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弥勒の拳  作者: 真桑瓜
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弟子二人


弟子二人



槇草が平助負傷の報を受けたのは、翌日の事だった。比嘉幸長からの電話だったのだが、あまり要領を得なかった。

分かったのは、篠塚が絡んでいる事と、刺客と戦って負傷したという事だけだった。

槇草は、すぐに貯金を下ろし、会社には親戚が死んだ事にして飛行機に飛び乗った。

生まれて初めての飛行機だった。


那覇空港に着き、タクシーに飛び乗り那覇中央病院まで急いだ。

病院に着くと、エレベーターを待つのももどかしく、受付で教えてもらった三階の個室へ階段を走った。

「し、師匠ご無事ですか!!」槇草がいきなりドアを開けると、平助は検温中だった。体温計を持ったままの看護婦がこっちを向いて固まっている。

「おお槇草か、ノックもせんで入ってくるからこのお嬢さんがびっくりしておるではないか」平助が槇草に小言を言った。

「そ、それよりも、お怪我の方は!」

「見ての通りじゃ、命に別条はない」平助が笑った。

「しかし、足に怪我をされたと・・・」

「うむ、十針くらい縫ったぞ」

「えっ大変じゃないですか!」

「なぁに、戦闘機の尾翼につかまって漂っておった時は、サメが寄ってきおってな、噛まれたら十針では済まんかったぞハハハ・・・」平助が磊落に笑った。

「ハハハって、師匠・・・」

「まあ、それは兎も角よく来てくれた。そこに椅子があるじゃろ、座れ」平助はベッドの横にある丸椅子を指した。

「じゃあ、無門さん私また来ますね」若い看護婦は笑いを噛み殺しているようだった。


「槇草、心配かけたな・・・すまん」看護婦が出て行くと平助が謝った。

「比嘉先生の話では、篠塚が絡んでいると・・・」

平助は、篠塚が福岡に戻って来たところから順番に話し始めた。

平助が話し終わった時、槇草は男泣きに泣いた。

「師匠、俺のために・・・ううう・・」

「阿呆、お前のためなどではないわ」平助は白けた顔で言った。

「しかし・・・」

「お前さんが入門するまで、儂は退屈しておった。このまま朽ちていっても仕方がないと思い始めていたところだったのじゃ。しかし、お前さんが入門してから毎日が楽しゅうてな、もう少し生きていとうなった」

「師匠・・・」槇草はまた泣きそうになった。

「礼を言う・・・」

「し、し、師匠!まだ逝ないでくださいヨゥ」

「馬鹿者!誰が死ぬと言った!」

「だけど、師匠らしくないことを言うから・・・」

平助は槇草の慌てぶりが可笑しかった。


そこへ、病室のドアを叩く者があった。

「平助、私だ。入るぞ」比嘉幸長の声がした。

ドアが開いて幸長が入ってきた。後ろに湊川の姿があった。

「おっ、槇草君来ていたのか!」幸長が嬉しそうに言った。

「あ、比嘉先生お久しぶりです」

「その節は世話になった」幸長は後ろを振り返った。「紹介しておこう、弟子の湊川だ」

湊川が頭を下げた。「湊川です、お見知りおきください」

「槇草です、うちの師匠が大変お世話になりました」槇草はぺこりとお辞儀をした。

「こら槇草、いつから儂の保護者になったのじゃ!」

「あははは、寄る年波には勝てんのう・・・ところで平助、今日は顔色が良いな、槇草君が来たからか?」

「バカ言え、さっき若い看護婦が来ておったからじゃ、それを槇草に邪魔をされた」

「ああ言えばこう言う、素直ではないぞ」

「ほっとけ、天の邪鬼は昔からじゃ」平助が口を尖らせた。

「それはそうと、県立病院に入院しておった笹野が、退院して本土に帰ったぞ」幸長が話を変えた。

「ほう、早いな」平助が真顔に返る。

「平助に『篠塚の事は心配するな』と、伝えてくれ・・・と」

「そうか・・・」平助は老刺客の行く末を思いやってしばし目を瞑った。


「そういえば槇草君、泊まりは決めておるのかね?」幸長が訊く。

「いえ、とりあえずすっ飛んできましたから・・・」槇草が答える。

「それなら私の家に泊まりなさい、ホテルなどに泊まっても味気ないぞ。今夜は私が那覇の盛り場を案内してやろう」

「幸長、女のおるところはダメだぞ、槇草はもうすぐ結婚する」平助が自分も行きたそうな顔で言う。

「分かっておるよ」幸長は意味有り気に片目を瞑って見せた。


夜、槇草は幸長の案内で那覇の酒場へ繰り出した。

「今日はタクシーを使おう、湊川も来い」幸長が湊川に命じた。

「承知しました」湊川が頷いた。

三人が向かったのは、古民家風の酒場だった。

「ここで俺たちは上原と出会ったのだ、尤も建物は戦争で焼けたから元のままでは無いがな」

「はあ、酔っ払いのおじいさん・・じゃなかった、本部朝吉先生のお弟子さんですね?」

「そうだ、平助に沖縄の恐さを教えたのはその本部先生だよ」

幸長は店員に手を挙げた。

「槇草君、なんでも好きなものを頼みなさい、ここの料理は沖縄一美味い」


一通り料理と酒を注文したところで、幸長が言った。

「湊川、お前も喋れ、無口は男の美徳だがあまり黙っていると客人に失礼だ」

「はい・・・ではお伺いします、昨日の勝負先生ならどうされましたか?」湊川が訊いた。

「私が、サイを使ったとしてか?」幸長が訊き返す。

「はい」

「平助と同じだ。どちらか一方のサイを犠牲にして剣を制し、もう一方のサイで止めを刺す。しかし笹野がそれを許したかどうか・・・」

「先生なら勝てました!」湊川が言い切った。

「何?平助も負けた訳では無いぞ」

「しかし先生なら完全な勝ちを・・・」

「もうよい、勝負は時の運だ。やってもいない勝負の結果などは分からん!」幸長が湊川の言葉を遮った。

「・・・」湊川は沈黙した。

「槇草君、失礼した湊川は空手の事となると我を忘れる」

「僕も同じですよ」

「・・槇草さん、失礼だが無門先生の空手は空手では無い」突然湊川が言った。

「なんだと!」槇草は思わず気色ばんだ。

「無門先生の空手は、本土の武術であり、沖縄の空手では無い」

「湊川!もうよいと言っておる」幸長が湊川を諌める。

「先生、私を槇草さんと戦わせてください!」

「ならん!」幸長は思わず声を荒げた。

「私は破門になっても槇草さんと戦いたいのです」湊川はテーブルに頭をこすりつけて幸長に頼んだ。

「困ったやつじゃ・・・」

「比嘉先生、私も湊川君と試合ってみたい。昔の先生たちのように」槇草も幸長に向かって頭を下げた。

「槇草君まで・・・」幸長は困ってしまった。

「明日、師匠に許しを請います」

「う〜む」幸長は唸った。

「先生、お願いします」湊川がもう一度頭を下げた。

「私からもお願いします。せっかく沖縄まで来たのに、このまま帰るのはもったい無い」槇草がダメを押した。

「槇草君がそこまで言うのなら・・・平助が許せば私に是非は無い」

「ありがとうございます!」

二人の弟子は、幸長の前に手をついた。







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