仲良さそうだし、あっちの桃色の魔族も小さい幼女でまるで脅威に感じないし。


 それに、なんといってもシルヴィア様の仲間であり、紛うことなき命の恩人だ。一番最初にこのきゅうけいさんが来たということは、私がやられそうになったところで真っ先に攻撃を受けるつもりで割って入ってくれたということなんだろう。

 こういう相手を疑うのは、さすがに長の娘として矜持に関わる。




 お父さんとの交渉は少し難航したけど、お母さんが入れちゃった。

 こういうときのお父さんはお母さんに頭が上がらない。それに、どうもお母さんはきゅうけいさんのこと気に入っちゃったようだ。


 お世話になるからと晩ご飯も作ってもらった。まさかの、魔族に。

 あのメンバーで料理ができるのが魔族ってどういうことなの? しかもとてつもなくオシャレな感じなんですけどどういうことなの!?

 ていうかお父さん、ガイさんとか家にいつの間にかいるんですけど! あっこら酒を持ち込むな!


 ただ、出会って数刻だけど分かったことがある。きゅうけいさんのことを皆が慕っているの、当然だ。この魔族のキャラだわ、間違いない。

 だって私も、なんだかこのゆるい魔族のこと、気になってしょうがないんだもの。




 そんな翌日、私は迂闊にきゅうけいさんのことを聞いてしまった。


「……で、ここからがすごいんです! きゅうけいさんは、聖女様がかつて毎日一本ずつ作っていたという薬の頂点のエリクサーを、ダークエルフの集落全員に振る舞ったのです! まともに買えばその金額、小さな村が丸々買えるほどなのですぅ! そのお礼を、きゅうけいさんは、一日ハンモックで眠れたら十分って言っちゃったんですよ、すごいと思いません!?」


 ……す、すごい。何がというか、エッダさんが。

 今きゅうけいさんが寝ているんだけど、このタイミングでのエッダさんによるきゅうけいさんの凄さの熱弁っぷりがやばい。

 隣のマイケル君、もうあの巨乳を見る暇もないぐらい目を白黒させている。このエッダさんの演説会場、お母さんと、パオラさんと、イデアさんと、魔族のミミちゃんが聞いている。あ、ミミちゃんは聞いてないわこれ。


「そして私が魔物に囲まれてやられそうになっていると、眼の前に数十数百いた魔物が同時に切断されて吹き飛んだんです! きゅうけいさんは、この世界で一番強くて、一番素敵で、一番優しい人類の味方なんですぅ〜っ!」


 両手を合わせて腕で胸をむにゅりと潰しながら、祈るようにきらきらとした目でどこか上の空で語るエッダさん。マイケル君を見ると「お、おう……」と戸惑い気味だった。

 当たる前に砕けちゃったね、マイケル君。女同士とか関係ない、間違いなくエッダちゃんが恋してるのはきゅうけいさん。誰が見ても分かる。


 ……しかし、そっか。初めて出会った不法侵入者かつエリクサーの盗難者だった『魔族狩り』のエッダさんに対して、追加でエリクサーを融通したわけだ。

 そりゃー惚れるよ、私だってもう余命僅かみたいなお父さんとお母さんを無償で完全回復させるような相手がいたら、そんなの好きになるに決まってる。そんなことされたら、種族とか小さな問題だね。

 エッダさんときゅうけいさんの良さを語り合っていたら、いつの間にか友達になっていた。マイケル君も友達になっていた。

 大人になってもっと理解が深まると、魔族を受け入れるということはマイケル君には難しいかなと思ったけど、きゅうけいさんの存在は彼にとって大きな一歩になるかもしれない。


 でも、これは恋や愛を通り越して信仰だなー。

 数百の魔物が剣一つで同時に吹き飛ぶとか、さすがにないない。




 とか、思っていたんだけど。


「全部すごくはやいスピードで動いて斬って、ワイバーンはウィンドカッターで首を切り落としたよ」


 私はさっき、ここら辺りではとても出なさそうな大型の魔狼の大群と、本でしか見たことがないような翼竜に同時に襲われて、本気で死を覚悟した。

 だというのに、それらはまるで時間を切り取ったかのように、すべて同時に絶命していた。これがきゅうけいさんの実力……エッダちゃん、全然大げさに言ってなかった。


 しかも……しかも! 素材を全部融通してくれる! すごい、本当にきゅうけいさんにとって、これらの魔物はまるで苦労した討伐相手じゃないんだ。




 私は早速ギルドできゅうけいさんを紹介しながら解体を手伝ってもらった。

 きゅうけいさんのやたらとかわいらしいいじけ方で、解体棟は大盛りあがり。和やかな雰囲気のまま解散かと思ったら最後に爆弾を投下してきた。そうでした、魔狼があったね……。


「……これ、レッサーガルムじゃねえか?」


 ぽつりとギルドマスターの顔をしたガイさんが呟き、俄に周りが色めき立つ。

 きゅうけいさんが倒したやたらとでかい狼、この辺にいない神話生物の劣化種みたいな魔物だった。いや、ただの狼みたいにすぱんと首切って、何事もなかったかのように全部くれたけど……いや、いやちょっと待ってワイバーンよりやばいやつ。


「十セット確認ッ! 全部頭部を一発切断と体の部分は完全なる無傷だ! 剥製できるやつ、おうお前だな! 壁掛け用の十匹全部作るぞ! 毛皮もだ、こんだけあったら……人員足りねえ、おい! 多めに報酬出すぞお前ら、手伝え!」


 うわー、本格的に職員から冒険者総出になっちゃった。


「あの、ワイバーン……」

「おっとすまねえなキャシー、そうだな……先にあらかたそっちを作っておこう、希望はあるか?」

「素材分の換金はしてほしいけど、残りはお父さんにも相談したい。後……きゅうけいさんにお礼もなしってのはさすがに心苦しいし、肉は今すぐほしいかな」

「よし、任せろ!」


 そんなわけで、食べるお肉だけもらってきました。みんながんばれ。きゅうけいさんはお母さんとすっかり仲良しになって、二人で料理を作るようになった。

 お母さんのレパートリーが大幅に増えて、後日ユルトの街のお店みたいなオシャレなものも出すようになってお父さんも大喜びだった。すごい、きゅうけいさん様様だよ!

 なるほど確かに、こりゃエッダさんじゃなくてもきゅうけいさんを信仰しちゃうね。


 -


 そんなきゅうけいさんとの生活もすっかり慣れるぐらいの時間が過ぎた。


「おちばっばっ、バッ!」

「バッ!」


 きゅうけいさん、枯れて落ちた葉っぱをぐわしと掴むと、ばっと空高く舞い上げた。ちなみに二つ目のセリフはマイケルだ。

 きゅうけいさんはその実力を目の当たりにした冒険者ギルド組と、そんな能力をおくびにも出さないキャラクター性のギャップ効果があってか、村のマスコットみたいな存在となってみんなの遊び相手となっていた。


「わー」


 ひらひら舞い上がる落ち葉を見ながら、子供のように……というか子供以上に子供みたいに村を楽しんでいる。


「そんなに楽しいですか?」

「楽しいよ。こういう木々が沢山ある場所で、丸太の家でゆったり住む生活って、休憩生活を想像したときの理想の一つだったんだよね」


 そんなものなんだろうか。昔からこの村に住んでいると、あまりわからない感覚だ。まあ……嫌いじゃ、ないけど。でもユルトの街のような場所に私は憧れちゃうかな。

 きゅうけいさんによると、空気がおいしい、らしい。……不思議な感想だと思う。空気は無味無臭だけど、そんなにまずい空気がある場所に住んでいたんだろうか。


 不思議な人だ。未だにこのきゅうけいさんがつかめない。


「きゅうけいさぁん、ごはんですよぉ。……あ、キャシーさんもいたんですね、たべましょ〜」

「ありがとう、エッダちゃん。シルヴィアさんももう中に」

「はいっ!」


 すっかり皆とも打ち解けた。気楽に呼び合う仲になった私達は、みんなで仲良く食卓を囲む。今日はきゅうけいさんが教えてお母さんが作った、肉とトマトとバジルのシチューだ。少し肌寒くなってきた季節に、この料理は体においしく染み込む。


「今日の料理はどうかしら、きゅうけいちゃん」

「パトリシアさん最高! さすがお母さん! パトリシアさんが私のお母さんになってください!」

「いいわよ!」

「ってちょっとお母さん!?」


 のんびり聞き流していたら危なかった。油断してると妹みたいな姉が増えかねない! お母さんときゅうけいさんは、本当に仲良しになった。多分きゅうけいさんがこの村で一番仲良くなったのが、お母さんだ。

 そんな和やかな会話に、お父さんが楽しそうに笑う。ミミちゃんも「ままー」って言ってて、まあ確かに魔族二人は姉妹みたいに見える。精神年齢同じぐらいに見えるし。


 本当に、みんなすっかり仲良しになった。穏やかな時間だ。




 ……そんな穏やかな時間は、長くは続かないものだ。


「フェンヴェーナの村が魔族に襲われた!?」


 サウス・ジャーニーの悲劇の再来……というほど全滅しているわけではないらしい。


「……避難民が一斉に来るから、皆そのつもりでいろ」


 お父さんの言葉に、息を呑む。

 そして私は、最も懸念するべきことを話す。


「ねえ、お父さん。きゅうけいさんは……」

「……説明するしか、あるまい……」


 そして村にやってきた避難民たちは、お父さんがきゅうけいさんを出して、必死に説得したことによりある程度は理解を示してもらえるようになった。

 きゅうけいさんをクリアした。だから、大丈夫だと思った。




 思い込んでいた。




 ユルトの街にしか警戒していなかった私は、久しぶりにその単語を聞いた。


「……サキュバス……サキュバスがなぜここにいる!?」


 視線の先にいたのは、イデアさんだった。

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