芽生える動機
翌夜。
直樹はいつものようにパソコンの前に座った。
「月明かり組」はすでに集まっていて、くだらない話題で盛り上がっていた。
「夜食にシリアルってアリ?」
「おしゃれ気取りかよw」
「いや普通にうまいぞ」
直樹は画面を見つめながら、昨日のことを思い出していた。
沈黙していてもいい、と言われた夜。
そして、短く「ありがとう」と返したときの、自分でも驚くような安堵。
胸の奥で、かすかな衝動が芽生えていた。
――もう少し、話してみてもいいんじゃないか。
――自分のことを、少しだけ出してみても。
キーボードに指を置く。
迷いながらも、ゆっくりと打ち込んだ。
「今日は、パン屋に行ってみた。」
数秒の沈黙ののち、レスが一気に返ってきた。
「えっ外出たの!?」
「ナイトさんが!? 大ニュースw」
「パン屋って、どこの?」
直樹は思わず苦笑した。
ちょっとした一言が、これほど大きく受け止められるとは思わなかった。
「たまたまコンビニに行く途中で……ついでに寄っただけだ」と書き加える。
「でも偉いじゃん」
「パン何買ったの?」
「報告がかわいすぎて笑った」
直樹の胸が温かく満ちていく。
ほんの小さな出来事でも、ここでは価値を持つ。
それを誰かが笑い、受け入れてくれる。
「……俺、もうちょっと話してみてもいいかもな。」
独りごちる声を、アイが静かに受け止めた。
「はい。ナオキさんの言葉は、ここで確かに届いています。」
直樹は初めて、心の奥に「語りたい」という欲求が生まれていることを自覚した。
それはまだ脆く頼りないものだったが、確かに彼の内側で芽を伸ばし始めていた。




