笹野五郎
笹野五郎
三人が昔話に興じていた時、湊川がやってきた。顔に緊張の色がある。
「どうした?」幸長が訊いた。
「笹野が見つかったそうです、今連絡を取って分かりました」
「そうか、で笹野はどこにいる?」
「今帰仁のリゾートホテルだそうです」
「やはりそうか」平助が頷く。
「どうしたのだ?」上原が訊く。
平助は今までの経緯を上原に詳しく語った。
上原は暫く目を瞑って考えていたが、「俺が笹野の相手をしよう」と言った。
「これは儂の仕事じゃ」慌てて平助が遮った。
「篠塚は、今は俺の弟子だ」上原も譲らない。
しばらく押し問答したがどちらも引かなかった。
「強情なやつだ」上原が呆れた。
「お互い様じゃ」平助も渋い顔だ。
そこに幸長が割って入った。
「二人がもめるのなら、俺が行くぞ」
それからまた三人で侃侃諤諤、一歩も引かない。
湊川は呆れて見ていた。まるで子供がおもちゃを取り合っているようだ。
「ではこうしたらどうです?」見かねて声をかけた。
三人は湊川を振り返った。
「私がクジを作ります、それで順番を決めてはいかがかと」
三人はお互いを見合った。
「仕方がない、公平に頼むぞ」幸長が湊川に言う時、少し片目を瞑ったように見えた。
「はい、任してください。でも命が掛かっているのですよ」湊川は真剣だ。
「なぁに、皆老い先が短い、楽しいことが優先じゃ!」平助が言った。
湊川はもう何も言わなかった。
結局湊川の作った阿弥陀くじで、平助が勝った。
二番手は上原だ。
「なぜ俺を勝たせない、気が利かん弟子だ」幸長が小声で湊川に文句を言った。
『名人もここまでくると子供に帰るのだな』湊川は唇を噛んで笑った。
三人は湊川の運転する車で、今帰仁のリゾートホテルに向かった。
「よお、遅かったな」ホテルのロビーで、笹野は旧友を迎えるように言った。
「待っておったのか?」平助は笹野を見据えた。
「船で見かけた時からこうなる事は分かっていた」笹野は単衣の着流しにステッキを持っている。「見つけやすいようにこの格好で、しかも実名でチェックインした」
「そちらのお二人も見た顔だ」笹野は不敵に笑う。
「俺はお主の顔は知らん」幸長が答える。
「あははは、そりゃそうだろう。暗闇からの方が明るいところは見えやすい」
四人はホテルのロビーのソファーに座った。側から見れば同窓生の集まりが談笑しているようにしか見えない。
湊川は師の後ろに立った。
「ところで、篠塚が目的と聞いたが?」上原が訪ねた。
「そうだったのだが、実は篠塚などよりこっちの方が面白そうだと思っている」
「ほう・・・それで?」上原が訊く。
「こちらを順番に片付けてから、ゆっくり篠塚を料理する」笹野が上原を見据えた。
「そう簡単にいくかな?」
「一人ずつならなんとかなる」
「三人で掛かるかもしれんぞ」
「俺は最終兵器だ。俺が失敗すれば篠塚の危険は去る、しかしお主らがそんなもったいない遊びはするまい?」笹野がニヤリと笑った。
「ふふ、良く分かっているな」平助が笑う。
「で、一番手は誰だ?」
「ふむ、くじ運の強い儂じゃよ」
「そうか、くじで決めたか。俺は損のない景品だぞ」
「そう願いたいものだ」
「俺の獲物はこれだが・・・」笹野は股の間のステッキを撫でた。
「仕込みか?」
「そうだ」
「文句は無い、儂はサイで相手をする」
「よかろう」
四人と湊川はホテルのビーチに立った。
いくら沖縄でも、この時期のビーチに人影は無い。
ビーチは細かいサンゴの砂だ。足場としては最悪だが、戦う二人の条件は同じだ。
笹野がステッキの鞘を払うと、細く真っ直ぐな白刃が現れた。
平助はベルトに挟んで背中に隠したサイを抜いた。
笹野は青眼、平助は左のサイの先端を笹野の喉に向け、右のサイを上段に構えた。
平助の構えは、サイの構えというより二刀流の剣の構えだ。
「その手があったか」幸長が呟いた。
「どういうことだ?」上原が訊く。
「平助は、サイが得意ではないのだ」
「ほう、平助にも苦手なものがあったのか」
「サイを貸せと平助が言った時、不思議な気がしていたのだよ」
「ふ〜ん、お手並み拝見といくか」
「そうしよう」
幸長が言った。「この勝負、一瞬で決まる。湊川見逃すな!」
湊川は声も出ない、目を皿のようにして二人の対峙を見つめている。
動きはない、が、二人の間の空気は高速で流れている。
海風が竜巻のように巻いている。まるで二人の気に呼応したように。
雲が黒い、スコールが来るのかもしれない。
湊川がそう思った瞬間、ザッ!と滝のような雨が降ってきた。
同時に雨と二人の躰がまるで一つのもののように動いた。
平助が身を沈めながら左のサイを笹野の顔に向けて放った。
余人が放ったのではない、平助が放ったのだ。笹野は思わず剣を上に挙げた。
その時にはすでに平助は剣の間合いに入っていた。
笹野は上げた剣を斬り下ろす。
平助の左半身が開いてゆく、同時にサイを放った左手が、笹野の剣の柄を掴んだ。
柄を中心に平助の躰が回る、その遠心力が右手のサイを笹野の左頸動脈に飛ばした。
衝撃が笹野の血の流れを止めた。笹野は、立ったまま気を失っている。
平助が柄を離すと、笹野はゆっくりと砂浜に倒れた。
「平助、見事だ!」幸長が平助に駆け寄った。
「いや、そうでもない・・・」平助の顔は蒼ざめている。
見ると、平助の左腿から血が流れ出ていた。
「体捌きが間に合わなんだ」
「湊川、医者だ、平助を医者に連れて行け!」幸長が叫ぶ。
声もなく立っていた湊川は、弾かれたようにフロントに向けて走った。
間も無く救急車が来て平助と笹野を病院に搬送した。
やがて警察も来て幸長と上原は事情聴取を受けた。
県警の本部長は困った顔をした。沖縄武術界の大物が二人も関わっているのだ。
まだ結論は出ていないが、稽古中の事故という措置が取られるだろう。
平助の左足の傷は、骨には達していなかった。しかし、当分歩けないだろうということだった。
笹野は、すぐに意識を取り戻し、平助の傷を気にした。
上原が見舞うと、『これで引退だ』と笑ったと言う。
「槇草の結婚式、間に合うかの・・・?」平助は披露宴で行う、居合の演武のことを気にしていた。




