彼女は踊る、されど知られず
ロディーヤの快進撃によりわずか一日で陥落したアッジ要塞、要塞のテニーニャ兵は外に出され、占拠したロディーヤ兵が要塞を物色していた。
そんな節、麓においてきたリリスを回収させようと指示しようと向かうも、リグニンに頭部を殴られ部屋へと引きずり込まれてしまった少尉。
リグニンとエロイスはなんとか少尉を説得して逃してもらおうと無理矢理引き込んだのだった。
そして起きた少尉が何らかの重要な情報と引き換えに逃亡を容認すると言った。
要塞の密室の中で、少尉はエロイスとリグニンに逃亡に値する情報の交換を要求していた。
「なにかないのか?ないならここでお前らを射殺するが」
「いや…!待ってください…!ありますありますっ!」
エロイスが必死に出せそうな情報を探す。
少尉は二人の表情を見つめたまま動かない。
「早くしてくれないか、俺の部下が麓で待っているんだ」
リグニンが渋々情報を話し始めた。
「昨日の昼過ぎ頃、銀色の複葉機が飛んでこなかった?」
「複葉機?あぁ見たさ、すましたフォルムにカスみてぇなやつが載っている機体だろ?お前のとことやつか?」
「そう、ロディーヤ兵の隊列らしきものを見つけて爆弾を落とした…」
「やっぱりあれお前たちのものだったのか、いつの間にあんなものを…よくも部下を殺していってくれたな」
「それは…」
少尉がしばらく恨めしそうな目つきで睨んだが、過去のことを振り返っても無駄だとわかると再度質問をする。
「…んで?まさかそれが情報だなんて言うんじゃないだろうな?そんなの俺でも予想できるが」
「情報はここからよ」
そしてエロイスは壁につけられている電話に手をかけた。
「電話…?」
「あなたを連れてくる前に連絡しておいた。
『要塞は占領された、同志は野外に出されて安全だ、ロディーヤは中にたかっている、要塞ごと爆撃し奴らを圧し殺すよう要請するとフロント少佐へ伝えてください』ってな。
あとはあの人が高官に事情を説明して出してくれると思う…我がテニーニャの結晶…
シルバーテンペストを」
山の峰から銀色に輝く機体、シルバーテンペストが風をまとって現れた。
その機体の中にはエンジンの修理が終わって再び飛行しているフロント少佐もいた。
その銀色の英雄の登場にテニーニャ兵は喚起する。
そして要塞めがけて梱包爆薬を投げ落としていく。
「っ!?なんだ…っ!?」
「情報は吐きました…これでおさらばです…」
「待てっ!そんな後出しの情報で納得できるとでも思うのかっ!?」
エロイスの胸ぐらに掴みかかる少尉の手をそっと抑える。
「早く逃げないとウチもあんたも死ぬ、部下が待っているんでしょ?」
「…クソっ…」
少尉が腕を振り払うとそのまま二人を外に出した。
その後をつけるように脱出する。
コンクリートでできた要塞も相次ぐ爆撃には耐えられなかった。
次第にヒビが入って、崩れ出した破片が中にいるロディーヤ兵の頭上へ降り注ぐ。
コンクリート片は進駐していたロディーヤ兵の胴体をぐちゃぐちゃに圧し潰した。
灰色の味気ない建物が鮮やかな赤で彩られ、テニーニャ兵たちは歓喜しながらドサクサに紛れて撤退していく。
それを止めようとした野外のロディーヤ兵もすきをつかれて銃撃される。
残兵五千人のテニーニャ兵はあっという間に山を下って姿を消していった。
十万人いたロディーヤ兵も全員が全員、山頂にいたわけではなく、占拠した山を探索したり、兵器を鹵獲していたりしていたので、山頂で要塞を探索していた一万人のロディーヤ兵が現時点で危険にさらされているのだ。
爆撃は止むことなく、ロディーヤ兵の四肢を爆散して、それをあざ笑うように上空を旋回する。
まるで追い込まれたネズミをもてあそぶ猫のように。
「ここにいたら危ないっ!早く患者を連れて逃げろっ!」
医療室にいた軍医の言葉通りに、兵士は負傷した患者を背負って脱出しようとする。
メリーもまだ完治していないベルヘンを背負う。
応急処置でなんとか傷は塞いだが、安静にいておかねばならない。
包帯で巻かれた喉の傷が開かぬようゆっくり抱きかかえて医療室を出る。
瓦礫で形をとどめていない通路を抜け、外へと向かう。
すると近い頭上で鼓膜を破くような爆音が響く。
と、同時に天井の瓦礫が崩れ、前を歩いていた兵士と患者もろとも押しつぶされた。
またたく間にメリーの足先まで血の海が広がってきた。
「ぅ゛……っ…ぅ゛ぅ………」
まだうめき声が聞こえ、生きているであろうが、メリーは反対側の通路へと走り込んだ。
なんとか砲台から外へと出たメリーだったが、いよいよ要塞がゆっくりと押しつぶされるように真ん中から崩れていった。
メリーにコンクリの小さな破片や砂煙が襲う。
煙が晴れたあとに目についたのは要塞としての役目を終え、瓦礫の山だった。
なんとも荒い解体現場と言ったフレーズがよく似合う。
メリーは山頂の開けた場所へと移動する。
そこにはなんとか難を逃れた人、運び出された怪我人、そして少尉もいた。
メリーはまだ意識が戻らないベルヘンをそっと寝かす。
上空を飛び回っていた航空機はいつの間にかいなくなっていた。
おそらく崩落を確認したあと帰っていったのだろう。
「…こりゃひどいな…ここまでされたら再利用もできん」
「ところでここにいたテニーニャ兵は全員逃げたのか?」
「ああ、だが一人あそこにいるぞ」
一人の陸軍兵が指をさすと、そこには膝を抱えて座ったままのテニーニャ兵、レイパスがいた。
「…可愛そうに、要塞の陥落とともに心も崩れたみたい」
「捕虜にするのか?少女隊の子だろう?」
「関係ないさ、敵だもの」
座り込んでいるレイパスに少尉が近づいて目線を合わせる。
「…逃げなかったんだな」
「逃げられるわけないじゃん、エロイスもリグニンも外にいなかった、きっともう殺されてるんだ…」
それを聞いた少尉は先程会った二人のことを思い出す。
そして適度に聞いてみた。
「…その二人ってもしかしてそばかす娘と前髪センターのやつか?」
「…っ!?生きているのか…っ!!」
「生きているも何もさっき逃してやったからな、この俺が、この頭の血はそのセンター野郎につけられた傷だ」
レイパスはそれを聞いて安堵したように胸をなでおろす。
「…そっか、じゃあ…もういいや…疲れた、終わらでいいよ、私の人生…逃げなかったけど、逃げる」
「いやだめだ、忘れたんじゃないだろうな、喉にナイフを突き立てたこと」
「…そんなの兵士ならみんなやるよ…私も…君だってやったことあるんじゃない…?」
レイパスの言葉によりハッペルでマリッサの喉を掻っ切ったことを思い出した。
少尉に反論はできなかった。
「…お前を唯一のテニーニャ捕虜として連れて帰る、お前の人権は今ロディーヤ女子挺身隊に移った」
「はいはーい」
レイパスは立ち上がると少尉に手を惹かれベルヘンのそばにいたメリーの元へと連れて行かれる。
「ここでこいつを見ていろ、リリスを回収してくる」
少尉はそのまま一人で森の中へ姿を消していった。
帝国陸軍兵や他の挺身隊員が慌ただしく被害状況を確認する中、メリーたちには穏やかな時間が流れていた。
「…私、メリー・ポリーゼントと申しますわ、あなたのお名前は?」
「私…?捕虜一号…なんてな…嘘だよレイパスでいい…」
「そう…レイパスさんね、よろしくおねがいしますわ」
レイパスは生気が抜けたようにボ~っと空を眺めていた。
アッジ要塞陥落とともにその生存本能も崩壊しているのだ。
「…その子はなんていうの?」
「ベルヘン・アンデスニーって言いますわ、少し静かで、でもたくましくていい子ですわ」
「そう…そんないい子の喉にナイフなんて立てちゃった…あーあ…だめだなこりゃ…なんか力がぬける…絶望…っていうか…無気力、もうどうにでもなぁ〜れ…あはは…」
「否定したいのですけど、これが戦争なのですから仕方のないことですわ、もちろん肯定はしませんけど…なるべくしてなった、としか言いようがありませんわ…どう言ったらいいのでしょう、恨みを持つべきなのか許すべきなのか…リリスさんなら、どうするのでしょうか。
友達の喉元にナイフを突きつけられた時、通常なら法律で裁けるのですけど、今は戦時中…国が認めた殺傷を容認すればいいのか…わかりません。
でもきっと…一つ言えることは…
異常なこの世界にはかつての論理は通用しないということですわ、新しい世界には新しい論理を用いなければ答えは出ませんもの」
「それも残虐な世界に残虐な論理…終わりだな」
レイパスとメリーはただ無言のまま座って空を見上げていた。
「う゛ぅ…っ…ぅ…」
ベルヘンの瞼が徐々に開き、口からわずかにうめき声のような音が出る。
「…!?ベルヘンさんっ!私ですわ、メリーです!…あぁやっと目を覚ましてくれたのですわね…っ!嬉しい…っ!」
「め゛り゛ぃ…」
「口を開いてはいけませんわ、しーっです。
まだ傷口が治っていないのですから大人しくしていてください」
メリーがそう諭すと、レイパスにも呼びかけようとするが。
「目を開けてくれましたよレイパスさん…ってあれ?一体どこに…」
周りを見渡してもレイパスの姿はなかった。
付近の兵士にも聞いてみるが全員知らないと答える。
レイパスはメリーをあとにして森の中へと入っていっていた。
重い足取りで引きずるように斜面を下る。
大勢の死体に囲まれながら無心で山を下っていき、しばらく歩いているとレイパスは眺めのいい場所に出た。
岩が飛び出し崖のようになっており、下は湖になっている。
一番眺めの良さそうな穴場だ。
「いいところだねー…ここは…」
澄み渡る青空、純白の雲に青々とした大自然の景色、そしてそばにある湖。
湖を見つめているとエロイスたちの思い出がふつふつと蘇ってくる。
列車で出会ったこと、塹壕での攻防、ハッペル…
そして湖で遊んだこと。
「約束したのに残念、エロイスの水着見たかったなぁ…」
飛び出た岩の先端に来るとポケットからベルヘンの喉を刺したレズーアン大尉のナイフを取り出す。
「私が死んだら誰か悲しんでくれるかなぁ…きっとエロイスとリグニンぐらいは悲しんでくれるよね…みんな…いい人だからきっと泣くんだろうな…私みたいな人間に…」
レイパスは意を決して勢いよく自分の喉仏めがけてナイフを差し込んだ。
生暖かい血が拳や喉、口の中に伝わる。
そして涙を一筋流すと、辛うじて残っていた意識を使って岩先から飛び降りた。
血しぶきを舞わせながら、湖に静かに落っこちる。
その音も大自然のざわめきにかき消され、誰一人として知ることはなかった。
要塞陥落は、一人の人間の心の陥落となった。




