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神隠しと鬼の姫  作者: 紫音
第一章 神隠し
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8話


 部屋へ戻ってきた藍は、そのまま畳の上に横になった。背中に当たる硬い感触、目の前にあるのはむき出しになっている木、それを組むようにして家屋が作られている。ここは藍が住んでいた世界ではない。どこを見ても、何を聞いても、それがわかる。こちらの常識が通じない世界なのだと。


「はぁ……」


 身体を起こし、両手を後ろ手について藍は俯いた。頭の中には菖蒲から言われた言葉が思い浮ぶ。直接的に言われたわけではないけれども、あれは一種のプロポーズの言葉だ。そこに感情はなくとも、伴侶候補と言われればそうとしか受け取れない。菖蒲にとっては一族のために、血を繋ぐために必要であるから、それを選んだまで。だが藍にとってはそうじゃない。


「俺にどうしろっていうんだ……」

「藍、いるか?」


 襖から顔を出したのは卓也だ。おそらく加奈が戻ったので、入れ替わりで藍のところに来たのだろう。いつもならば返事をするところだが、生憎とそんな気分ではない。

 卓也は周囲を確認してから藍の隣に胡坐をかいて座った。それでも藍はそのまま動かない。その様子を訝しんだのか、卓也が顔を覗き込んでくる。


「どうしたんだ藍? 何か言われたのか?」

「まぁ……色々と」

「加奈がもう吹っ切れたみたいにしてたけど、それに関してとか?」

「……」


 加奈の件も関わらないとは言い切れないものの、これの当事者は藍である。とはいえ、どこまで卓也に説明すればいいのか。状況が状況だからこそ、言いにくい。説明するためには、藍が残ることを伝えなければならないのだから。どう答えようかと藍がいいあぐねていると、先に卓也が口を開いた。


「なぁ藍……俺はやっぱり現世に帰りたいって思ってる。できれば、四人で」


 その言葉に藍は顔を上げる。卓也は真剣な様子で藍を見ていた。もしかすると加奈から何か言われたのだろうか。


「何か聞いたか?」

「聞いたっていうか。加奈からここに残ろうと思うって言われたんだ」

「……そうか」


 加奈は思い立ったら即行動するのか、既に伝えてしまったらしい。とすれば有希の反応が気になるところだ。


「姫川は……」

「なんか、有希も仕方ないって受け入れてるみたいでさ。不思議だろ? いつもならどうしてって聞くのにさ」


 有希と加奈が親しいのは、それほど多く関わっていない藍とて知っている。有希と恋人である卓也が不思議に思うのであれば、有希の反応はイレギュラーなのだろう。それを卓也は納得しきれていないというところか。


「どう思う?」

「お前にわからないのに、俺がわかると思うか?」

「……加奈となんか話、したんだろ? それが原因だって思うのが普通じゃないか?」


 わざわざ藍と二人だけで話をしたいと言って連れ出された。その後、加奈が残ると言い出した。確かに藍が原因だと思われて当然だ。わかっていて卓也も話を切り出した。藍から話を聞くために。


「藍……お前も残るってことだよな、この世界に。どうしてなんだ? なんで一緒に帰ろうって言わないんだよ」

「……」

「藍!」


 声を荒げた卓也は、そのまま藍の首元を掴む。身長差がある卓也から見下ろされるのはあまりない。そんな感想を抱きつつ、怒っている卓也を見て藍は笑みを浮かべた。


「何笑ってんだよっ」

「悪い……お前は変わらないなって思って」

「たった数日で変わるお前たちがおかしいんだ」


 お前たちというのは藍と加奈のことか。加奈はともかくとして、藍は変わっていない。ただ振り回されているだけ。今ある結果も、そうしなければならなかっただけである。


「変わったつもりはない、俺は」

「ならなんでなんだよ……この世界に義理があるわけじゃないだろ! お前が帰るなら、加奈だって帰るはずだ。なぁ藍、助けてもらったってのはあるかもしれない。けど、俺たちの世界はここじゃない! そうだろ?」

「……そうだな」

「なら――」

「でも、俺は帰れない」


 ここは藍たちの生きる世界ではない。それでも、帰ることはできない。もう黙っていることはできないと、藍は腹を括った。


「菖蒲の話、覚えているか?」

「……あぁ」


 不満気に卓也は頷く。藍は自分の首元を掴んでいた卓也の手を離させると、包帯が巻かれた右腕を卓也へ見せる。そしてその包帯を解き始めた。解かれた包帯の先にあったのは、傷一つない右腕、右手だ。これには卓也も驚きに目を見開いた。


「鬼たちが呼ぶ「なりそこない」という連中。そいつらに触れれば普通の人間は溶かされる。俺が無事だったのは霊力があったからだといっていたが、それでも怪我を負っていた。お前も見ただろ?」

「見た、けど」

「でも……俺の腕にはその痕は残っていない」


 まるであの痛みが嘘だったかのように。夢でも見ていたと言われても、納得してしまうかもしれない。それほどに綺麗になっていた。


「人間では治らない怪我だった。それを治すため、俺は……菖蒲から妖力を貰ったんだ」

「え?」

「帰る手段がどういうものかは知らない。だが今の俺は現世に戻る資格がない。だから……お前たちとは一緒に居られない。ごめん……」


 卓也が藍の腕に触れる。冷たい手が藍の腕をなぞった。呆然とした様子の卓也に、藍はもう一度伝える。


「ごめん、卓也」

「……っんで、お前が」

「でも、俺はお前たちじゃなくて良かったって思ってる。残されるのが俺なら、まだ何とかなるから」

「そういう問題じゃない!」


 ガシっと強く腕を掴まれた。卓也の肩が震えているのがわかる。高校二年にしては小柄である卓也だが、それでも指に込められた力は強く、掴まれた腕は痛みを感じていた。振り払わなかったのは、それが卓也が精いっぱい伝えてくれている怒りだからだ。


「俺はお前と帰りたい……っ」

「ごめん」

「また学校でばかやって、昼飯を食べて体育館でバスケやって、そんで試験前にはお前にヤマを教えてもらって」

「卓也」

「……なんでだよ……」


 卓也はそのまま顔を伏せ、涙声のままに藍にしがみついた。




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