中枢のパイプオルガン
エリに連れられた先は、都市の最も深い場所だった。
居住区を抜け、工房の層をさらに下った先の、石と金属の境目が曖昧になる領域。
壁面を覆うエーテル回路の密度が目に見えて上がり、青白い光脈が太い幹のように壁を這い、天蓋へ向かって枝分かれしていく。空気の質が変わった。呼吸をするたびに肺の底まで届く清浄さの中に、微かな振動が混じっている。
エリが前を歩いていた。黒い外套の裾やブーツのパーツが床の回路の光を受けて微かに青く縁取られている。
「ここは……」
「都市の中枢のひとつよ」
壁の向こうには、空間が広がっていた。居住区の擬似空よりもさらに高く、光の届く限界のような場所に、無数のパイプが並んでいた。
金属管は細いものは指ほどの径で、太いものは人がくぐれるほどの径があり、それらが天蓋から床面近くまで、まっすぐに、斜めに、弧を描いて伸びている。何百本なのか何千本なのか、数える気にもならない密度で空間を埋め尽くしていた。
パイプの表面は磨かれた真鍮に似た色をしていたが、継ぎ目のすべてにエーテル回路が走っており、その光脈が管の内部と外部を繋いでいた。光が管の中を通過するたびに、金属の表面がかすかに振動し、空間全体に低い通奏低音のような響きを生んでいた。
これは、パイプオルガンだ。ナナハルトはこれを教会で見たことがあった。首都の大きな教会の礼拝堂の壁に据えられた、人の背丈くらいのパイプが十数本並んだ楽器。だが、かなり規模が違う。目の前にあるものは、楽器ではなく、楽器の形をした建築物だった。
「中枢って、何をしているんだ」
「都市の心拍を整えているの」
エリは歩きながら、パイプの一本に指先を触れた。触れた箇所の回路が少し明るくなり、管の内部を光の帯が上昇していくのが透けて見えた。
「夜の帳が下りる前に、すべての区画の温度と光量を、明日の天候予測に合わせて微調整する。水路の流速、空気の循環率、回路の負荷分散。それを一度に制御するための装置がこれ」
「音楽で制御してるんだな」
「音波が回路の振動周波数に干渉するの。正確な周波数を正確な順序で発振すれば、回路は応答する。人間の言葉で言えば、そう、音楽に近いかもしれないわね」
ナナハルトはパイプの列を見上げた。これが全部、一人の少女の指先から発せられる音で動いている。一つ一つの管が都市の一区画に対応しているとすれば、この空間はエリュシオンそのものの縮図だった。
「弾くところを見てみたいな。エリの音楽を聴きたい」
「聴く……」
エリが振り返った。外套の裾が回路の光を受けて、淡く青い弧を描いた。
「あまりない定義ね。住民は音が鳴ると祈るだけ」
「祈るだけって、もったいないな。こんな楽器の音が聴けるなら、僕なら正座して聴くよ」
エリは頷いて、演奏台へと上がった。




