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狭間に揺らめく無力な花たち

 どこで選択を間違ったのか、今でもわたしにはわからない。

 でも今にして思えば、あのとき彼女の言葉を信じたわたしは愚かだったのだろう。

 人が人を信じるのは本当に難しいと、深く消えない傷痕を、あの子はわたしの心に刻んだからだ。


 シルヴィア・ウィンチェスター大尉 回想録抜粋


 ◆◇◆


 たぶんわたしの選択は最初から間違っていたのだろう。

 けど仕方がない。それしか選択が出来なかったのだ。

 この腐った世界で生きていくには余りにわたし達は無力なのだから。

 恐らく彼女は軽蔑するだろ……いや、顔も見たくないと思う。

 わたしだったらそうだからだ。

 でもわたしという存在が消えてでもわかって欲しい。

 わたしの行いは、あなた達を守ること。

 あなただけを守りたいし、わたしは家族だけを守りたい。

 その為だったら、わたしは喜んで地獄に堕ちて悪魔と契約する。


 ある国家反逆者より押収した手記抜粋


 ◆◇◆


 マジックミラーの向こう側にいるオリバーと尋問官。

 シルヴィアが声をあげる前に水責め尋問が始まってしまう。

 厚手のタオルを顔に被せられたオリバーに降り注ぐ大量の水。

 目の前が真っ暗で鼻や口からも呼吸出来ない拷問はさながら溺死していく感覚が襲う。


「リーナ、今すぐ止めなさい! 彼は敵性戦闘員ではないのよ!!」


 シルヴィアに叫びにリーナは一瞥し、視線をオリバーに戻す。


「敵性戦闘員かどうかは決めるのは上層部よ、大尉。それにアステロイドが寝返る場合もある。奴らは金次第で仲間だって売るんだから」


 冷たくも現実をいうリーナ。

 今、目の前にいるリーナの言葉にシルヴィアは苦悶する。

 自分の目の前にいるリーナは親友なのか、それとも親を殺され、ただ自分の苦痛を晴らす復讐を果たしたい人間なのかを。


『どう、アステロイドは吐きそう?』


 マイクに語りかけるリーナに尋問管は首を振る。


『わかったわ。次のステージに上げて吐かせる』


 そう言ってリーナはラップトップを持ち、オリバーの元に向かう。

 倒れたオリバーを戻して机の前に座らせる。

 シルヴィアはリーナの後ろから隙を見て入り、オリバーにかけよった。


「大丈夫ですか!?」

「……悪いけど、隊長の親友は頭イカれてるよ。付き合う友達は選んだ方が――ッ!?」


 減らず口をいうオリバーに尋問管の鉄拳が飛ぶ。

 オリバーの口から飛び散る血。

 再び殴ろうとした尋問管をシルヴィアが睨む。

 すると覇気に気取られたのか、尋問管が怯んでしまう。

 その光景にリーナはウィンチェスターの血筋が成せる業かと感心。

 引き下がる尋問管をよそに、リーナはラップトップの画面をオリバーに見せる。


「今は便利な時代よね、アステロイドベルト。情報通信によって離れていても任務がこなせるんだから」


 シルヴィアはラップトップの画面を見ても意味がわからなかったが、オリバーの顔がみるみる内に青ざめていく。

 画面には郊外の住宅密集地が映り、それは無人機による赤外線映像。

 建物のヤレ具合からいってアステロイドベルトの住宅地なのは明白。


「さぁ、言わないとアンタの家族が死ぬわよ」

「ふざけるな! 家族は関係ないだろ!!」


 リーナとオリバーの言葉に気づかされる。

 彼女は吐かないと無人機のミサイルで家族を殺すと脅しているのだ。


「リーナ! こんな事は止めなさい!! 彼は敵性戦闘員ではないわ! まして家族を人質に取るのが軍人のやることなの!?」

「国家や仲間を守るなら、わたしはなんだってやる!」

「あなたのいう仲間にアステロイドベルトは入っているの!?」


 シルヴィアの言葉にリーナは口を閉ざす。

 そう。彼女の仲間は同じメインベルトのみで、センターベルトやアステロイドベルトは仲間ではないと暗に当てられたからだ。


「愛国者法の権限により、疑いある者には尋問する権利が大統領から与えられている。まして軍に対する機密情報漏洩なら尚更よ」

「いつから此処はグアンタナモ基地になったのよ。それに愛国者法による尋問と活動は司法長官に捜査権限が与えられた組織のみに適用と書いてある。わたし達のような軍人は適用外と大統領は重ねて署名したわ」


 一歩も引き下がらないシルヴィアとリーナ。

 互いに見つめ合いながら見えない駆け引きをする。

 暫く間を起き、リーナはラップトップの画面にいう。


「操縦士、監視対象はいる?」

『はい。女性が家に向かって歩いています。数秒後に監視対象は家の中に入り、監視対象数が不的確に』

「わかった……最終安全装置を解除しなさい」

了解(コピー)最終安全装置解除(マスターアームオン)


 一言も喋らないオリバーにリーナはそっと囁く。

 まるで悪魔が取引を持ち掛けるように妖艶染みて。


「言いなさい。仲間に機密情報を漏らしたんでしょ」

「違うって言ってるだろ! 僕は機密情報なんて漏らしていないし、拷問されてる時だって喋ってなかった!!」

「嘘いわないで! メインベルトのわたし達に復讐したいんでしょ!?」

「嘘は言ってない! 隊長からも言ってよ!!」


 縋るように叫びながらシルヴィアを見る。

 オリバーの表情を見て、シルヴィアは確信しながら友の凶行を阻む。


「彼は嘘を言ってないわ! 今すぐ無人機を引上げて!!」

「ダメよ! コイツは嘘をついているわ!」

「リーナ、お願いだがらやめて!!」


 親友に懇願するシルヴィアにリーナはうつむき表情が見えない。

 時が無為に進み、無人機の操縦士から命令を待つ声が響く。


「シルヴィには叶わないな」


 顔を上げていうリーナの表情を微笑みが見え、シルヴィアは安堵したのも束の間、非常な言葉をリーナはいう。


「ヘルファイアミサイルを撃ちなさい」

了解(コピー)


 一発の白い軌跡が赤外線映像に映しだされる。

 神話の世界に住む神が放つ矢の如く、白い軌跡の矢は一直線に住宅に命中。

 爆散する外壁の破片は、まるで花弁が咲くみたいに離散し、声が出ないオリバーにシルヴィア。

 そんな二人に無人機から淡々と状況報告が入る。


『命中。ただし目標が家屋に入ってからの着弾の為、地上部隊による確認が必要と認む』

「必要なし。第二目標に向かいなさい」

了解(コピー)


 茫然とするオリバーにリーナは再び悪魔の囁きを。


「早く話さないと、アンタの親類縁者を一人一人殺していくわよ」


 その言葉にシルヴィアはリーナに向けて感情が爆発し、彼女の胸ぐらを掴みながら勢い余って壁にぶつけた。


「リーナ……あなたの家族に起こった事は同情するわ。残された幼い弟さんの面倒を見ながら、士官学校を次席で卒業するには、わたしには分からない苦労や葛藤があったはず。それにお父さんの会社をいきなり継いだのもだってそう。けど……あなたは越えてはいけない一線を越えたのよ!!」


 気迫に迫るシルヴィアにリーナは冷たく見るだけで目を反らして何か呟く。

 リーナが何を呟いているのが聞き取れていれば、シルヴィアは後になって後悔はしなかっただろう。

 だが運命は無情にも選択を取らせない。


「シルヴィ……全部ヤラセだよ」

「ヤラセ?」


 訳が分からないシルヴィアにリーナはラップトップを見ていう。


「あのラップトップに映っているのは実際の映像に、ヘルファイアミサイルの映像を合成したやつ」

「合成……じゃあ!?」

「そう。生きてるし、無人機の操縦士にも協力してもらったの。流石にわたしも無実の人間を殺すほど堕ちていないから」


 今まで見たことないシルヴィアの怒りを滲ませていた表情が、徐々に安堵を滲ませる表情に変わっていく。


「よかった……本当によかった。わたし、てっきり……」

「てっきり、わたしが無慈悲にも殺したっていうの? 酷いわね、シルヴィ」


 オリバーの拘束を解くリーナにシルヴィア泣きながら謝った。


「だいたいコイツの反応を見てれば、機密情報を漏らしていないのは分かるから。シルヴィったら本気になりすぎ」

「だってリーナの演技が上手すぎるから」

「情報部将校なら当たり前よ。時には敵以外に味方をも騙さないといけないんだから」


 無事にオリバーは解放されると流石に堪えたのか、顔に疲労の後が見えた為に、外で待機していたマリアとギデオンに預けて終わったと思った。

 そう思いたかったシルヴィア。

 だが世界は彼女の願いと願望を裏切って苦しめる出来事が後に起こる。

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