居候
居候
1
小屋は道場の北側にある。
前の持ち主が住んでいたのだが、平助が道場に住居を建て増したので、今は物置になっている。
入り口は引き戸で、入るとすぐに狭い土間がある。
上がると四畳半程の広さで、ちゃんと床も貼ってあるが畳は無い。
窓は跳ね上げ式の鎧窓が一つあるだけで、それを開けても中は薄暗い。
中には大工道具や七輪、古い鍋釜などが埃をかぶって置いてある。
全て自由に使って良いと平助は言った。
行蔵は、何処からかリヤカーを借りて来て、荷物を積んで帰って来た。
畳、窓枠、ガラスの嵌った窓などは、近くの解体中の民家から貰ってきた物だ。
布団一式、ランタンは、質屋で贖ってきた。
行蔵はまず、窓をガラス窓に替えた。それだけで中は明るくなった。
長い放浪生活でいろんな仕事をやったので、大工仕事はお手の物だ。
畳を敷くと、人が住める空間になった。
隅に布団を積み、小屋にあったみかん箱を置いて文机とした。
その上にランタンを置いて、やっと部屋としての体裁が整った。
「さあ、今日からここが、おいの棲家じゃ」
2
槇草は、結婚して平助の世話が難しくなっていたので、行蔵の弟子入りを喜んだ。
一度槇草が行蔵に歳を聞いたことがある。
すると行蔵は、「さあ、四十くらいじゃろか?」と答えた。
稽古をしてみると、剣術では行蔵、体術では槇草に一日の長があった。
平助は行蔵に空手の稽古を強いなかった。
「やりたい時に自由に参加すれば良い。その代わり弟子たちのよろず相談役になってくれ」と言った。
槇草がその容貌から、行蔵の事を『熊さん』と呼ぶものだから、いつの間にかその名が定着してしまって、いまでは親しみを込めて皆そう呼ぶようになった。
熊さんはそれを「行蔵じゃ厳しかもんな」と言って喜んだ。
熊さんが甲斐甲斐しく身の回りの世話をするので、「儂のすることが無うなった」と平助は文句を言った。
平助がふらりと旅に出ても、留守番がいるので心配が無い。
いつしか熊さんは、妙心館に無くてはならない存在になっていった。
ある日、熊さんが裏庭で薪を割っていると、道場の玄関に人の気配がした。
玄関へ回ってみると男が一人立っている。身長が六尺はありそうな大男で、人相風体はあまり良い方では無い。
「何か御用じゃろか?」熊さんは男に尋ねた。
「あんたが道場主か?」男は横柄に訊いた。
「いんや、おいは只の居候じゃ」
「そうか、居候に用はない。道場主を出せ」
「師匠なら二、三日帰らんが、要件があれば伝えまっしょ」
「俺は今度この町に空手の道場を開いた極武館の内山だ。同業の誼で挨拶に来た」
「そいにしちゃ、えろう傲慢な態度じゃなかね」
「ふん、こんな狭い町に空手の道場は二つも要らん。どちらが廃業するか決着をつけに来た」
「そりゃまた無体な言い分じゃ」
「煩い、あんたでは話にならん。また来る」
そう言って男は背中を向けた。
「まちなんせ、おはんを相手にするのに、うちの師匠じゃもったいなか。おいで十分じゃ」
内山は、鬼のような形相で振り返った、「なに!貴様俺を誰だと思っている」
「すまんな、あいにくこん土地には馴染みがなかもんじゃけん」
「そうか、なら躰に教えてやろう」男はニヤリと笑って言った。「お前のような居候に勝っても俺の自慢にはならんが・・・まぁいいハンデをやろう、何でもいい、得物を持て」
「そりゃ、あいがたか。ん、ちょっとまっときんしゃい」そう言って熊さんは裏庭に戻った。
玄関に戻った時には、手に一本の薪を持っていた。「ちょうど今割りよったところじゃっで。これが手ごろたい」
「なに、そんなものでいいのか、後で後悔するぞ!」
「構わん構わん」
二人は、玄関前の狭いスペースで向き合った。
「おはんを道場に上げるわけにはいかん。ここで相手ばする」
「ふん、どこでも同じ事だ」
内山は、肩幅に立って左半身に構えた。両手を高く挙げて、顔面を守っている。
熊さんは、腰を低く落とし左入り身の構え。右手を前に伸ばし薪の先端を内山の眼に付けた。
内山が間合いを詰める。薪の長さの分だけ素手の間合いより遠い。
「シェッ!」内山の右脚がバネのように跳ね上がる。
回し蹴りが熊さんの持った薪を弾きとばした。薪は真っ二つになり、道場の屋根を越えて飛んで行った。
内山がほくそ笑んだ時、熊さんの姿は内山の視界から消えた。
熊さんは、内山が蹴りを放つと同時に薪から手を離し、蹴りの下を掻い潜って内山の後方に立ったのだった。
そして内山の顎を右手で握ると、膝の裏に蹴りを入れて思い切り後ろに引き倒した。
内山は後頭部から地面に激突して気を失ってしまった。
熊さんがバケツで水を掛けてやると、内山は息を吹き返し、呆然と熊さんを見詰めた。
「下が軟らかか土で良かったたい、もうちいっと修行ばし直して、出直しちくっが良か」




