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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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弟子入り


弟子入り



槇草の話を聞き終えて平助が立ち上がった。

「では、お相手願おうかの」いきなりである。行蔵は面食らった。

「今からでごわすか?」

「何か不都合かな?」

「いんや、そげなこつはなかですが・・・」

「得物は?」

「竹刀では如何であんしょう?」

「竹刀では気が乗らんな」

「では、木剣?」

「良いじゃろう」

平助は道場の刀掛けから、木刀を二本持って来た。しかし一本が異常に短い。

「儂はこれでお相手する」

「小太刀?」行蔵はムッとした顔になった。

「小太刀とやった事は?」

「無かです」

「小太刀を侮る無かれ」

平助は、長い方の木刀を行蔵に渡し、間合いを取って向き合った。


「では参る」

「いざ」行蔵が応えた。

行蔵は、さっと右足を引き、右肩に木刀を担ぐように構えた。小太刀を警戒して剣の長さを隠したのである。

平助は右足を引いて左入り身に構え、小太刀を逆手に持って背に隠した。

二人の間には見えない風船があった。どちらかが出ればどちらかが下がり、どちらかが下がればどちらかが出る。

互いに無駄打ちはあり得ない。全ての太刀筋は一瞬のうちに見切っていた。

後はどちらが先に動くかである。

先に動いたのは平助であった。誘うように首を前に伸ばす。

「チェストー行け!!」その頸動脈を狙って行蔵の剣が奔った。

平助は膝を抜き、左右の足を同時に入れ替え逆手に持った小太刀の鎬で剣を受け止めた。

瞬時に行蔵の剣が変化した。最短距離を通って、斜の太刀筋は真っ向に変わり平助の頭上を襲う。

刹那!平助は右の手を僅かに返しただけで行蔵の剣を流し躰を左に移動させた。行蔵の剣が変化するより速く、左手を行蔵の手首へ滑らせ、それと交叉するように小太刀の柄頭を行蔵の鳩尾に突き立てる。

う〜ん・・・と唸ったきり行蔵は床に俯せに倒れて動かなくなった。



平助は木刀を刀掛けに戻してから、ゆっくりと行蔵を抱き起こし、背後から活を入れる。

呼吸を再開した行蔵は、きょろきょろと辺りを見回した。

「おいは、どうなったとじゃろか?」独り言を呟きながら振り向いた時、平助の眼がそこにあった。

行蔵はバッタのように跳ね起き、膝を揃えて床に額を擦り付ける。

「参りもした。あいがとさげもす!」

「紙一重の差じゃった」

「そんなこつはありもはん、おいの完敗でごわす」

「いや、一目見た時から只者では無いと思っておったよ。それでいきなり太刀合いを所望して虚を突いたのじゃ、許せ」平助は行蔵に頭を下げた。

「なんばすっとですか、頭ばお上げくだっせ」行蔵は慌てて平助の肩を掴んだ。「おいは嬉しかとです、こげな名人がまだこの世に生きていなはったとは・・・おいは間に合うた」行蔵は右腕を瞼に当てて男泣きに泣いた。

ひとしきり泣いてから、行蔵は姿勢を正し床に手を着いて平助に言った。

「おいを弟子にしてくだっせ、後生一生のお願いでごわす」行蔵の眼が必死の色を帯びている。

平助の眼が、ジッと行蔵を見据えた。

「良い」

「えっ・・・」行蔵は目を瞬いた。

「だから、良いと言うたのじゃ」

「ほ、ほんなこて?」

「嘘を言うてどうする、お主の好きなだけここにおるが良い」

「あいがて、あいがて、あいがとさげもす・・・ウウ」行蔵はまた感極まって泣いている。

「ところで、住む所のあてはあるのかの?」

「いえ、まだ何も決めておりもはん」

「ならば暫くは裏の小屋で寝泊まりすれば良い。そのうちに下宿を探してやるでな」

「もったいなか、おいには小屋で十分ですたい。炊事、洗濯、掃除なんでもやりますけん」

「そうと決まったら、早速小屋を片付けねばな」

「いんや、そいはおいが一人でやりもす。じゃっど・・・」

「何じゃ?」

「おいも先生のこつを師匠と呼んでもよかですか?」

「わははは、呼び方は自由じゃよ、あだ名と思って呼べばよい」

「ないごちそんなことができまっしょ・・・師匠」


行蔵は心から嬉しそうに平助をそう呼んだ。






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