英雄級3
目を覚まして顔を上げると、アロが俺の頰を撫でて微笑む。
「縫い目のところの跡が付いてますよ?」
「……寝すぎた。 迷惑かけたな」
「気にしてないですよ。 ちょっと足が痺れましたけど」
「いざとなった時に動けないからダメだな」
自分で足を触って解しているアロを見て息を吐く。
「ん、ベルクさんが可愛かったんですけど」
「……勘弁してくれ」
水を飲んで恥で赤くなった顔を収めて、コップに使っている木を見る。
「……そう言えば、これに使った木はこの場所には生えられないはずなのに、爆発していないな」
「そもそも、服とかも大丈夫ですし、そういうものなんじゃないですか? 生きていると食べたりで吸収するので、それで入ってくるとかじゃないでしょうか?」
「まぁそうなんだろうな」
新しい発見ではある。 まぁそうでもなければニムとか息しただけで爆発を振り撒くことになるので、そういうものだと片付けるしかない。
「……よく考えれば、俺たちの体ってほとんど同一の成分だよな」
「そうですね。 なのに魔力の保有出来る量に差がある……不思議です」
「複雑な法則があるのか、神がどうとか、あるいは魂がなんとか……」
「現状では分からないですね」
まぁその通りである。 サンプルの多い街中でやるべきことで、森の中だと俺とアロ、それに騎士たちぐらいしかいないのでどうしようもないか。
諦めて水を飲んで肉を焼いて食ってから、身体を解して動けるようにする。
「そろそろ行くか」
頷いたアロの手を引きながら森を歩く。 一応の目的は魔物を狩ることだが、あまり意味があるとは思えない。
ところどころに人の足跡のようなものが見えて、少しウンザリとした気分になった。 迷子多すぎだろう。
まぁ、森を歩くのに慣れていない上にこの森の特性を思えば仕方ないか。
多少でも魔物を狩ってくれれば助かるが、さほど期待も出来る人数ではない。
このまま放置していれば楽にもなるかもしれないと考えていると、アロが小さく息を吐き出した。
「疲れたのなら、休むが」
「えっ、あっ、いえ、そうじゃなくて……。 すみません。 何でもないです」
「……どうかしたのか? 気になることがあれば、早めに言ってもらえると助かるが」
「気になることと言えば気になるんですけど……。多分そういう意味じゃないというか……」
歯切れの悪いアロを見つめると、気まずそうに彼女は続ける。
「えっと、怒りません?」
何らかのミスがあっても怒っても仕方ない。 そう思い頷くと、アロはごくんと喉を鳴らしてから、小さな口を控えめに開いた。
「……ニム。 って、誰ですか?」
思わず立ち止まり、アロから目を逸らす。
「……どうしてそれを」
「前から、時々言っていましたし……寝言でも」
「そうか」
アロに対して油断しすぎている。 そう自省するが、今更そう思っても仕方ない。
当たり障りのない言葉を選ぼうとして「幼馴染」そう発せようとした喉を自分で押さえる。
「……ニムは、俺の婚約者だ」
彼女の表情は何ともし難いものだった。
何を思っているのか量り取ることは出来ず、誤魔化さなかったことに妙な後悔を覚える。
何故、俺は誤魔化してアロの機嫌を取りたがっているのか。 そんな間抜けな考えを尻目に、アロは時間をかけて飲み込むようにゆっくりと頷いて微笑んだ。
「そう……ですか」
「あ……だ、だが、もう会うことは出来ないだろうから、おそらく解消扱いになっていると思う。 ……会えないから確定も出来ないが」
まるで浮気のバレた男のようだが、そもそもアロは子供である。 恋やら何やらの話ではないだろう。
「ん、何で焦ってるんですか。 ……ニムシャ=ブレイブード、救世の勇者様のことですか?」
「……ああ」
「ここに来たのも勇者様の話を聞いてでしたもんね。 ベルクさんは分かりやすいです」
彼女は微笑む。
「勇者様を守るために、来たんですね」
「……悪い」
「いえ、謝ることはありませんよ。 ベルクさんは誠実です」
それだけ言って、アロは俺の手を握る。
「じゃあ、僕もそのお手伝いをします。 目標の魔王を倒すのと、筋道が被っていますしね」
「……いや、やっぱりお前は安全なところの方がいいんじゃないか?」
「ベルクさんがいなくなったら、僕は野垂死んでしまいますよ?」
金がなければ、働くことの出来ないアロはそうなるのは間違いなかった。 アロを安全にしてやろうと思えば、こんなところにいるのはやめて町で働くなりするべきで……。
それはニムを守ることと相反していた。
「迷わなくてもいいです。 僕も同じようなことをしたいんですから、協力するだけです」
「……ああ」
彼女の言葉を否定してまで、アロを取ることは出来なかった。
優しい彼女を見て、安堵してしまっている自分に気がつく。
もしもアロが「僕を取ってください」と言えば……あるいは、黙って俺の判断に任せてくれていれば。
アロとニムを天秤にかけて、どちらへと傾いていたのだろうか。
そう考えている時点で、言い訳のしようもないほどアロを大切に思ってしまっているのは間違いなかった。
「浮気者」とアロが小さく笑った。
聞こえなかったようなフリをして、俺はまた森を歩く。
以前は頻繁に遭遇した魔物の姿が見えない。 おそらく、俺より上質な餌がいるからだろうが……。
「あの人達、大丈夫なのでしょうか?」
「一応は訓練を収めた奴らだから問題ないと思う。 夜に中心部に向かわなければ中級以上の魔物とも出会いにくいしな」
「んー、でも、はぐれてましたし、ご飯もないですよね」
「飯についてはどうしようもないけどな」
「まぁ、狩猟だと限界がありますよね。 採集は出来ないですし」
少なくとも何ヶ月も普通の人間が生きていられるような環境ではない。
内臓を多めに食うことで栄養を不足しないようにはしているが、それでも足りないものは足りない。
「……トレントって食えないか?」
「やめておいた方がいいのは間違いないです」
「だよな。 ……一度レイを呼び出して、近くの村に行っていいか聞くか」
「許可取るんです?」
「協力しているなら、流石に勝手なことは出来ないだろ。
多分持ち場を離れるなと言われるのだろうが……。 いっそあの騎士達とでも協力していればいいのに」
まぁ、そんなことをしても信用しきれないので俺も協力するだろうが。
「……あの人達は結局何がしたいんですか?」
「様子見、偵察だろうけれど……人為的なものであるとは思っていなかったんだろう。 予想の範囲から外れると人は弱くなる。 ……いや、強さを発揮出来なくなる」
「あの人達はどうしますか?」
「……助けたくはないが、助けて魔物を減らしてもらえば楽になるな。 しばらくすれば消えるだろうが」
問題は一人ひとり見つけていったとしても信用を得られないだろうから上手く誘導するのも難しいといったところか。
まぁ勝手に魔物を狩ってくれる上に時間が経てば消えてくれるというのはありがたく、上手いこと手助けをして俺たちに有利なようにことを運びたい。
森を歩き、痕跡を追いながら考える。
「飯をやれば懐くか」
「兵士さんは動物か何かですか」
「似たようなものだ。 一応保存食になるものは作ってるし、これで釣ればいい」
「……そういえば、ベルクさんもご飯あげたら居着くようになりましたし、男の人ってそうなんでしょうか」
「一緒にしてくれるな」
「一緒というか、先駆者です」
途中で痕跡が途切れていて溜息を吐き出しながら、それでも会うことは出来るだろうと森の中を歩き回る。




