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別視点:寧々

 空は、とても広い。

 収まりきらないぐらい、広い。

 視界いっぱいに広がる青空。


 私の視界いっぱいに広がるのは、御札。

 魔石で部屋をなんとか明るくした程度の、窓のない部屋。

 これが、今の私の、世界の全て。


 -


 幼少の頃の記憶はあります。

 私はお姫様であり、城主の娘。


「寧々ちゃ〜ん、お父さんの義髙だよ〜」

「ふふっ、義髙様ったら……私がお母さんのタエよ〜」

「かわいいな……」

「ええ、本当にかわいいです……」


 みんなに愛されているお姫様。

 幸せが約束されているお姫様。


 それが私、最上寧々だった。


 ……だった、のです。




 まだ3歳ぐらいの、こんな生活じゃなかった頃。

 外の花畑に連れて行ってもらったことがあります。

 視界いっぱいに広がる花畑は、本当に綺麗でした。

 同時に、視界いっぱいに広がる空も、綺麗でした。


 近所の温泉にも行きました。

 広い露天風呂は、あったかくて気持ちよかった。

 そして、視界いっぱいに広がる空も、綺麗でした。


 空。

 視界いっぱいに広がる、空。


 それが、私がしばらく見ていないものです。




 ある日、私の体調が急激に悪くなりました。


「義髙! タエ! この子はこのままではまずい!」


 声を張り上げたのは、城主の父上含めてみんなから一目置かれている弥々華様。

 弥々華様はとても偉い方で、みんなが一目置いている人。

 こういう文面の時に、『人』、と呼んで良いのか迷うけれど。


 仙狐。

 弥々華さんはそういう亜人や妖怪の類らしく、その能力の高さもあって父上と母上から絶大な信頼をされていました。

 その弥々華様が言うには間違いない、といった様子です。


「母さんがずっと一緒に———」


 私の身体を襲う、意味不明なまでの体調不良。

 母上が私を抱きしめてくれて、少し収まりました。

 私はそのことを伝えた。

 伝えてしまった。


「少し、収まりました……」


 ……それが、いけなかったのです。

 今でも思い出す、私が最も後悔した発言。


 母上は、間違いなくこの体調不良の原因が能動的に起こっていることであることに気付いていました。

 だから、言わなかった———


 ———自分が代わりに生命力吸収サクションされていることを。


「タエ、大丈夫なのか?」

「…………大丈夫、よ……」

「し、しかし様子が……」

「……大丈……夫……ずっと、そば……に……」


 私はそれを伝えてしまったせいで……母上は、体力を限界まで取られて……そのまま……体力が尽きて、しまいました。


 私は、失敗しました。

 もう、戻ってこないんです。


「……寧々、タエは……お母様は、少し遠くに行っていて、な……」


 母上は……戻ってこない、んです……。


 私はしばらく、体調不良のこともあってふさぎ込んでしまいました。

 父上も、ふさぎ込んでしまいました。

 弥々華様は、そのことを気にしているようでした。

 そして弥々華様は……私を御札だらけの地下室へ閉じ込めたのです。

 会いに来る人は、父上、弥々華様、お世話係の千世の三人だけとなりました。


「寧々を、何者かわからないものから守るためだ……我のことを恨んでくれても構わぬ……」

「いえ、弥々華様は悪くないですから……」

「……っ……! すまない……!」


 やがて私は、普通のお薬ではなく、体力回復薬で回復することにいくつかの薬を試されて気付きました。薬は弥々華様が持ってきて下さいました。

 ……母上に、まだ試していられれば……。


「ぽーしょん、ですか?」

「ああ、冒険者ギルドで融通してもらっているポーションだ。……しかし、かなりの数を飲んでもらった。あの年齢の子供が一本二本で治らないなど、普通はないからな……」

「いやなに、恒常的に上位薬を融通でもしなければ、回数を分けたらもう一度あのようになっても大丈夫だ……」


 ……もう一度……。


 今度は、父上が犠牲になるのでしょうか。

 それとも、弥々華様が……?

 千世は……いなくなってほしくありません。


 私は、また誰かが私のせいでいなくなってしまうことが怖かった。

 だから、地下からはとてもではないけれど、出られませんでした。


 でも、時間が経てば、その気持ちも薄れるもの。

 そして、弥々華様も上手く対応してくれておりました。


 御城に、全体的に綺麗に御札を貼ってくださったのです。

 おかげで、私は比較的自由に城内を歩いていいというお墨付きを得られました。




 それから数年、体調が悪くなることはありませんでした。

 城の者達も、私と初めて顔を合わせる者が多かったです。

 みんな、私によくしてくれました。

 私は明るくなり、積極的に城内を歩いたのです———




 ———あれが、『母親呪い』の寧々様?




 その言葉を聞いて、身体の体温が全て持って行かれるような感覚に襲われました。

 まるで、あの頃みたいな……。


 私は地下に再び入りました。そして……そんな生活を再開すると、もちろん不審がられます。特に弥々華様と千世は、一瞬で看破しました。


「何があった? 今度のものは病気ではないよな?」

「…………いえ……違います…………」

「……何か、あったのだろう?」

「…………。……弥々華様……私は……」


 喋りました。

 そして『母親呪い』の単語を聞いたとき……弥々華様は暴れださんばかりの……いえ、実際に暴れながら勢いで怒り狂い、そのことを父上に伝えたのです。


 翌日。食堂の人員が、全員、入れ替わったそうです。


 ……それでも私は、再び地下での生活をするようになりました。

 結局まだ、恐ろしかったのです。


 今、私がまだそれなりに明るい状態を保てているのは、千世のおかげです。

 千世は、本当によくしてくれています。

 もう、私の唯一無二の親友といって間違いないです。


「千世は優しいよね」

「当然ですよ、寧々様。寧々様は何も悪くないですからね。私はずっとそばで見てましたから。……きっと私以外にも、いい友人ができますよ」

「そう、かな……」

「はい。この人なら仲良くなりたいと。この方なら信頼してもいいと。そして……この方なら添い遂げてもいいと思えるほどの御方と」


 この方なら添い遂げても良い。

 その意味が分からないほどではありません。


「伴侶は、家の付き合いで決めるものでしょう。私に自由恋愛をする権利はないよ、千世。それぐらいは分かってる」


 私は、地下でずっといる間、勉学に励んでいました。

 それなりに外の知識は豊富ですし、地下室でも動かないわけにはいかないので体はそれなりに鍛えようと思っていました。

 寝たきりになるわけにいかなかったのです。


「いえ……義髙様は寧々様を害するような男は絶対に避けるでしょう。私から見てもそれは確実だと思います」

「……そう、そうだったんですね……」

「はい。ですから、ご自分の信頼に足る相手が見つかる日まで、寧々様が無理矢理別の者と付き合わされることはありません」


 そうだったんだ……よかった。

 でも、それじゃあ……


「跡継ぎは……」

「……それ、は……」


 千世は、やはり、押し黙りました。




 母上の死から、生活が一変してしまったのは私だけではありません。

 千世に何度も質問をして分かりました。


 父上も、大きく変化してしまったのです。


 まず、側室はあれ以来、一切取らなくなりました。

 かなりよくない兆候です。

 ……ですが、私の体調不良が原因で母上が死んでしまったことから、また子供を作った矢先に愛する妻を失うという事態を、恐れていました。

 いえ……違いますね。

 妻に産ませた娘や息子が先に死ぬ可能性が高いことを恐れていました。


 結婚した妻が死ぬ。産んだ子供が死ぬ。

 そんな状況を立て続けに起こしてしまったら……。

 もちろん、誰も父上と……最上家と関わり合いを持ちたくなくなるでしょう。

 次の男児が死ぬようなことがあれば、最上はおしまいです。


 私も、弥々華様も、千世も、お父様も……いえ、城の全員。

 皆が、袋小路に迷い込んでいました。




 数年が経過して、再び私は、外に出られるようになりました。

 もちろんまだ城内だけですが……。


「なんだか、客間に変わった人がいらっしゃるみたいよ」

「異国の人みたい」


 私はその話を聞いて、興味がそそられました。

 異国の人! それは外に出歩けない私にとって、機会を逃してしまったらもう二度と訪れない可能性の高い相手です。

 私は興味津々に、客間で足を踏み入れるのでした。


 ……そして、まず驚きます。

 最初は後悔しました。


 角の生えた見目麗しい少女。

 肌が黒く、耳の長い少女。

 そして……青い肌、禍々しい角、眼球が黒い女性。


 明らかに、人間じゃありませんでした。

 異国という範疇を超えているほど、違う人たちでした。

 特にあの、青い姿はまさか鬼では……。


 私が震えていると、角の生えた金髪の美少女が声を出しました。


「こんにちは。あたし達は、モガミヤヤカさんに紹介されてこの部屋に待っているように言われたの」


 明るい笑顔でそう言われ、一気に緊張が解けました。


「……えっ! あ、弥々華様のお客様ですか!」


 あの仙狐の弥々華様のお客様というのなら、わかります。

 そもそも人間ではない弥々華様のお客様ということなら、その知り合いも人間じゃないのもわかる気がします。


「そうよ、古竜のあたしと、こちらの魔族のきゅうけいさんと、ダークエルフのエッダ。三人で一緒にモガミさんの討伐の手伝いをしたの」


 古竜。

 ……龍?


「龍の方なのですか……!」

「え、ええ……遥か遠い地だけど、確かに竜族の村の者よ」


 すごい、すごいです……伝説の、神様の種族といわれている方々です。

 種族全員が途轍もなく強い、神に祝福された最強の種族、それが龍。


 どんな厳つい見た目なのかと思っていました。

 正面の少女は、厳ついどころか、とてもではないけど城内にいる者達では誰一人太刀打ちできないほどの圧倒的な美貌を備えた美少女でした。

 しかもお話によると、龍様には姉上様がいらっしゃるというではありませんか。背丈も十分にあるこの方から更に頭二つ大きいなんて、どれほどの方なのでしょう……!


 自己紹介を終えたところで、弥々華様に怒られてしまいました。確かに友好的な方だったからよかったものの、あまり迂闊に出歩かない方が良かったですね。

 弥々華様はただでさえ体調のことを心配なさっている方ですから。

 すぐに父上に挨拶に行くようで、部屋を出て行きました。

 部屋には千世と私の二人だけになります。


「素敵な方だったね……」

「ええ。あの青い方と茶色い方は少し驚きましたが、金髪の方はとても綺麗な方で、あれが龍なのですね」

「うん……あれが龍……シルヴィア様かあ……」


 私がうっとりその人のことを思い出して……そしてやはり、別の人の話にもなりました。


「恐らく二人はその龍の部下だろうけれど、どういう方なのかな」

「全く分かりません……ですが、見た限り悪そうな人には見えなかったですね。表情や動きが明るい方ですから」

「そうだね。弥々華様が信頼したというんだから、見た目で私が……悪い人だと、思うなんて……失礼なこと、で……」

「ええ、そうですね……。……寧々様?」

「……うん、大丈夫……あれ……? え……なんで……」

「———寧々様ッ!?」


 千世は叫び声を上げて、すぐに布団を用意すると私を寝かせて、弥々華様を呼びに行きました。


 苦しい、呼吸が苦しい。


 ああ、誰かの声が聞こえる。誰か来た。気付かなかった……気付かなかったぐらい体力が落ちている。

 返事ができない。


 ……今度は別の声が聞こえました。


 そして私は口から薬を飲まされましたが、まったく体力が戻る気配がないです……。

 呼吸が、苦しい……。

 誰かが納得いかないように叫んでいます……。


 もう一本出されました。

 ……喉も渇いていますし、飲むだけ飲めば———


 ———あれ?

 体調の悪さがなくなっています。


「寧々ッ!」


 弥々華様が叫びました。いつの間にかいらっしゃってました。

 私が謝ろうとするも、はっきりと私のせいではないと叫んでくれます。それは、少し切羽詰まった様子でした。


「今は発作は治まっているようです。今までになく調子が良いぐらいで」


 私は体を動かします。起き上がって飛び跳ねてみせます。

 とても元気です……ずっと治りきってなかったのに、何か体の奥底から『元々の最大体力がこれぐらい』と分かるぐらいに体力が回復していました。


「あ、ああ……こちらの方……ええと、きゅうけい殿? に、いただいたものだ」

「どーもどーも、きゅうけいさんって呼んでね!」


 きゅうけいさん?

 えっと……あっ!? この、青い……魔族? という種ですよね? この人きゅうけいさんっていうんですか?

 もっと厳つい鬼みたいな名前かと思っていたら、とんでもなく怠け者みたいな名前ですね……?


「ありがとうございました、きゅうけいさん。見合ったおもてなしが出来るかは分かりませんが……」

「いーのいーの! さっきおいしいものたくさんもらったし、後はもうこの気持ちいい畳とか、あとふかふか羽毛布団とかでグースカ眠れたらいくらでもお薬融通しちゃうよ!」


 なんだか明るい返答とともに言った『薬をいくらでも融通する』という一言。

 その言葉に反応したのは、弥々華様でした。


「可愛いお姫様、見捨てるなんて私達全員できないよ、ね!」


 青い魔族さん、思った以上にお優しい方です。びっくりしました。

 でも、今日のびっくりはそれだけではありません。


「本当か……! ああ、ありがとう……ありがとう……」


 なんと、あの弥々華様が。

 誰よりも気高く、気丈な弥々華様が。

 張り詰めた糸がようやく緩んだように、涙を流したのです。

 千世とも目を見合わせました。だって千世も私も、こんな姿は見たことがないのです。


 私の病気に関する協力者。一番助けを求め続けていたのは、弥々華様なのかもしれません。


 いつも……私のためにここまでしてくださってありがとうございます。


「よし、何かしてほしいことがあれば我に出来ることなら言ってくれ」

「もふもふしたいですっ!」


 ……ここからは、また驚きです。

 すっかり雰囲気の柔らかくなった弥々華様と、妙に明るくて可愛らしくて、そしてちょっと面白いきゅうけいさんなる人、とても不思議な会話をしていました。


「良いぞ」


 なんと、あの弥々華様が触る許可を出しました。


 目の前で、触られています。もふもふを触っています。

 あの耳を触って……今度はシルヴィアさんが来て……もう一人、の……。


 ……今気付きました。肌の茶色い女の子。

 なんなんですか、あの城内どこを探し回っても見つからない、胸は。

 あれ、本当に本物ですか? 大きすぎませんか?


 ……本物、かな?


 近づきます。

 近づいて近づいて……指を埋めます。


 うっわ……すっご……。

 やわらかすぎ……きもちいい……。


「あ、あのぉ! なんかおかしくないですかぁ!? そもそもこんなんじゃなかったことないですかぁ!?」


 あ。


 ……恥ずかしい。完全に調子に乗っていましたね。えへへ……。

 うーん、ちょっぴりお転婆だったのが出ちゃいました。


 でもそんな私に怒るどころか、むしろ積極的に友人になろうとしてくれました。

 エッダちゃん、というそうです。

 もちろん私も……こんな可愛い子と友達になりたいです!


「うん! 寧々ちゃん!」


 ああ、可愛い子だなあ。異国の耳の長い人、とても素敵な子でした。


 そして今度はきゅうけいさん、弥々華様と一緒に寝たいと希望していました。だから……私もみんなと一緒に寝たいと希望しました。

 たまには、いいですよね。


 ああ、なんだかこうやって沢山の人と一緒に寝るの、初めてだけど楽しいなあ……いつも一人だから……。


 ……ああ、まだ起きていたいのに……。


 ……もう……睡魔が……。


 ……。




 翌朝、みんなまだ起きていませんでした。

 様子を見に来た千世と目が合い、弥々華様が次に目を覚まされて、私は地下の方に戻る旨を伝えました。

 一瞬悲しい顔をしてくれて、こちらの心もその顔を見て痛みましたが、気取られないように頷き返しました。私が心配させちゃ、だめですよね。

 ……さて、また地下でゆっくり休ませていただきますね。


 その日は牛肉が出てきました。大変おいしかったです。

 その肉を持ってきたのが、シルヴィアさん達だったようです。


 お礼を言いたい。帰ってくるのが待ち遠しくて、晩に帰ってきたと聞いてすぐに会いに行きました。

 今度は私、きゅうけいさんの角をさわりました。こ、こんななんだー……固くて、小さくて……だけど、きもちいいなー……。


 いろいろおしゃべりしていましたが、きゅうけいさんは弥々華様より圧倒的に強いそうです。やっぱりこの人、すごいんだなあ。

 もっとおしゃべり、を、したいです……。


 ……あ、あれ?

 また体力が減っている……?


 すぐにきゅうけいさんが薬をくれました。

 そして、やっぱりすぐに回復しました。……高価な薬なのではないでしょうか。

 でも……根本的な体力は何も回復していないようでした。


「すみません、弥々華様。もう私は休みます」

「ああ、すぐに休むといい」

「みなさん、おやすみなさいませ……」


 私は皆様に挨拶をすると、すぐに地下室に戻って寝ました。


 ……久々に、母の夢を見ました。

 母の顔を思い出して、最後の汗が噴き出つつも微笑んでいた顔を思い出して。


 そして———




 ———ぎょろりとした、血走った、明らかに人間じゃない目が視界に広がり———




「っわああああっ!」


 私は初めて、悲鳴と共に目覚めました。


 ……地下には、誰もいませんでした。恥ずかしい声を聞かれなくて少し安心します。

 今のは……今のはやっぱり……私、狙われて……。




 今日は、千世が飲み物として変わったものを持ってきました。

 ……いいえ、あれは間違いなくきゅうけいさんのお薬です。だって……。


「……絵が描いてあるね」

「そうそう、驚きましたよね、自分の薬だってハッキリ主張しています」


 そう笑いながらも、たくさんあるから飲ませ続けて欲しいと言われ、私は水分補給代わりにその薬を飲んでいました。

 ……でもこの薬、高かったんじゃないでしょうか……?




 今日も帰ってきたと聞いて客間に行くと……シルヴィアさんとエッダちゃんが大和の服を着ています!

 き、綺麗〜っ! お姫様の私が言うのもなんですが、二人ともお姫様みたいです。


 私がエッダちゃんの方に行けば、エッダちゃんからやってきて、私をぎゅーってしてくれました。ああ、こうやって女の子同士で抱き合うの、なんだか友達っぽくていいですね……!

 きゅうけいさんは着ていなかったです。さすがに似合うとは思わなかった……んでしょうか? でも着て欲しかったかな……?


 そこで、千世も私と同じ気になっていた質問をしていました。


「このお薬、もちろん印も書かれていますし売却などしていないのですが、どうしてこういったものを下さるのか教えていただいても……」


 その答えは、あまりにも簡潔でした。


「友達だから!」


 友達だから。

 あ、えっと、まさか私のこと……って、私しかいませんよね。

 そして更に、面白いことを言い出します。なんとただの手伝いの千世に注目して、きゅうけいさんは友達になりたいと言ったのです。


 うんうん、見る目ありますね。千世は友達にし甲斐のある、とっても優しくて素敵でいい人なんです。付き合いもすっかり長いです。


「わ、わかりました、この私、ただの手伝いの千世でございますが、あなたの友人の末席に加えさせていただければと思います……!」


 そして千世も、そんなきゅうけいさんの要求に応えました。

 一介のメイドが、弥々華様の客人と友達になるなどとても普通なら遠慮するでしょう。

 だけどあのきゅうけいさんの雰囲気にあてられると、そりゃあなっちゃいますよね、友達。


 だから私も、立候補しました。

 ……結果は……予想以上であり、予想外です……。


「あ、の……私、友達になりたいって、相手から言ってもらったのは初めてだったから……ずっと初対面は避けられるような姿しているから……先日の温泉でも、友達になりたいって思った人に避けられたばかりだから……だから……だから嬉しく、て……」


 なんと……泣くほど喜ばれて、しまいました……。


「ほんとなの……ほんとなの信じて……」


 自分のせいじゃないのに、そういう運命になった人。


 ———母親呪い。


 その姿が、記憶の奥底にしまい込んでいた私に被ります。

 だから私は、たまらずきゅうけいさんを抱きしめます。


「その温泉で会った人も、必ず友達になれます! 誰もそのことを信じなくても、私だけは最後にきゅうけいさんの友達になると断言しますっ!」


 私が。

 何もできない私が。

 誰から見てもお荷物の私が。


 あなたのためになるのなら。

 あなたを救えるのなら。

 あなたに。


 あなたに、無責任だとしても救ってあげられる声をかけたい。

 きっと、これが、友達なんですね。


 私は、あの頃の母親のように抱きしめ返されて、それが安心できて。




「【レーダー】!」


 近くで叫ぶきゅうけいさんの声に意識が跳ね起きました。


 い、今のは……魔法ですか!?

 気がついたらシルヴィアさんは警戒しています。


「……今、確かに……確かに体力吸収された」


 きゅうけいさんが、お母様と同じ攻撃を受けていました。


「それ自体は問題ないよ、ただ……気分は悪いね」


 お母様と違い、全く消耗している様子がないのは安心できました。

 できましたが……


 ……このままでは、私のせいで、きゅうけいさんが……。


 怖い。

 怖いのです。

 また、失ってしまうのが怖いのです。


 せっかく手に入ったこのぬくもりを、私のせいで失ってしまうのがあまりに怖いのです……。

 そう不安に思っていると、体を再びぎゅっと抱きしめられました。

 ……きゅうけいさん……?


「寧々ちゃん。私はね、友達は絶対に助ける主義なんだ。私とっても強いし、いろんなことができるから、だから……必ず助けてあげるから安心してね……!」


 ……なんて、なんて頼もしい。

 この明らかに強そうで、母上の命を一瞬で奪ってしまった攻撃をまるで歯牙にもかけず窓をにらみ付ける、とてつもない強さを誇る弥々華様以上の魔族の女性。

 今まで出会った中でも、特異すぎる、すごい人です。


 足腰の立てなくなった私は千世に抱き上げられ、そのまま地下で寝ました。




 翌朝……なんと、きゅうけいさん達が部屋にやってきました。


「えへへ〜、朝から寧々ちゃんに遊びに来たいから来ちゃいました〜っ!」


 まさか朝からこの明るい声が聞こえるとは思わなかったのでびっくりしました。

 それだけでも嬉しいのに。嬉しさが爆発しそうなのに。


「私、寧々ちゃんが外に出られるようにがんばるからね。それに、お薬も沢山出せるから、すぐにでも外に連れ出すぐらい私ならできるからね!」


 外に連れ出すぐらい。

 にわかには信じられませんでした。


「……本当ですか」

「もちろん、絶対だよ」


 絶対。言い切りました。


「……きゅうけいさん、なんだか見た目は怖いのに、誰よりも優しくてあったかくて、不思議です……」


 だから、私はこの人に托そうと思いました。

 私の未来を。私達の未来を。

 きっとこの人なら解決してくれると思ったから。

 あまりにも相手の好意に甘えすぎているけれど。


「どうか、私の身体のこと、よろしくお願いします」


 そう頭を下げた私に、更にその上を行く返答がきます。


「友達はね、もっと気軽に頼んでいいよ」


 ……どうして。

 どうしてここまで。


 何かこれから大きな責任を負うつもりでいた私は、根本的なところで違うことにようやく気づけました。

 何もこの人には打算になる部分がないのです。

 だから、友達。

 本当に、友達だからという理由なのです。


 そしてそんな反応を、シルヴィアさんから、あの可愛らしいエッダちゃんまで、みんな当然といった顔をしているのです。


 ———ああ。

 なんて頼もしい。


「じゃあ、じゃあ! えっと、私が元気になったら……一緒に外で遊びに行きたいです!」


 そんな私の要求を、むしろ心から楽しみにしてくれる三人。


 私の視界がにじんでいます。

 千世の啜り泣く声が聞こえます。

 弥々華様、泣き顔を隠してますよね。


 私達は、本当になんと素敵な出会いをしてしまったんでしょう。




 翌日から、私は以前より飲んでいたハイポーションなるものを大量に持たされた千世とともに、食堂で食べることになりました。

 そしてお父様にも、城の中で会うようになり、お父様も千世と随分親しくなりました。


 帰ってきたら、必ずきゅうけいさん達と会うようになりました。

 そこでは、女の子同士の会話をたくさんしました。


 きゅうけいさんが納豆を持ってきて、いつも冷静で綺麗なシルヴィアさんが匂いを嗅いで本気で涙目になって、きゅうけいさんが余裕そうに食べてみんなが驚いていたり。


 エッダちゃんが初めてのお手玉でかなり器用にこなしました。そこで最近はあまり来られなかったのに、珍しく客間で一緒にいた弥々華様がそれを見てしまって、思った以上に落ち込んじゃってみんなで慰めるのが大変だったり。


 きゅうけいさんの持ち込んできたロッキングチェアなるものを、みんなで板間に置いて揺らしながら座っていたら、結局私と千世と弥々華様で仲良くぐっすり眠る羽目になったり。夜が眠くなくて大変でした。


 ……そんな、とっても普通の女の子の生活をしていました。

 生まれてから、こんなに楽しい日々は初めてです。

 綺麗な思い出は、母上と手を繋いで花畑を歩いた時以来かもしれません。


 そしてそんな間にも、ずっと薬を提供してくれるきゅうけいさん。

 それに……みんな、必ず討伐任務を終えて、そして窓の外を頻繁に見ています。


 本気です。

 本気であの巨人を倒すつもりでいます。


 心配です。

 ですが……きっと心配するということそのものが失礼なのかもしれません。


 私は、信じます。

 あなたたちを信じます。

 何もできない私が唯一できることです。


 もらってばかりの私が、何か返すことができるでしょうか。

 なんてことは考えません。

 治ったら、いつか、必ず今までの分を返したいと思います。




 最近私は、あることを始めました。

 小さいことなのです。

 でもそれは、私の中で積極的に自分から始めたことでした。


 ここ最近の、日課を今日もやります。


 私は、四名を玄関で視界に納めます。

 そして、千世と一緒に並んで一言。


「いってらっしゃいませ!」


 そう声をかけます。


「いってきまっす!」

「ええ、また晩に」

「いってきますぅ!」

「千世、後はよろしく頼むぞ」


 四人の声を聞いて、もう一声。


「無事に帰ってきてくださいね!」


 そう声をかけると、きゅうけいさんが満面の笑顔で、親指を立てた両手を真上に上げて、こう返すのです。


「よゆーよゆー!」


 その声を聞いて、心が軽くなります。




 みなさん……いってらっしゃいませ。


 そして。

 いずれ、私も……。


 ———私も、その隣に!

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