英雄級4
痕跡を探し続けて数時間。
流石にもう諦めるべきかと思ったところで、真新しい血痕を見つける。
トレントの幹にへばりついたそれは引きずったように掠れていたものの、人の手の形をしていることが見てとれた。
「あいつらだろうな」
「魔物の血でしょうか……?」
「いや、残念ながら違うらしい。手で魔物の血を受け止めることなんてそうないからな。 返り血にしても剣を握っている手のひらには付着しない」
「……人の、ですか」
「まぁそうだろう。……死にはしていないようだ」
木の幹に手を付いているということは、まだ立っている。 それ以上の攻撃が加われば分からないが、少なくともこの場では死亡しているだろうと思えるような痕跡は見つからない。
離れた場所で死んでいる可能性はあるが、わざわざ言う必要もないか。
血の跡を追おうかと考えたが、トレントが動いた後のせいか、色々とぐちゃぐちゃになっていて分かりにくい。 そもそも、このトレントがどこかから動いてきた奴の可能性もある。
「せめて夜なら追えたが……」
「……トレントってどうやって夜と昼を判断しているんです?」
「おそらく普通の植物と変わらないと思う。 光合成出来るかどうかだろうな。 目とかないし」
「暗くなったら動かないってことですか?」
「まぁそうだな。 少なくともここの奴は」
「暗くしたら追いやすいですね」
「雨でも降らないと無理だろう。 雨が降った時点で大変なことになるしな」
単純に濡れて風邪を引けば退却せざるを得ない。 それに枯れ枝も湿気って火を点けれないので、本当にしばらくはどうしようもなくなる。
「まぁ、出来ないですね……」
「もしかしてお前、森を燃やして雲を作るつもりだったのか?」
「そういうわけでもないですけど、一応方法として考えていました」
「出来てもあいつらごと焼くことになるな」
「ですよね……」
俺は構わないが、いなくなるまでしばらくはやめておいた方がいいだろう。
大体の場合は力技でどうにかなる。 血の痕跡からトレントが動いた方向や距離を逆算して導き、それを元に怪我をした兵士の足取りを予想する。
少し時間がかかったが、怪我をしているやつに追いつくなら問題ないだろう。 アロに少し無理をさせるが、急ぎ気味で森を歩き、痕跡を追っていく。
「どうやって追ってるんですか?」
「パズルみたいなものだ。 痕跡の崩れ具合からトレントの動きを把握して、それを頭の中で元に戻して元の形を推測して、その方向に向かっている」
「……ベルクさんのスペックの高さは異常です」
「ニムに、勇者に教えられるにはこれぐらいは必須だからな」
まぁ、あれは身体能力と魔力がずば抜けているだけなので、頭の出来は普通のやつより多少賢いぐらいだったが。
少し遅いアロを背負っている鞄ごと抱き上げる。
「べ、ベルクさん!?」
「後ろの警戒は頼む。急いでいたら音が聞きにくくなるからな」
「は、はい」
身体を前に傾け、アロの体重を前にも進む力に変換させる。走ってはいない程度の動きで進んでいくと、血の匂いが濃くなっていくのを感じる。
唸る獣の声を耳にして、少し息を整えながらアロを降ろし、荷物をいくつか手渡す。 捨て置いてもいいことを伝えてから、短剣をひとつと札を何枚か持って駆けた。
木を背にして剣を握っている血塗れの兵士がひとり、それを囲んでいるブレイドウルフの姿を見て、背負っていた荷物を置いて地面を蹴る。
「安心しろ」
俺に気がついて飛び掛かってきた魔物の首を短剣に一突きにし、数歩下がって距離を取る。
「俺のために助けてやる」
持っていた短剣は突き刺したせいで失われ、札と拳で挑むしかないらしい。
下手な符術は使っても魔物を呼び寄せるだけだが、仕方ない。
「アロ、怖いだろうが、俺の近くに」
横目で見ると迷った様子もなく駆け寄ってくる。
「怖くありませんよ。 ここより安全な場所なんてありませんから」
「過ぎた評価だ」
離れないように手で引き寄せ寄ってきている狼の姿を見る。 首に突き刺した個体は死んでいるが、他はほとんどが傷すらない。
「えっ、いや……お前は……」
「今は黙っていた方がいい。 魔物は動けないものや弱者を後に回す」
アロが鞄から短剣を取り出してくれているのを見ながら、拳を強く握る。
飛びかかってきた狼の頭を蹴り上げ、地面に残った脚で地面を蹴って一歩前に移動し、蹴りで上がった脚で狼を大きく踏みつける。
息を吐き出して気合を入れてから札を投げ、ひらひらと揺れるそれを見ながら後ろに戻った。
「符術【祝歌を遮る】」
反響ですら他の音を掻き消すような異常な轟音に木々が揺れる。 狼が怯んだ一瞬のうちにアロから短剣を受け取り、すぐさま先程踏みつけた狼の背に突き刺して引き抜く。片手に構えたままアロを背に後退していき、狼の視線が集まったところでもう一枚同じ札を取り出して分かりやすく掲げる。
「アロ、耳を塞げよ。 符術【祝歌を遮る】」
再び轟音。 今度は音に慣れたのか、何もないと知ったのか狼は怯む様子を見せずにこちらに向かって飛びかかり、足音を符術により掻き消された兵士が剣を振るって狼を切り裂く。
それでも逃した狼を短剣で突き殺してから、兵士の握っていた剣を力づくで奪って残りの狼を難なく斬り殺す。
「ふっ……と、まだ息の根が止まっていない奴も多いか。 もう少し借りるぞ」
弱っている狼を剣で殺していく。 随分と切れ味がよく丈夫だ。 やはり正規のこういう場に来るような奴は装備も優れていると感心する。
若干名残惜しいが剣を返そうとしたところで、兵士が俺の後ろを見つめていることに気がつく。
「ベルクさん!」
「分かっている」
新手の魔物。 振り返ると同時に札を投げる。 ほとんど馴染みとなった初手の【空を切り取る】によりとりあえずの距離を詰めさせずに観察をする。
しなやかな身体に黄色に近い身体。 端的に表現すれば、大きい猫。
おそらく群れる種類の魔物ではないと判断し、剣を握ったまま【空を切り取る】を避けた猫に剣を振り下ろそうとした瞬間、猫が加速する。
予想外の緩急に反射的に身体に巻いていた鎧狼の皮を突き出す。 猫がそれに噛み付くが、その牙が貫通することはなく大きな隙が生まれた。 迷いなく皮から手を離し、両手持ちにした剣により正面から叩き斬る。
「……強い」
剣に着いた血を払い、布で拭う返す前に一応短剣の一つを引き抜いてから、剣を兵士の前に突き刺す。
「これは返そうと思うが……。 お前、そのままで生きれるか?」
立つことも出来ていなかった彼は首輪横に振る。 容体としては脚と腹か。
これだけ動けているなら、腹は内臓までには達していなさそうだが……。
「脚はもう無理だな。 腱が切れている。 高位の治癒魔法使いでもいれば別だが」
「いや……」
「止血だけはしてやる。 面倒だな」
「悪い」
元々口数が少ないのか、警戒しているのか、痛みか喪失感からか。 兵士の言葉は抑揚が少なく淡々としている。
努めて彼の考えや思いを分からないように目を逸らしながら止血を済まし、兵士の血液で血塗れの手を水で洗い流す。
「離れたいところだが、流石にこの人数だとお前を背負ってはいけないからな。 お前の仲間が来るまでは待っていてやる。 先程の騒ぎでやって来るかもしれないしな」
「……悪い」
これの肉を処理したり、皮をなめしたりも面倒だが……肉だけはどうにかしておいた方がいいか。 この兵士も腹が減っているだろうしな。
仕方なく処理をしていると、遠くで人の叫び声が聞こえた。




