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『帝国魔導特務録』  作者: 夜櫻 雅織
~ヴォルカ特務官と違法種族転化~

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1/10

序章

 ピピ。ピピ。ピピ。ぴ


「……何。」

《おはよう、ヴォルカ特務官。もうそろそろお昼だよ。》

「…………モーニングコールなんて頼んだっけ。」

《いいや? それより、君に新しい任務だ。概要を伝えるから主任室まできてくれ。》

「……ん。」

《待っているよ。》


 通信先の人物によって通話の切れた通話機が、その持ち主によってぱたん、とベッドの上にそれを持っていた腕ごと投げ出される。

 まだまだ睡魔に勝てない様子ながらも人一倍責任感のある彼女は少しの身動ぎの後に体を起こす。黒髪から滴るような赤い毛先が肩を撫でて崩れ、ようやっと開かれた瞳の奥から日を浴び始める紅い瞳は、まだ眠そうだ。

 それでもベッドから降りて衣紋掛けに掛けられていた黒い軍服のような外套を羽織り、起床から5分も掛けずに廊下へ歩み出る。その足は、睡魔に後ろ髪を引かれながらも確実に目的地へ近付いている。

 やがて見えてきた「主任室」という無機質なネームプレートの名前で立ち止まり、軽い握り拳が作られる。

 コンコンコンッ。


『開いているよ。』


 機密保護の為、窓という物が全く存在しないこの施設では白髪がよく目立つ。全てが白髪という訳ではないが、白髪混じりの男性にしては少し長い黒い髪をした、頭から生える長く黒い角やイリスが入室したのを感じ取ってゆらり、と動く黒く太く長い尾は貫禄を放っている。

 そんな彼――ここの主任であるアルドリック・シュタールの蒼い瞳が煙草の紫煙のようにゆらりと細められる。


「おはよう、ヴォルカ特務官。」

「……おはよう、リック。」

「まだ眠そうだね。」

「……起きて10分も経ってないし。」

「それもそうか。さて、今回君にやってもらいたい任務は帝都内で少し噂されている違法種族転化についての調査だ。」

「……アルの専売特許の?」

「そうだ。本来であれば我らが皇帝陛下のみが行えるはずのそれを違法に再現し、更には一般市民にそれを施す不届き者が居るらしい。機動隊からの連携報告では既に被害者も目を瞑れない数になりつつある。……君にはこれを調査してもらいたい。可能であれば、犯人の確保は機動隊に委任してくれ。」

「……ん、分かった。」


 違法種族転化、ね……。


 ここ、アウレリウス帝国では皇帝であるアルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスが研究し、開発した種族転化という物がある。それは人を自在に他の種族へ転化する事は勿論、この世界にまだ観測されていない新しい種族を作り出す事も可能な技術だ。

 しかし、それ故に相性や対象者の体質、性格、魔力適性、その時の体調によって影響がかなり激しく変動する為、元より技術その物が繊細かつ高度で容易に扱える物ではない。

 実際、この国では身分を与えると共に種族転化を施す事で見た目から立場が分かるようにするくらいには、その技術を作り出した皇帝ですらもあまり行使しない技術となっている。


 そんな物を本当に再現出来る奴が居たら、多分特務官入りだろうけど。……私みたいに。


「そこで、この任務を担当してもらうに当たって、変則的ではあるがパートナーを設ける事になった。」

「……は? いやいや、私は別に」

「アルヴェルト君、入り給え。」


 主任室の入口ではなくその中にあるもう1つの扉、普段であればアルドリックが仮眠室として利用する事の多い部屋へ既に呼びつけて待機させていたらしい。……そのパートナーとやらを。

 恐る恐る、分かり易く緊張した様子で顔を出したのは――何故ここに居るのか分からないド素人。イリスよりも数歳若い、黒髪に随分と綺麗な琥珀色の瞳をした少し背の低い男性だ。

 平均女性よりも身長の高いイリスからしてみれば低い、と評価するだけの身長差ではあるが、それでも一般的には彼も高身長の類に該当するだろう。


 ……は。


「……リック、ここはいつから託児所になったんだ?」

「早とちりは君の悪い癖だよ、ヴォルカ特務官。特に、他者に対してはね。」

「他者以外には早とちりしないから。」

「自覚があるなら直しなさい。」

「断る。」

「アルヴェルト君、自己紹介を。君を一般人だと疑っている彼女が少しでも君への印象を上方修正するような感じでね。」

「は、はいっ! 初めまして、帝都暗務局から参りました、ノア・アルヴェルトと申します!」


 帝都暗務局……?


 ここ、帝国魔導特務局。通称、特務局と呼ばれる部署とは違い、暗殺を得意とする機関でこの国の異端審問教会と帝国の何方にも所属している異例の機関から来たと言う。……こんな暗殺者らしさの欠片もない男が。


「……。」

「思っていても言葉を呑み込むぐらいには評価が変わったようで嬉しいよ。アルヴェルト君、君は特によく知っていると思うが彼女が今回この任務を共にしてもらう帝国魔導特務局特務官、イリス・ヴォルカだ。見ての通りあまり人付き合いは好まないタイプでね、多少苦労する所は多いと思うが君なら上手く付き合えると信じてるよ。」

「おい。」

「はい、頑張ります!」


 ……?


「よく知ってる……?」

「あぁ。彼は君のファンだそうでね、よく君の論文を読んでるそうだよ。」

「その、ヴォルカ特務官殿が発表された論文は全て目を通しています! 少し前に発表された遺伝子修繕による先天性疾患の治療理論や数年前に発表された連鎖爆破術式の上限解放理論は特に面白くて、時々読み返してます!」

「……リック。」

「皇帝陛下より“君の良き理解者になるだろう”と伝言を賜ってるよ。」

「……。」

「私としても彼は君の良きパートナーになると思うよ。それに、何も心配せずとも君は特務局内でも並外れた才を幾つか持っている特務官だからね、少し普段とは違った味も良い刺激だと楽しめるだろうと思っているよ。」

「……どうだか。」

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