決意が道を切り開く
シッパーテロ前線の後方の中継基地についたロッキーマスドールズは司令部のワイズ司令官とシッコシカ軍令部総長にその功績を讃えられ、フロントは少佐から中佐へと昇級した。
その後兵卒のエロイスたちはシッパーテロ前線に送り込まれる準備をしていた。
フロント中佐は早速ワイズ司令官と二人っきりで地形の確認をしていた。
「いいか、まず説明するぜ。
私たちがいるのはこの中継基地だ、つまり後方基地、食料や軍備はランヘルドから送られてくるから兵站に憂う必要はない。
この兵站線の北がテニーニャの長い長い塹壕、つまり前線だ、そしてその先にが死のゾーン。
そこを超えるとロディーヤの長い長い塹壕、そして北西の山の山頂がかつてのアッジ要塞だ。
さっき死のゾーンといったな、そこが最も悲惨だ。
砲撃を撃ち合ったことで湿原の草花は死滅し、汚泥がむき出しになっている。
一帯は泥濘と満水の砲弾孔で覆い尽くされ、危険と判断された地帯には泥の上に通行用の板が渡されているが、足を滑らせて砲弾孔にでも落ちればそのまま溺死する。
行方不明の兵士は大抵ここに落ちて静かに死んでいった。
辺りの樹木は葉も枝も吹き飛ばされて幹のみとなっている、まさに世紀末、見たことないだろ?世界の終わりと言われても信じるぜ私は」
そのおびただしい言葉の羅列に思わず中佐が疑い返してしまう。
「そんなに悲惨なのか…?」
「当たり前だ、アッジ要塞陥落後、長い塹壕の中でこの湿原が一番弱いと踏んだロディーヤが攻めるため張り合うように塹壕を掘ったことでシッパーテロが主戦場となったんだ、その後も殆ど動きがない」
「要塞陥落が確か十一月三十日だったか、それからずっと膠着状態?」
「そのとおり、殆ど前線が左右することなく負傷者が増えるばかり、想像以上の激戦だ」
「そんなところにエロイスたちを…」
中佐は地理が描かれた地図を見つめて頭を垂れる。
「仕方がない、時代が時代だ。
地形を確認したところで軍令部総長に作戦を立案してもらおう」
エロイスたちは外で建物の外壁に背を預けて休息を取っていた。
寒空をぼうっと眺めていると急に慌ただしくなってきた。
兵士たちが列をなしてやってくる輸送車を誘導していく。
やってきた車両を見ても何がそんなに慌てる必要があるのかと思ったが、輸送車の荷台の中が見えると目を見開いた。
「…っ!あれって…!」
その荷台にはホイゾンブルーの軍服が真っ赤に染まった兵士たちが川の字に並んでいた。
少女も青年も関係なく積まれた輸送車が次々と野戦病院のそばに駐車していった。
その現実離れした光景に愕然とする。
負傷兵たちの性別のわからないくらいの低いうめき声が嫌でも耳に入ってくる。
悪夢を見ているようなうめき声はしばし楽観的になっていたエロイスたちの筋肉に力を入れさせた。
「あれが…前線帰りの兵士たち…」
「地獄を見てきたんだ、あの目で。
いずれウチらも…」
戦場での光景を想像して全員の顔が険しくなる。
行き交う弾丸、脚を飲み込む泥濘、香り立つ硝煙と血煙。
それは確実に今までの常識を覆す隔離された別世界に違いない。
そんなことを思っているエロイスたちをよそにシッコシカ軍令部総長とワイズ司令官とフロント中佐が部屋の一室で作戦を立てていた。
「まず配備した千門の野戦砲で準備砲撃を行い、鉄条網や機関銃陣地を破壊、これを三日間行う。
毒ガス弾を混ぜた短時間の強烈な砲撃も同時にな。
毒ガスは比重が空気より重いため、塹壕や地下壕の底に溜まり、歩兵に被害を与えることができる
この砲撃は風向きがロディーヤに向いた瞬間に見計らってからの決行だ」
「毒ガスか、中佐のお陰だぜ、このためにみんな待っていたんだ」
ワイズが中佐に肩を組む。
「馴れ馴れしいな、だがその後はどうするんだ?砲撃で終わりでは無いのだろう」
「そうだな、この毒の霧の中突撃する」
それを聞いて中佐が思わずえっと声を出してしまった。
「まさか…そんなことしたらロディーヤ兵と同じ運命を辿ってしまう」
だが軍令部総長はニヤッと口元を緩めた。
「安心してくれ、ガスマスクを既に前線に配備してある、号令と共に装着する訓練を日夜行っている、ガスが戦場で使われることを見越して作られたゴム製の面体の直結式のガスマスクだ」
その説明を聞いた中佐はなるほどと頷く。
「その霧の中ガスマスクを着けた突撃隊が塹壕全体から散兵線の前進ではなく、分隊規模の突撃隊による奇襲突撃を行う。
攻撃間、敵を制圧するため支援兵器、主に機関銃、歩兵砲、迫撃砲、間接射撃野戦砲を用いて突撃隊を支援する」
「突撃隊?」
中佐の質問に司令官のワイズが補足する。
「短機関銃と柄付き手榴弾を装備した三、四名からなる突撃分隊のことだぜ。
奇襲により敵至近距離での白兵戦、浸透戦術を敢行する。
後方から敵陣に牽制射撃を加えながら突撃歩兵が敵陣まで疾走して肉薄するから無闇な捨て身じゃないんだぜ」
「そうか、本気なんだな。
この一戦に全てをかけているような、そんな気概をヒシヒシと五臓六腑に悪寒として感じる」
「そのとおり、もはやこれ以上あの前線に金をかけている暇はないということ、そろそろ本格的に終わらせないと国民も怒り心頭に発する。
いや、もう少し遅いか」
「遅い?」
「知っていると思うけど最近の大空襲で国民たちが休戦を求めて会議堂前に毎日集結している、大大統領がその憤りを抑えるためにもここで戦果を挙げねばならないんだ」
文字通り一戦に全てを賭けている。
ここで勝たねば勝利はない、そんな思いが軍令部総長の目からヒシヒシと伝わってきた。
「大まかな作戦はこうだぜフロント中佐、それで今、その突撃隊を志願しているんだがなかなか集まってくれない、どうだ?一つ協力してくれないか、あのロッキーマスドールズの子たちを突撃隊に任命してくれ。
あの子たちは勇気もあるし知名度もある、きっと突撃隊になってくれればみんなも追従して志願してくれるようになる、なぁどうだ?先陣を切って栄光を掴み取ろうぜ?フロント中佐」
ワイズが馴れ馴れしく中佐の身体を手で舐めるように弄ってくる。
その卑しい視線に少し眉を潜めた中佐が尋ねた。
「…それで志願してくれなかったら?」
「無論、否応なしに突き進ましてやる」
司令官が突然真顔になり、中佐の顔を見上げるように高圧的な目で凝縮した。
「…拒否はできないんだな」
その言葉を聞くと再びおどけた表情に戻ったワイズが頷く。
「そういうことだぜ、私から言っても聞いてくれないだろうからな」
「わかった、こうなることも覚悟の上だ、伝えてくる」
くるりと身を返して部屋の扉へと向かう中佐が軍令部総長が呼び止めた。
「信じている、フロント君」
「…任せてください」
それ以上は何も言わずただ扉を開けて退出する中佐を二人で見送るだけだった。
「ちゃんと言ってくれますかね、中佐」
「さぁ?僕にはわからないな。
だが兵士に強制はしたくない、望むのは自主的な自殺だ、無理に勧めると後が怖い」
中佐は司令部から外に出てくると、付近で立ち尽くしていたエロイスたちへと近づく。
「…どうした、何を見ている」
「あっ、少佐、あれです。
あの負傷兵たち、何かあったんですか?」
「さぁ、わからないな。
だが銃撃による負傷を見る限りはおそらく戦闘になったんじゃないのか」
そしていよいよ中佐が話を切り出した。
「なぁみんな、よく聞いてくれ。
今さっき作戦を司令官と軍令部総長で話し合ったんだ、その結果、三日間による準備砲撃のあと敵塹壕へ向かって肉薄するための部隊が必要になったんだ、三から四名の突撃隊だ。
その砲撃の中には毒ガス弾も混ざっている、そんな中ガスマスクをつけて弾幕を掻い潜ってロディーヤの元へ行く部隊だ」
その説明を聞いて四人は震え上がる。
そんな恐ろしい死のゾーンをかけぬけるなんて聞くだけでも身の毛がよだった。
「安心してくれ、牽制射撃を行いながらだ、当然後方支援する。
そして今その突撃隊の志願が少なく、作戦を決行に至っていないんだ、そこで…」
中佐の言葉を遮るようにしてエロイスが喋った。
「行きます、私が志願します。
突撃します、吶喊します、特攻します。
やらせてください、やります、私がやります」
その言葉に全員が固まる。
まさかエロイスが自ら志願するなど想定外だった。
「えっ…エロイスっ!よく考えて!掃射の中突っ込んでいくんだよ!無理に決まってるっ!」
リグニンが必死に説得する。
「そ、そうなんよ…無謀なんね、いくら犠牲が必要といえど、エロイスが行くことないんね」
「うんうん…すっ…素直に言おうよ…嫌だって…」
他の二人も止めようとするがエロイスの目つきは決意に溢れていた。
意志を曲げようとする気配は微塵もなかった。
「その突撃隊がいなければ戦局は変わらないんですよね、ならやります。
これ以上ロディーヤの侵攻を許さないためにも」
エロイスの回答に思わず中佐はうろたえてしまう。
「いいのか、生還できる保証はないぞ、家に帰れないかもしれない」
「いいんです、ここで私が銃を持たなければ、いよいよ両親まで銃を持つことになるかもしれない、それは嫌です」
「エロイス…」
そんなエロイスのたくましい背中を見て思わずリグニンが抱きついた。
「強いね…エロイス…戦争に参加したての頃はあんなにベソかいていたのに…いつの間にか追い越されちゃった…行くよ…ウチも行く…ウチも突撃隊に志願する…小さい頃からずうっと一緒だった。
草原を走り回って勉強して、街で劇を見てパンを食べて…やだ…ウチ…まるで死ぬ前みたい…エロイスとの思い出がふつふつと湧いてくる…行こう。
最後までウチもエロイスと同じ土俵で戦おう」
抱きついたままエロイスの耳元でそう囁いた。
「そ…そうなんね…まだ死ぬって決まったわけじゃないんね…大事なのはちょっとの勇気と大勢の仲間なんよ、二人だけにはできないんね、私も行くよ」
エッジも志願する旨を告げた。
エロイスとリグニンはそれを歓迎するように聞き入れる。
残されたドレミーはその状況に狼狽える。
「ええ…みんな行くの…なんで…死ぬかもしれないのに…」
するとエロイスはドレミーに歩み寄って身体を抱き寄せた。
「ちょっ…えっ…エロイス…っ!」
「いいんだよ、ついてなくて。
でも私たちは決意した、最初は私もドレミーみたいに怖かった、機関銃の音、布を裂くような悲鳴、鼻腔をくすぐる硝煙と血煙。
でも、慣れちゃった、怖いよね、慣れるんだもん、あんな五感全てを侵す地獄に。
今でも少し怖い、だけどやらなきゃいけない。
あの地獄は怖いけど、国が友達が家族が私の前から居なくなることが一番怖いってことに気づいたの。
だから戦う、私頑張る。
みんなを、そしてドレミーも守るためにっ」
エロイスが満面の笑みをドレミーに向けた。
その笑顔に一点の曇りもない、何か強い信念を持った人間だけができる表情だ。
「…っ!!…行くよ…私だって…ドレミーだって行くよ…始めてドレミーの事理解してくれた友達だもん…友達が困っていたら助ける、そんな当たり前のこと誰だってする…私だってそうする…っ!」
ドレミーの泣き腫らした目元に水晶の様な大粒の涙が溢れ出る。
四人は突撃隊に志願することを決意したのだ。
中佐はそれを喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない、複雑な表情で見守っていた。




