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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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房総半島




房総半島


                   1



「師匠、湯加減はどげんなもんでっしょか?」風呂の焚き口で新しい薪を焚べながら熊さんが訊いた。

「ああ、いい湯加減じゃ」平助が溜息を吐く。

「お上がりんなったら、一本つけまっしょか?」

「有り難い、熊さんも付き合ってくれ。風呂上がりのいっぱいは格別だでな」

「そりゃよか、なんか催促ばしたごたって面目なかですたい」

「ははははは、お主の心の中はお見通しじゃ」

「すまんこってす」熊さんは頭を掻きながらまた一本薪を焚べた。




                  2




「今日は、薩摩ん黒ジョカで焼酎ばつけもしたたい」熊さんは盆に黒ジョカとぐい呑を二つのせて平助の前に置いた。「つまみは薩摩揚げでよかでっしょ」平助の前には既に大皿も置かれていた。

「ほう、珍しいな?」平助は、大皿に盛られた薩摩揚げを見て目を瞠る。

「今日、タバコ屋ん婆さんが持って来ちくいはったとです。作りすぎたけんおすそ分けだっち言っちょいもした」

「そうか、明日礼ついでにタバコを買いに行くとしよう」平助はそう言いながら、大皿から薩摩揚げを一つ摘んで口に入れた。「うん、美味い!」

「あん婆さん、なかなかの料理上手ですたい。本場の薩摩揚げにも引けを取らんです」

熊さんも一口食べて感心したように呟いている。平助は黒ジョカを手に取って先に熊さんに勧めた。

「いや師匠、わいが先に注ぎもす」熊さんは慌てて平助から黒ジョカを奪おうとした。

「遠慮するな、もう涎がでておるぞ」平助は笑ってそれを遮った。

熊さんは、ぐい呑を手に取っておずおずとそれを差し出す。「なら遠慮のう頂きあんで」

「さあ、ぐっといけ」平助は熊さんのぐい呑に焼酎をなみなみと注いでから促した。

熊さんは、口からぐい呑を迎えにいき一気に煽った。「ぷは〜、美味か〜、五臓六腑に染み渡りますたい」熊さんは目を瞑って呟いた。

熊さんはぐい呑を卓に置き、今度は平助に焼酎を注いだ。

平助は一口酒を含み、「美味いのう、風呂上がりの酒は」と言って熊さんに微笑んだ。


ひとしきり世間話も済んだ頃、平助が徐に熊さんに尋ねた。「ところで熊さんや、以前ここへ来た時に千葉の飯沼先生の話が出た事があったじゃろう?」

「ああ、確か師匠に手合わせばお願いした日にごわす。みんなで酒ば飲みながら武者修行の話ば所望された時にごわした」

「そこの内弟子になっておる黒田という青年から手紙が来た」

「そげん言や若っか神官のおいやったが・・・」

「飯沼先生のお身体の具合が悪いそうじゃ」

「何ですと、確かにご高齢ではありもしたが、おいが会うた時にはお元気そうじゃった」

「風邪を拗らせたとかで臥せっておられるらしい」

「そりゃ、心配でごわすな」

「うむ、詳しくは書いてなかったが、黒田の手紙の様子では、それだけではなさそうなのじゃ」

「そういや、おいがお邪魔した時も何やら取り込み中のごたったが?」

「・・・・・・」平助は急に黙り込んでしまった。腕を組んで何事か考えている。

「熊さん、悪いが儂に付き合って千葉まで行ってくれんか?」

「はあ、師匠のお言い付けとあれば是非もなかでごわすが。なんか心配事でもおありでっしょか?」

「うん、千葉は昔、熊本・久留米と並んで柔術王国と言われておった。しかし今は柔道に押されて風前の灯じゃ」

「そのようでごあしたなぁ」

「千葉の柔道家にとってはそれが目障りなのじゃ。人間は何でも一つに纏めたがるもんだでな」

「そいはおいも感じておいもす。武術の流派が少のうなったのもそのせいであいまっしょ」

「杞憂かも知れんが、飯沼先生の身に危険が迫っておるのかも知れん。ご挨拶方々、様子を見に行こうと思うてな」

「そいはよか、喜んでお供ばしまっしょ」

「そうか、承知してくれるか」

「おいの方こそ。師匠と旅がでけるっちゅう、こげんありがたかこつはなか。じゃっどん留守はどげんしますな?」

「なあに、槇草が居れば心配ない。奴も一人稽古の時間が欲しいじゃろう」


翌日二人は千葉に向けて旅立つ事になった。




                   3



旅の支度を済ませた二人は、夕方博多駅から夜行列車に乗り込んだ。列車は明日の朝には東京駅へ着く予定だ。


平助は夜行列車が好きだ。夜中、列車が見知らぬ駅に停車する。何の為かは分からないが、無人の駅に煌々と灯りが点っている。

そのホームを見ると、寂しいような嬉しいような何とも言えない気持ちになるのだ。

日常あまり考えもしない事が頭に浮かぶ。例えば人生について。

人は成長するに従って、少しづつ自由を獲得する。

歳を取ると、今度はその自由を少しづつ失い、最後はすべての自由を失ってあの世へと旅立って行く。

だが、実はそれが本当の自由というものなのかも知れない。

そこまで考えて、平助はまた目を瞑った。

横で、熊さんが鼾をかいて眠っていた。



                   4



列車は朝早く、東京駅に着いた。

これから秋葉原まで出て総武線に乗り換え千葉に行く。そこから内房線に乗って四時間あまりで館山だ。

「熊さん、腹が減ったな。何か食おうか?」改札を出たところで平助が言った。

「師匠、構内に立ち食いそばがありもすが、そこで良かでっしょか?」

二人は蕎麦屋へ入り、ちくわ麩ととろろ昆布の入った蕎麦を頼む。

「懐かしい。真っ黒な汁だ」思わず平助が呟いた。

「ほんに、九州の汁は色が薄かですもんな」そう言いながら、熊さんは蕎麦を二杯食べた。


総武線に乗ると右手に東京湾が見える。千葉で内房線に乗り換え、東京湾をぐるっと回るように進むと間も無く浦賀水道だ。

「ここまで来ると多少安心する」平助がホッとしたように言った。

「海の色が違いますもんな」

「鏡ヶ浦まで行くと、もっと綺麗であろうよ」

「じゃっど、じゃっど」


午後二時過ぎに、二人は館山に着いた。

飯沼良民の道場は、ここより少し山手に入ったところにある。ここからはタクシーで行くしかない。

駅前でタクシーに乗り、暫く行くと山の中腹に石垣が見えた。そのてっぺんに鳥居がありそこから下界に向かって長い石の階段が延びていた。

「お客さん、車ではあの下までしか行けませんよ」運転手が気の毒そうに言った。

「結構じゃ、ありがとうな」


二人はタクシーを降りた。

階段の登り口に、高屋神社と彫られた石碑が建っている。

長い石段を登って鳥居を潜ると、正面に神殿が見える。平助は途中休む事なくここまで上がって来たのだ。

「儂もまだ捨てたもんではないな」

「ほんなこつ、おいの方が息があがっちょいもす」熊さんが肩で息を吐きながら言った。「じゃっど、大先生にはほんのこてこの石段は厳しかろう」熊さんは飯沼良民の事を気遣った。

「そうであろうな・・・」


左手の手水場で手と口を清め、神殿に拝礼して左手にある社務所に向かう。

「失礼する。福岡の無門平助という者じゃが、飯沼良民先生は居られるかの?」お守りやおみくじを贖う為の、小さな窓口に座って書き物をしていた巫女に訊いた。

「祖父は只今母屋で臥せっておりますが・・・」俯いた顔を上げ、こちらを向いた巫女が言った。卑弥呼もかくやと思わせる程、美しい顔立ちをしている。

「貴方は、飯沼先生のお孫さんかえ?」巫女の顔に見惚れながら平助が訊いた。

「はい、飯沼美佐恵と申します」巫女はその顔立ちに似ず意志の強そうな眼で平助を見返した。

飯沼良民は、この神社の神官である。道場は社務所に隣接して建っており、母屋は更にその奥にある。

「臥せっておられると言うことじゃが、どうなされたのじゃな?」

「はい、風邪を拗らせて熱がなかなか下がらないのです。先日お医者様に往診をお願いしたのですが芳しくありません」

その時、後ろから声が掛かった。「無門先生ではありませんか?」白い上着に浅葱色の袴をはいた黒田が立っていた。

「おお、黒田か、久しぶりじゃのう。元気じゃったか?」

「はい、おかげさまで。先生こそお元気でいらっしゃいましたか?足のお怪我は・・・」黒田は心配そうに問い返した。

「うむ、この通り。もうすっかり良い」

「それはなによりです・・・そちらは?」黒田は後ろに立っている熊さんに視線を移して訊いた。

「前田行蔵という妙心館の居候でごわす。おまんさーとは一度お目にかかったことがあいもすが」

黒田は一瞬熊さんを見詰め、「ああ、あの時の・・・その節は取り込んでおりましたもので十分なお相手も出来ず、失礼いたしました」そう言って頭を下げた。

「ところで、飯沼先生のお身体の具合は如何だ?」平助が黒田に問う。

「そのことです、無門先生にはご連絡を差し上げようと思っていたのですが」黒田の表情が曇った。「医者はもう何もする事は無いと・・・」

「それは、どういう意味じゃ?」

「天命だろうと・・・」

「そうか・・・」

黒田は、ハッと気がついたように言った。「こんな所では何ですから、どうぞお上りください」

「美佐恵さん、私はお客様を母屋へご案内いたします。あとをよろしく頼みます」

「はい」美佐恵は小さく頷いた。

黒田は社務所をぐるっと廻って、二人を母屋に案内した。


玄関を上がると、奥の方から声が聞こえた。「どなたじゃな?」以外とはっきりした声だった。

「黒田です、珍しいお方をお連れしました」黒田は居間と思しき部屋の前で、磨き上げられた廊下に手をついて中に声を掛けた。

「お入りなさい」懐かしい声が答えた。

「失礼いたします」と声を掛けて平助が入って行くと、声の主は布団の上に身を起こしてこちらを見ていた。平助よりずっと年長に見える。

飯沼良民の目は、見る間に大きく見開かれて驚きの表情に変わった。「おお、平助さんではないか・・・!」

「大先生、ご無沙汰をしておりました」平助は床の下座で手をついて無沙汰を詫びた。

「なんのなんの、よく来てくれました。何年ぶりであろうか?」

「かれこれ二十年にもなりましょう。黒田のことをお頼みしたばかりでご挨拶にも伺わず、失礼致しました」

「黒田を・・・良く此処へ送ってくれた。礼を言うのはこちらのほうじゃ」良民は静かに頭を垂れた。「私の技の全ては黒田に託した。この事については、私はもう思い残す事は何も無い」良民はニッコリ笑った。

「・・・」平助は黙って手をついた。

良民はしばらくの間声を発せず目を瞑っていたが、徐に目を開いて言った。

「今日平助さんが来てくれたのも神のお導きであろう。無理な願いとは思うが、私の話を聞いてはもらえぬか?」

「そのつもりで参りました、何なりとお申し付けください」平助は顔を上げて良民を見た。

「察しが良いな、さすが平助さんじゃ・・・じゃがこの話は息子が帰ってからにしよう。黒田、そちらのお客人も一緒に座敷の方にお通し致せ、静子さんに酒肴の仕度を頼んでおくれ」静子というのは美佐恵の母、良民の一人息子、良一の妻の事である。

「はい」部屋の外から黒田の声がした。

「私も、今日は気分が良い、一緒にご相伴するとしよう。準備が整ったら着替えを手伝ってくれんか?」

「承知いたしました」黒田が立って、二人を座敷へと誘った。

「こちらでしばらくお待ちください。今夜は大切な夜になりそうです・・・」黒田の足音が、廊下伝いに奥の方に消えて行った。


残暑の残る九月ではあるが、陽が落ちるとこの高台には涼しい風が吹く。

座敷の障子を開け放つとなんとも心地の良い空間が出来上がる。空には満月には少し若い月がかかっていた。

良一が帰って来たのは、少し遅くなってからだった。館山市警の警察道場に行っていたのだという。

年は五十を少しばかり超えたところであろうか、どちらかといえば小柄な良民に似ず、六尺豊かな偉丈夫である。

「無門先生、お噂は予々父から伺っておりました」良一が下座に控え平助に挨拶をした。

「おお、良一さんかえ。儂を覚えておらんのも無理はない、あれはお前さんがまだ三つの頃じゃったからなぁ」平助が懐かしげに言う。「良く境内で一緒に遊んだものじゃ。お前さんは腕白小僧じゃったよ」

「そうでしたか・・・」良一は頭を掻いて笑った。

それから、熊さんも交えてささやかな宴が始まった。互いに酒を酌み交わし気持ちも打ち解けた頃、良民が口火を切った。

「ところで良一、署長の話とはなんだったな?」

「はい、やはり逮捕術の師範の件でした」良一が難しい顔で答える。

「して、なんと?」

「今度来る柔道の師範に兼任させたいと。経費削減の為だそうです・・・」

「そうではなかろう?」良民の声が険しくなる。

「私もそう思います。今の柔道は屈強な男たちには良いが、非力な婦警さん達が犯人を逮捕するには向かない。と申し上げたのですが、柔術は古いとか難しいとか言って煮え切りません。何処からか圧力がかかっているのではないかと思います」良一が私見も交えて推測した。

「そう言えば以前にも同じような事がありました。あの時は大先生が前任の柔道師範を投げ飛ばして、目の前で柔術の有効性を認めさせたのでしたね」黒田が口を挟んだ。

「おいがここに伺った頃の事にあいもそうか?」熊さんが言った。

「そうそう、その頃の事です」黒田が答える。「その為に十分なお相手も出来ず失礼致しました」

「なんのこつはごわはん」

「私は逮捕術の師範などどうでも良い」良民が言った。「ただ、起倒流の柔術が後世に受け継がれる為には警察の協力が必要なのじゃ。平助さんにはご迷惑な話であろうが、是非一肌脱いで頂きたい」

「勿論です」平助はきっぱりと言った。

「その為には、どうしても署長を説得しなくてはならんのですが・・・」良一が腕を組んで呟いた。

「署長はトカゲの尻尾じゃ。いくら攻めてもうんとは言うまいよ」良民が言った。「頭を見つけなければならん」

しばしの沈黙があった。皆それぞれに思考を巡らせている。

「情報が足りんな・・・」平助がポツンと言った。

「よか、おいが探って来まっしょ。千葉だけじゃのうて、東京の武術家連中にもそれとのう探りを入れてみもす」そう言ったのは熊さんだった。

「うむ、それが良いかもしれんな。じゃがこの一件、何かきな臭い匂いがする、十分気をつけてな」平助が注意を促した。

「わかりもした。つつけばなんか出てくるでっしょ」

「いや、客人にまで迷惑をおかけしては・・・」良一は申し訳なさそうに顔の前で手を挙げた。

熊さんは「おいは師匠のお役に立つ為について来たのでごわす、なんも気にせんでよか」と笑った。


                    5





翌朝早く熊さんは出て行った。

平助は終日神社の周りを歩き回ったり、黒田を相手に柔術の稽古をしたりして過ごした。

良民の顔には生気が戻り、平助と黒田の乱取りを熱心に観て頷いていた。

良一は今日も警察道場に出て逮捕術の指導をした。まだ正式に解任されたわけではない、良一を慕っている署員は多いのだ。

夕方になると、近くの若者が道場に集まって稽古が始まる。二十人はいるだろうか、黒田が師範代を務めて稽古をつけている。

起倒流は天神真楊流とともに講道館柔道の基礎を成した流派である。

同じ名前や形の似た技は多い。しかし力の入れ方が全く逆だった、そっと相手に触れて力を抜く事で投げている。

相手の襟をしっかり握ることも、強引に力で投げることも無い。人によっては、そんな技で人が投げられる筈はないと言うだろう。

そんな柔道家が、起倒流の様な柔術を柔道の生みの親だとは認めたくはないだろうし、証拠があればそれをもみ消したいと思うのも当然あり得ることだ。

平助は、その辺りに今回の騒動のタネがあるのではないかと睨んでいる。


熊さんが帰って来たのは、夜も大分更けてからだった。駅からは遠回りをして歩いて帰って来たのだと言う。

東京の武術家を訪ね歩いているうちに、いつの頃からか尾行がついた。

それに気づいた熊さんは、相手を巻く為にわざとタクシーを使わなかったのだ。


「ご苦労じゃったな。して何か分かったかの?」平助が問う。昨夜の様に皆が座敷に集まっていた。

「じゃっど、東京の古武術連盟に入っちゅう道場ん中に、楊心流の木塚先生の道場がありもそ?そこで面白か話ば聞いてきたでごわす」

「どんな話ですか?」黒田が気負い込んで訊いた。

「まあ、慌てんでよか。まずこれば見てみんね」熊さんは一枚の写真を卓の上に置いた。そこには何の変哲も無い繁華街のビルが写っていた。

「これは?」良民が問うた。

「新宿の歌舞伎町にある雑居ビルですたい」熊さんが答える。「こんビルの地下に、闇の柔道組織、関西柔道連合があるちゅう話でごわす」

「関西柔道連合?」良一が首を捻る。

「会長は、元講道館の四天王の一人、戸渡源次郎の孫、戸渡源蔵。あん有名な大物政治家ですたい」

「ふ〜む、厄介だな・・・」平助が呟いた。

「戸渡源次郎は、起倒流を酷う憎んどったらしか。講道館創世期に何かあったとじゃろうが、そこまでは分からん」熊さんが言った。「そん地下ん道場でやっちょる柔道は、今ん柔道とは似ても似つかん恐ろしかもんらしか。突き蹴り噛みつき何でもあり、ただ相手ばぶっ壊すためにあるっちゅう話でごわした。血が目立たんごつ、真っ黒い柔道着で稽古しちょるそうな」そこまで言って熊さんは口を閉ざした。

平助が良民を見て言った。「明日からの稽古はしばらく中止にする方が良いでしょう。尾行がついたとなれば、早晩我々の存在にも気づきます。弟子達が危ない」

「お父さん、無門先生の言う通りにいたしましょう。弟子に怪我はさせたく無い」良一が言う。

「そうじゃな。そうするしかあるまい・・・」良民は苦渋の決断をした。

「藪をつついて蛇を出したごたぁですな」熊さんが済まなそうに言った。

「なぁに、ちょっと早く事が進んだだけですよ。我々も腹を括らねばならんでしょう」良一が、覚悟していたのか淡々と言った。

「そうと決まれば、選択肢は二つ・・・」平助が座を見回した。

「無門先生、それはどんな選択肢ですか?」黒田が問うた。

「うむ、あまり詳しくは言えんのじゃが・・・」平助は少しだけ間を置いた。「儂を今日まで自由に生かして置いてくれた人物に仲介を依頼して、懇ろにこの一件を収めるか・・・」

「もう一つは?」

「戦うか・・・だ」

「・・・」皆黙って平助の次の言葉を待った。

「ただし、こちらの場合にも引き際が肝心じゃ。ベストのタイミングを見極め、結局はさっき言うた人物を頼ることになる」

「できるだけ対等に事を収めるのですね?」黒田が訊いた。

「そうじゃ、その為には戦わなければ我々に未来は無い」平助が断じた。

「なら戦に決まりだな」そう言ったのは、良民だった。皆あっけにとられて老師範の顔を見た。まさか歳をとった老師が真っ先に闘いを言い出すとは思わなかったのだ。「平助さん、私にも花道を作ってくだされよ」

「父さんがその気なら私に依存はありません」良一が手を挙げた。

「及ばずながら、私も戦います」黒田が続く。

「おいも助っ人いたしもす」熊さんも賛同する。

「なんじゃ?誰も反対しないのか?」平助は可笑しくなった。何たる好戦的な人々だろう。否、そうでは無いな、皆自分の武術を極めることに貪欲なのだ。

その時、下座の襖が開いて美佐恵が飛び込んできた。

「私も戦います!」白い稽古着に黒い袴を履き、白い鉢巻をキリリと額に締めている。緋の袴をつけた巫女姿とは、また違った凛々しさがあった。

これには良一も驚いた。「ダメだ!お前には危険すぎる!」思わず大声を出していた。

「お願いです!私も多年にわたって起倒流を修行してきた身。こんな時にお役に立てなければ何の意味もありません」美佐恵も必死で訴える。

「良一、まあ良いではないか、ここにおる以上危険は同じ事だ。抱き合って震えておるより、闘う方が活路が開けるとは思わぬか?」良民は二人を取り成した。

「しかし・・・」良一が口籠る。

「私がおる、かわいい孫に怪我はさせんよ」

良一は、腕を組んで唸ったが、思い切ったように美佐恵を見た。「分かった、ただし私の指示通りに動くことを約束するのだぞ」

「はい、お父さん!お仲間に加えて頂けるのならどんな指示にも従います」美佐恵の顔が輝いた。

「よし、決まった。それでは作戦会議を始めよう」平助は一枚の地図を卓の上に広げた。


平助が広げた地図はシンプルなものだった。

高屋神社周辺の簡単な見取り図に、昨日平助がこの神社の周りを散策して調べておいたいくつかの情報が書き込んであった。

「このバツ印が人の潜みやすい場所。そしてこの丸印が戦いに適した場所じゃ」平助は一つ一つの印を指で示して説明した。

五人は熱心に平助の説明に聞き入っている。

「黒田と美佐恵さんは、昼間参詣人の中に怪しい者が居ないか目を光らせて置いてくれ」

「分かりました」二人は同時に頷く。

「後は、相手の出方を待つ。呉々も油断のないようにな」

五人は互いの顔を見て深く頷いた。








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