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英雄級5

 戦えば戦うほどに疲労し、疲労しながら戦えば傷が増える。 普段なら問題のない傷もこんな環境で絶えず戦っていれば増えるし、時が経てば膿む。


 清潔な水を用意出来る事だけは救いだが、やはりこの環境では完全にとはいかず、全身が痛痒い。 それに睡眠不足というような不調や、単純に運動量の多いことによる疲労、警戒を緩めることが出来ないという精神の摩耗。


 総じて、どうにも調子が悪い。


 心配するアロに俺の体調を任せて、俺は助けた兵士達を見る。 一人目以降は怪我をしているが俺よりもマシな程度で大して気にする必要はなさそうだが……一人目はどうしようもなく足手纏いだ。


 人をひとり担いで森を歩くのなど馬鹿げた労力が必要で、その分疲労もあれば危険も増す。 食い扶持も増えるし任せられる仕事もなく、はっきりと言ってしまえば見捨てた方がいい。


 一日経ったことで元々疲労の色の濃い、他の助けた兵士達の不満も溜まっているように思えた。


 兵士達と俺達で少し距離を置いていることで、より浮かび上がってそれが見えるのだろう。 表層化する前にどうにかしたいが、とりあえず今は疲れが溜まりすぎていて動けない。

 寝るにも、目の前に敵になり得る人物がいると、アロに見張りを任せるのは不安がある。


 どうにもアロはお人好しが過ぎるきらいがあった。


 かと言って距離を露骨に取るのも「一度守られた」彼等の不安を煽ることになる。 守られたという事実は、人を弱くする。


「……ベルクさん、丸一日以上寝ていませんよね?」

「臆病でな。 ……しばらくは諦めるしかない」


 どうにも信用し切れない。 敵対するような様子はないが、そもそも味方ではなく助けただけの仲だ。

 あまり信用しすぎても危険だろうと思っていると、アロは俺の頰を突く。


「これから強い魔族と戦う必要があるんですよね。 それなのにこんなにフラフラで大丈夫だと思ってるんですか?」

「いや、だが……」

「信用出来る出来ないではなく、どうやったら信用出来るかで考えないと意味がないです」

「……どうやって?」


 アロはこくりと小さく頷いて俺の顔を見つめる。


「僕とベルクさんは、他人です。 信頼しあっていると思っています。 なんでですか?」

「なんでって……一緒にいたから?」

「もっと具体的にです。 一緒にいたら何でも信用出来るわけでもないですよね」


 具体的にと言われて少し考える。 寝不足の疲労が溜まった頭で、心配そうにしているアロの表情を思い出す。


「……アロが優しい奴だと知ったからだ」

「なら、あの人達のことも知ったらいいんです。 知らないまま関わらないようにして信用出来ない、なんて馬鹿げてます」


 その言葉を聞いて、今俺は叱られているということにやっと気がついた。

 バツの悪さに頰を掻いてから、アロの頭を撫でる。


「少し田舎者根性が出ていたらしい」

「まぁ僕は人見知りだから、後ろに隠れていますけど」


「なんだよそれ」と笑ってから立ち上がり、アロは言葉通りに俺の背に隠れながらついてくる。


 休んでいる四人の近くに座り、なんと切り出せばいいか分からずに誤魔化すように名乗る。


「……ベルク=フランだ。故郷の村で狩人の真似事をしていたため森を歩くのは苦手ではない」


 突然俺が話しかけたことに驚いたような表情をした彼等は、頭を下げてから自身の名前を名乗っていく。

 思ったよりも友好的で、敵意は読み取れなかった。


「それでどうしたんですか?」

「……いや、なんというか」


 何と言うべきだろうか。 信用出来ないから話しかけた、仲良くしようと思った、情報交換をしようと思う、いくつかの案を頭に巡らせていると、後ろに隠れるようにしていたアロが口を開いた。


「お腹空いていないかと思いまして……」

「……ああ、少し」

「魔物の肉になるが、結構な量があるから食うといい。 肉の方が美味いが、食事が偏ることを考えると内臓の方が塩などが取れていい」

「ああ、ありがたい」


 焚き火で魔物の肉を焼くが話が止まる。

 どうしたものかと思っていると、兵士の一人が口を開いた。


「なんでこの異界にいるんだ? 近くの村の若者というようにも見えないが」

「ああ、そのことか。 個人で魔法や魔力、魔物の研究をしていて、その調査の一環として魔力が豊富なこの地を訪れただけだ」


 事前に考えていた言葉をつらつらと吐くと兵士の男は首を傾げる。


「研究者? その割に……随分と」

「随分となんだ」

「いや、腕っ節が立つと思ってな。 あの隊長を軽々とあしらえるほどというのは」

「まぁ、研究しているとは言っても素人だ。 遥かに狩りや農業の方が得意だしな」

「いや……それにしても」

「才能の問題だろう。 ……別に隠しているわけでもないから、この森についての話でもするか」


 そういえば結局情報を渡せていなかったということを思い出し、片手で枯れ枝を焚き火に焼べながら肉を摘んで口に含む。

 感情的になりやすい悪癖は直していったほうがいい。 頭の中でそう考えながら口を開く。


「この枝。 今燃やしているのもそうだが。 この森のほとんどがトレントで構成されている」

「……は? トレントってあの魔物の? 動いていないが」

「ああ。 魔物のトレントであっている。 お前らが迷っているのは、この森のトレントが見えないところで動き回ることで地形が変わって迷わされているからだ」


 兵士の一人はおずおずと背にしていた木の幹を触って、息を吐き出してもう一度木に背を預ける。


「信じていないのか?」

「いや、納得出来た。 こうしているのは、まぁ散々やっていたし大丈夫かと」


 図太いなこいつ。


「対処方法は簡単で、方角のような確実なものを頼りにするか、夜に動くかだ」

「夜だとなんで大丈夫なんだ?」

「トレントが寝ている」

「あー、なるほど?」


 納得したのか、それとも合わせているだけか分からないような声色。


「他には何かあるのか?」

「中心部と外に出にくいように動くことや、中心部に近い方が魔力が濃く、魔物が強いものが多い。 中心部に魔力を吐き出す術式を見つけたが崩しておいた」

「ほー、結構分かってるんだな。 中心部に魔力が濃いのは魔力を出す術式があったから……って、んん!?」


 兵士は立ち上がって俺を見る。


「術式……?」

「ああ、おそらく人為的なものだ。 人為と言っても、人ではないだろうがな」

「魔王?」

「そこまでは分からない。 そもそも、それが実在しているかも疑問だしな。 何にせよまともな手合いではないだろう」


 息を吐き出して、水を口に含む。 不必要に話しすぎたかもしれない。


「まぁ、この人数で行くのは自殺するようなものだ」

「足りないのか?」

「多すぎる。 中級以上の魔物に見つかると動きが悪い奴らは捨て行くことになるからな」


 兵士は一瞬だけ目線を動かしてすぐに戻す。


「一応言うと、俺以外全員だ。 せめて疲れを癒してからだ」

「疲れを癒すと言ってもな……。こんな中でか」

「村に引き返すなりしたらいい。 俺は残らないとならないが」

「何故?」

「魔力を吐き出す術式を破壊したが、気がついて直しに来るだろうからそれを捕らえるか、始末する」


 パチリと焚き火の中で枝が爆ぜる。


「まぁ、いつになるかは分からない」

「……こちらに任せては貰えないのか? 今はこの体たらくではあるが……」

「本部隊に任せればいい、か」


 頷いた兵士を見て、顔を顰める。


「悪いが、自分でやる。 邪魔はしない。 それに結局この森の掃討も必要だから頼りにはしているが……俺がやる」


 少なくともニムを殺しうる可能性のある。知性のある魔物、魔族だけは仕留める。

 知性があるというのは力の差を覆せるということで、いくらニムが強くとも負ける罠にはめられて可能性がないわけではないからだ。


 兵士は不思議そうに俺を見たあと、焦げた肉を口に含んだ。

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