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暗転するドラマツルギー

アッジ要塞を陥落させたロディーヤ軍、だがエロイスとリグニンのとっさの判断によりシルバーテンペストやより中にいたロディーヤ兵を要塞ごと爆撃はするという暴挙に出た。

すきが生まれたテニーニャ残兵は後方へと逃げ出せた。

エロイスとリグニンも少尉に見逃され、撤退した。

だが戦意も生きる意味も失ったと感じたレイパスは一人、湖へと消えた。

少尉は山を下り、麓においてきたリリスを迎えに行っていた。


しかし迎えに行ってもリリスの姿が見えないことに少尉の胸が少しざわめき始めていた。


「…?留守してた奴らが回収してくれたのか?でもそんなこと伝えてないしな…」


少尉は大声でリリスの名前を呼ぶも返事が一向に帰ってこないことに不安を抱き始めた。


「どこだリリス…隠れたって無駄だぞ!出てこい!」



そんな少尉の声は届くはずもなかった。


リリスはみんなと合流すべく、勝手に山頂を目指していたのだ。

様態も良くなり、大丈夫だと過信してしまった結果、遭難してしまい体力が尽きて倒れ込んでしまっていた。



「足が…もう…動かない…早く…みんなのもとへ行かなきゃ…」


リリスがなんとか這いながら移動するも、もはや体力の限界だった。

とうとう一歩も動けなくなるほどまでに衰弱してしまった。


「…み…水…水が…ほしい…」


泥だらけになりうつ伏せになったリリスにざわざわと何かが近づいてくる。

茂みを揺らしながら段々やってくるなにかをリリスはただただ待っているしかなかった。


「エルちゃん…」



茂みから出てきたのは皮の紐を加えた灰色の狼だった。

その口にはベコベコに凹んだ水筒が紐に引きずられていた。

 

リリスはそれをみてはっと思いだす。


「前のトイレのときの…」 


それはリリスが道中、用を足しに森の中に入ったときに水筒を奪っていった狼だった。

しかもその狼の後ろには小さな狼が三匹もいた。 


「親だったんだね…」

 

その狼はリリスのそばによると顔を舐め始めた。


唾液で濡れた鋭い牙が今にも噛みつかんとばかりの距離まであったが、敵意がある様子はない。

 

リリスも答えるように狼の首元をわしゃわしゃする。


「いいこいいこ…ありがとう…」


狼はリリスのそばに凹みまくった水筒を返すとそのまま子供を連れて尻尾を向けて盛りへと帰っていった。


「わざわざ返しに来てくれたんだね…」


リリスが水筒の蓋をひねるとそこには奪われたときから変わっていない水量が残っていた。


リリスは水筒の口にむしゃぶりつくように水を補給する。

暖かく美味しいとは言えなかったが、一応真水が飲めるのはこれとない機会だ。


リリスはその欲求のまま全ての水を飲み干し、しばらくうつ伏せのまま休んだあと、ゆっくりと立ち上がった。


軍服は泥で汚れて、リリスの白い顔も茶色い土や泥で汚れていたがそんなこと、かまっていられなかった。


リリスはノロノロと木を伝うように歩きみんなを探す。


「はァ…はァ……はァ…………疲れた……」


変わらない景色の中でリリスはなんとか諦めずに足を踏ん張って歩く。


すると。


「……ッースっ!!リリーーッースっ!どこだぁーーっ!!」


その声に聞き覚えがあった。

間違いない、少尉の声だった。


「…っ!?エルちゃん…!ここだよーーっ!!リリスはここーーーっ!!」 


すると遠くから駆け足でやってくる人影が見えた。

時々地面に足を取られつつ、リリスへと駆け寄ってくる少尉だ。


「少っ…」

「リリスっ!!!」


少尉が勢いよくリリスへと抱きつく。

その力はリリスを少し苦しめるほどの強さだった。


「少尉…少し苦しいです…!」

「ドジ間抜けアンポンタンっ!あれだけ動くなっていったのに…っ!」


少尉の声は震えている。

嬉しさと部下を叱る責任とでぐちゃぐちゃになっていた。


リリスに抱きついたまま離れない少尉の背中を優しく擦る。


「心配をかけて申し訳ございません…少尉の軍令を守れなかった私は軍人失格です…憧れていた軍人にはなれませんでした…」


少尉はようやく抱きつくのをやめ、リリスの顔をまじまじと見つめていった。


「ああ…そうだな…お前みたいな人間は国が欲することはないだろうな…だが…

私は違うっ!リリスっ!そばにいろ…っ!ずうっとそばにいろっ!軍令じゃない…っ!私の願いだっ!リリス・サニーランドっ!この私のそばにずうっといろっ!」


ルナッカーはそういってリリスの胸に額を押し付けて泣いてしまった。

少尉としてではなく、個人のエル・ルナッカーとしての願いが思わず漏れ出てしまったのだ。


リリスもその想いが胸に染みて視界が潤うのだった。




アッジ要塞が陥落したとの報を受け、ロディーヤの首都チェニロバーンは熱狂の渦の中にあった。

国民はそれを指揮した参謀総長のハッケルを英雄だと声高に叫んで街を練り歩いていた。


だが参謀総長本人は陥落より少尉たちの方に気が行っていた。


「…ルミノス、ルナッカー少尉たちの動向はどうだ?」

「は、はい…未だに報告はないですね…ただ、テニーニャのものと思われる複葉機がロディーヤ兵もろともに要塞を潰したと入ってきたものですから…もしかしたらその中にいたりして…」

「まぁここまでは予定調和だな、あいつは生きだけはいいからな、多分無事だろう。

さて…」


参謀総長はルミノスに次の作戦を指揮する。


「ここからだぞ腰の入れどころは。

『第一次渇望の夜作戦』の準備をしろ」


その作戦名を聞いたルミノスは。


「ええ…っ!?アレですか…あれは国民からも兵士からも反感を買う可能性があるものですが…」


参謀総長は指を組んで机に肘をつき、淡々とルミノスを説得する。


「なに、買った反感は皇帝に転売すればいい、それに私達が苦しむことはない、安心したまえ」

「はぁ…」


ルミノスは心配そうに返事をしたあと、自分の総括している組織、『白の裁判所』の兵士たちに作戦の準備に取り掛かるよう伝えに部屋を出ていく。


「さぁ、いよいよ地獄だな、食うか食われるか、弱肉強食の世界が戻ってくる。

奴らを原始生物に戻してやれ」




一方のテニーニャの首都ボルタージュの会議堂ではダイカス大統領が秘書の報告に慌てていた。

食べていた飯も吐き出す勢いで。


「アッジ要塞が陥落っ!?ななななななにを言っているんだ…エイプリルフールはまだ先だぞ…」

「はい…現地の兵士のとっさの機転で要塞を破壊することはできたのですが、事実上の陥落です」


秘書の言葉に大統領は錯乱する。


「陰謀だっ!我々はあのテニーニャだぞっ!ここのところ侵攻されてから連戦連敗じゃないかっ!ありえないっ!ありえないぞぉーーーっ!!!

これは国内ロディーヤ人の陰謀だっ!誰かが情報をロディーヤに流しているんだっ!そのうち技術も文化も取られるぞっ!さっさとどうにかしろぉーーーっ!!!!」

「そうは言われても…」


散々暴れまわったあと、大統領はある一人の人物を思い出す。


「そうだっ!あいつだ!あいつを呼べ!」

「あいつ…?」

「そうだっ!名前は忘れたが、あいつだ!あの穢れ野郎っ!」

「ああ…あの人ですか」


そのあだ名で秘書の脳裏にも一人の人物が浮かび上がる。


「汚れ仕事を平然とやってのけ次々とのし上がっていった女、収容所の働けるロディーヤ人を雇用するための組織化、そして事業拡大に成功、戦争に必要な物資を生産。

ロディーヤ人の遺品を加工場に回し、軍需の稼働率を上げた収容所の総監督…そして。


移動処刑部隊『人間たちの音楽隊』の総指揮官」



「思い出した…名前は…

冷血なる吸血鬼、アボリガ・グラーファル」


「お呼びですか、ダイカス大統領」


いつの間にか部屋の中にいたのは雰囲気のまるで違う異世界から来たような異物感のある人間だった。


「おお…秘書はもう出ていっていいぞ」

「は、はい…」 


秘書も大統領の命令というよりその人物の威圧感に負けてて出ていったような感じだ。


そして大統領とその人物ふたりきりになる。


(あいも変わらずすごい威圧感だな…正直この手の部隊には関わりたくないが…)


「よく来た、グラーファルところでお前に頼みがある」


その人物はハイライトのない黒目に薄いピンクに白のメッシュのウルフカット。

処刑部隊のために特注した真っ黒なオーバーコートの前ボタンは一列3つ。

黒マントを常に羽織っている。


黒い制帽に金の顎紐、処刑部隊の記章の金の薔薇凡人には絶対に出せない忌々しいオーラが部屋を埋める。


「お前に都内のロディーヤ人を掃討してもらいたい、できるか…?」

「私は処刑部隊の中佐だぞ、一体何人殺したと思っている、指示が半世紀ほど遅いぞ」


その物言いにすっかり大統領もすっかり怖気づいてしまっている。


「すっ、済まない…できるなら自由にやってもらって構わない…」

「では早速、明日からでも」


そう言うとスタスタとマントをはためかしながら部屋をあとにした。


「ふぅ…相変わらず怖い…思わず冷や汗をかいてしまった…しかし…あの無法者の集まりをよく束ねたものだ…味方で良かった…」




アボリガ・グラーファル中佐


その名前を軍内で知らないものはいない。


彼女は貧相なスラム街で育ち、一家を養うために軍に入隊、暗殺や死体処理など誰もやりたがらない仕事を平然とやってのけ、三年で無職から中佐にまで上り詰めた。


移動処刑部隊の『人間たちの音楽隊』はグラーファルが厳選した犯罪者の集めて指導して作り上げたもの。


彼女の特徴である長い犬歯とその残虐な性格から、冷血の吸血鬼とあだ名された。


彼女の要望で特注した真っ黒な軍服は一目置かれるものとなったと同時に誰も逆らえない恐怖の対象となった。



「さぁ炙り出そうか、生きるに値しないれっとうじんしゅを」


グラーファルは『人間たちの音楽隊』を率いて首都へと繰り出した。


遂に大規模なジェノサイドの風が吹き荒れ始めるのであった。

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