パイロットとしての勘
オリバーの一件が終わったシルヴィアは更なる問題に直面している。
例の整備班からの苦情処理。
整備ハンガーに向かうと早速、男性の怒声がハンガーの外にまで聞こえた。
余りに大きい声で怒鳴る為、思わずシルヴィアは足を止めてしまう。
直接怒られてるみたいで心拍数が上がってしまうが、息を整え、ドラグーン隊の隊長としてハンガーに足を踏み入れた。
本当は入りたくないが。
「あなた達、いい加減にしな――ッ!?」
良い感じに啖呵を切ったつもりだったシルヴィアだったが、顔面に高速で何かが迫ってくる。
いくら反射神経に自信があっても避けられないと直感。
すると横から誰かが袖を引っ張り、間一髪でシルヴィアの顔を何かが高速で掠める。
「う、うそでしょ……」
重たい金属音。足元に転がるのはヴァンパイアの整備で使うモンキー工具。
更に引っ張った人物を見るとウォーカーが立っている。
「大尉、大丈夫ですか?」
いつもと変わらないウォーカーの口調に何故か心に引っ掛かる。
きっと世の女性なら心がときめく瞬間なのだろうが、すぐに現実に連れ戻された。
「どういうつもりだ、ウォーカーアームズ社!! 俺らの腕が信用出来ねってのか!?」
怒声の主はツナギ服の初老の整備士で、彼の後ろには何人もの整備士達が彼を加勢するように立っている。
対するようにスーツ姿の男性達が拳銃を初老の整備士に向け、彼らの後ろに白衣姿に眼鏡を掛けた男がラップトップを持っていた。
「何度も言っているでしょ。システムは精密機械なんです。ロートル整備士の出る幕はありませんよ」
「ろ、ロートルだと!? これでもお前がおしめをしてる時からヴァンパイアを扱っているんだ!!」
「それがロートルなんです。部品交換だけで済む第四世代ヴァンパイアと違い、〈アドミニストレータシステム〉は芸術作品。出撃ごとに綿密に調整が必要なんです」
「何が芸術作品だ! 出撃ごとに調整なんかいるシステムなんか兵器として信用出来るか!」
一触即発の戦争一歩前の両者。
シルヴィアもパイロットだから整備班の怖さはわかる。
彼らは一流のプロでもあり職人気質だからだ。
「レイ!! お前もウォーカーアームズ社に肩入れするのか!?」
初老の整備士がウォーカーに問い質すと、いつも通りに彼は冷静淡々と答える。
「俺はどっちの肩も持たない、ブレント整備長。強いていうなら詳しい奴に直してもらいたい」
「なんだと!? 散々お前が壊したのを要求通りに直したのに、ウォーカーアームズの肩を持つのか!!」
「そうは言ってない。俺がウォーカー家の人間でも、コイツらは動かせないし命令も出来ない。そうだろ?」
ウォーカーが白衣の男を見ながらいうと、彼は眼鏡を指先で直して頷く。
「その通りです。いくら彼がウォーカー家の者でも彼は本家に迎えいれられた養子。わたし達に命令出来るのはゲイリー・ウォーカー様のみです」
ゲイリー・ウォーカーが誰かそっと訊くとウォーカーは「義理の父です」と短く答えた。
「とにかく、〈センチュリオン〉は我々で整備します。あなた方は〈ヴァイパー〉の補修でもしたらどうですか? 同じロートル同士で仲良くできるでしょうから」
「ぐ、貴様!!」
ブレントが殴り掛かろうとしたが、直ぐに他の整備班連中に取り押さえられる。
「まずいですよ、班長!」
「そうです! メインベルトに手を出したら、まずいです!!」
屈強な整備士達でも押えるのが難しいくらいにブレントだったが、白衣の男が溜息混じりに一枚の用紙を付き出した。
「見ての通り統合参謀本部の命令書です。しかも基地司令官であるウォーカー准将の署名入りで、『〈センチュリオン〉の整備に当たってはウォーカーアームズ社に全権委任する』とね」
「ぐぬぬぬ!」
統合参謀本部と基地司令官であるウォーカー准将の署名入りとあっては手が出せない。
渋々引き下がる整備班。
そして何故か〈センチュリオン〉の格納庫から機密事項だからと言って、ウォーカーアームズ社以外の人間は追い出されてしまうかたちに。
分厚い鋼鉄の扉が閉められた瞬間、ブレントはウォーカーを睨み付け。
「レイ、何故味方しなかった!?」
「言っただろう。詳しい奴に直してもらいたいと。いざ戦闘で不具合が起きたら、前線の人間が苦労する。最悪、戦死するからな」
「そ、それはそうだが……」
正論を突き付けられて口ごもるブレント。
前線の兵士やヴァンパイアのパイロットが求めることの優先事項の一つに兵器の信頼性があるからだ。
過酷な環境下でも故障なく動き、また前線でも簡易補修できるメンテナンス性の良さ。
整備班のプライドで慣れない〈センチュリオン〉を整備させてもいいが、万が一にでも、それが原因で死ぬのは誰だって御免だろう。
「だからブレント整備長には〈ヴァイパー〉の補修に専念して欲しいと思ってる」
「は? お前、今さっき」
ウォーカーが何を言ってるのかわからないブレント。
「俺は〈センチュリオン〉を兵器として信用していないからだ。スペック的には〈ヴァイパー〉を上回るが、〈ヴァイパー〉に比べて装甲の重量増しで動きが鈍い。補う為にスラスター増設や、アドミニストレータシステムのバックアップを受けているお陰で駆動系に無理がかかっている。出撃の度に駆動系をオーバーホールしていたら敵にやられるし、訳のわかならい奴が整備した機体は尚更信用できないしな」
無口で無愛想に近いウォーカーがペラペラと饒舌に喋る姿に呆気に取られる整備班。
その光景に慌ててシルヴィアが割って入った。
「つまりウォーカー軍曹の言いたい事は、〈ヴァイパー〉の方が信用できるって事と、あの人達が整備した機体は信用出来ないって事ですよね!? ウォーカー軍曹」
「そうですが、なぜウィンチェスター大尉が訳すのです?」
その言葉に整備班から同時に『お前の言い方が紛らわしんだよ!!』。
◆◇◆
整備班と別れたウォーカーとシルヴィア。
ウォーカーの言葉に気分を良くしたのか、ブレントは直ぐに修理に取りかかると言ってくれた。
「ウォーカー軍曹、何で〈センチュリオン〉は信用出来ないんですか? 確かに駆動系に無理がかかってますが、アドミニストレータシステムを使えば例のヴァンパイアにだって対抗出来ます。現に軍曹は――」
「単純です。パイロットとしての勘です」
「勘!?」
質実剛健を取るウォーカーが、なんともあやふやな言葉。
「そうです。今だから言えますが、〈センチュリオン〉で戦闘中、自分が自分じゃない感じがしたのです」
「……」
慎重に言葉を選ぶシルヴィアにウォーカーは苦笑しながらいう。
「気にしないでください。ただ意識はあるのに、何か違うものの意識で身体が動いていた気がしただけです。だから勘なんですよ」
無言になるウォーカーとシルヴィアの頭上を輸送機一機と、その輸送機を護衛する形で海軍仕様の〈ヴァイパー〉が使う、補助飛行用のサブフライトベースユニットに二機づつの、計四機の海軍仕様〈ヴァイパー〉が着陸。
「どうして此処に海軍機が!?」
オセアニアに陸軍は介入していないし、まして海軍なら尚更だ。
戸惑うシルヴィアに答えを持つ人物が車で迎えに現れた。
シルヴィアの親友でもある、リーナ・パークス大尉。
「海軍と作戦会議だよ、シルヴィ! 例のヴァンパイアの事が分かるかも知れない!!」




