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第27話 異端審問官の襲来(レイナ視点)

 ロザリオが視界に入った途端。あたし達4人の間に衝撃が走る。ロザリオを普段から首からかけてる、そんなのは教会関係者くらいしかいない。


 ーーってことは処刑から逃亡してきたミモザを追ってきた敵、ってことだよね。


 そう考えた瞬時、無詠唱で身体強化魔法をかけて臨戦体制に入るあたしとエルザ。その殺気を感じ取ったのか。


「…動かない方がいいし、魔法での武装も解除すべき。もし動いたら、この罪人の首をこの場で締め殺さなくちゃいけなくなる。それはお互いにとって不幸」


 すぐそばにいたミモザの首に両腕を回すローブの少女。そしてじりじりと首を絞められたミモザの顔色は苦しそうに段々と赤くなる。そんな風にされるとあたし達も下手に手出しできない……。


 あたしは深呼吸する。それから今にもローブの少女に飛びかかろうと全身にかけていた身体強化魔法を解く。


「母さん、この状況でそれは流石に無防備すぎるんじゃ」


「いいからエルザも今かけてる攻撃系の魔法があったら解除して。じゃないと、ミモザがほんとに死んじゃう。あの人、きっと本気(マジ)だよ」


 あたしの耳打ちにエルザもしぶしぶ、と言った調子で何らかの魔法を解除する。それを確認してから。ミモザの首元の拘束が少し緩み、これまで苦しそうにしてたミモザの顔色が幾分かマシになる。


「ん。賢い選択」


「……あなたは一体何者? 何の用があってあたし達のところに来たの?」


 慎重に言葉を選びながら尋ねると、ローブの少女はあっさりと正体と目的を開示してくれる。


「私は教会最高位異端審問官の二―ニャ。ここにいる元大聖女の大罪人・ミモザを捕縛しに来た。大罪人は皆の前で見せしめとして処刑しなきゃ駄目。私達聖教の風紀と秩序維持のために」


「だからって……捕まったら処刑されちゃうってわかってるのに、大切な友達のことを売り渡せ」


 つい激高しかけたあたしは言いかけた科白を最後まで言えなかった。なぜなら異端審問官・二―ニャが再びミモザの首を絞めつける腕に力を入れて、ミモザが呻き声を漏らしたから。


「立場をわきまえた方がいい。この状況では人質を取ってる私が、完全に優位」


「……だとしてもやっぱり納得できません! ミモザちゃんが教会を追われたのってわたしの死を早めたからですよね? だとしたら、わたしはもうこんなに元気になりました! だから、もうミモザちゃんが背負う罪なんてどこにもないんです」


「そ、そうよ。そもそもリコッタ=エン=パトラリカは私の【万病毒殿】によって苦しんでたわけでしょ? そこのシスターなんて何もしてないに等しいじゃない」


 ママとエルザも必死に弁護してくれる。でも、無表情なローブの異端審問官の表情は一切動かなかった。


「実際に罪を犯したとか被害があったとか、重要なのはそこじゃない。聖職者が一度でも無垢な民を殺しかけたという事実が重要。そんな罪人を実害がなくなったからって赦すのは綱紀が緩むもと。信者への戒めのためにも、ミモザは殺されなければいけない。これは決定事項」


「そんなの絶対おかしいし、訳わかんないよ! そんなの、女の子が殺されていい理由になんて」


「もういいんです!」


 いつになく甲高いミモザの叫び声に臆して、あたしはつい口を噤んじゃう。異端審問官にがっつりと首元をフォールドされたミモザの目は、いつの間にか、エルザと戦う前のどこか生きること諦めたような、目に戻ってしまっていた。


「レイナさんもリコッタさんも、そしてエルザさんまで、そう言ってくれてありがとうございます。正直、すごく嬉しい、です。でも――やっぱり私が許されるなんて、最初から虫が良すぎる話だったんですよ。実害があったとか、そんなことは関係なくて、罪を犯した人間は罰を受けなくちゃいけない」


「だとしても罪と罰が見合ってない!」


「私は一般の聖職者の模範とならなくちゃいけない大聖女だったから、一般的な聖職者よりも罪が重いんです。それに罪を犯したら大聖女でさえも死刑に処される、という事実が教会の綱紀粛正のために必要なんですよ」


「そんなの教会の勝手じゃん! なんてミモザはそんな風に割り切れるの? どう考えたっておか」


「教会内には教会内のルールがあるんです!」


 ミモザに強い調子で言われて、あたしはまた言葉を失っちゃう。


「教会内のルールは、教会の外、ましてや教会も宗教もなくなった未来から来たレイナさん達の『常識』としては違うルールで回ってるんです。だからもう、部外者が口を出さないでください。私は教会の一員として、この処置を受け入れたんですから」


「そんな。ミモザちゃんは教会を抜け出したかったんじゃないの……」


 驚愕した表情で尋ねるママ。そんなママの言葉にもミモザは悲しそうに微笑んで言う。


「ははは、自分でもそう思ってたんですけどね。でも、物理的に逃げ出したくらいじゃ、私はそうそう『教会』の人間であることからは逃れられなかったみたいです。――だから異端審問官さん、私のことを然るべき場所まで連れて行ってください。罪を犯した元聖職者が刑を待つ場所へと」


 そこまで言われてしまうと、あたしも無理にミモザを止めることが正しいのかよくわからなくなってきちゃう。そんなミモザの反応を見て異端審問官は満足そうに小さくうなずく。


「ん。物わかりがいいのは大事」


術式発動(リアライズ)_昏睡(パラライズ)_対象選択(ターゲット)_pgp】_再現開始(リスターツ)


 昏睡魔法をかけた途端。異端審問官の腕の中でミモザはがくっ、と意識を失う。気を失ったミモザのことを、異端審問官はまるでミモザを荷物の様に乱雑に肩に担ぐ。


「当の本人も決定を受け入れている。ここからは部外者が口を出すべきことじゃない。逆に、邪魔をしなければ通常、異端審問官が一般人や陸冥卿に手を出す理由はない。ないけれど……」


 不意に異端審問官の鋭い視線がママの方に向く。


「リコッタ=エン=パトラリカ。【万病毒魔殿】によって覚醒前に命を落とすはずだったあなたが生きているのは教会にとって、世界にとって不都合。だから、厳密は越権行為だけど、ここで異端審問官の名の下に、あなたを排除する」


 そう言ったかと思うと。ミモザを肩に担いだ異端審問官の体はいつの間にかママの目の前にあった。その右手には銀色の短剣が握られていた。そんな異端審問官の凶行に魔法でのあらゆる戦闘用の強化を解除してしまっていああたしとエルザは反応が遅れる。


 ――間に合わない……!


 そう思った時だった。


「嬢ちゃん、ちょっと体借りるわよ」


概念強制定立(フォースアクト)_降霊(インストーラー)_種別選択(タイプ)_"異次元からの侵略騎士"_再定義開始(リディファイン)


 誰かの声と詠唱が同時に頭の中に浮かんできたかと思うと、次の瞬間にはあたしじゃない誰かがあたしの体を突き動かしてママと異端審問官の間に滑り込んだかと思うと、無詠唱で【別次元】から取り出した双剣で異端審問官の短剣を弾き飛ばす。


 そんなあたしの機動力と剣さばきにこれまで基本無表情だった異端審問官の顔に焦燥の色が出て、あたしから距離をとるように一歩後退する。


「想定外。その力は一体……?」


 ――そんなことこっちが聞きたいよ。あたし、剣なんてこれまで握ったことすらないはずなのに……今のあたしにはへんな記憶が流れ込んで剣の扱い方を知って(、、、)いる。


 あたし自身がそう戸惑っているうちに。


「この場でリコッタ=エン=パトラリカを仕留めることは困難だと判断。この場は最優先目標の確実な達成を優先し、戦術的撤退を決定」


術式略式発動(オミットアクト)_空間跳躍ディメンションラピッド


 異端審問官の少女はミモザを担いだまま、瞬間移動でどこかに行ってしまった。


 異端審問官が姿を消した途端。エルザとの戦闘でいい加減に疲労しきってた体がついに限界を迎えたみたい。極度の疲労感が襲ってきて意識が混濁する。


 ――あ、もう無理。


 そこで、あたしは意識を手放した。

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