1日早いですが隣国に向かいます
ディラン様が帰った後、どれくらいこうしていただろう。何度も唇を触り、ディラン様の温もりが蘇って来ては顔を赤くする。
一体何をしているのだろう。
いけない、もうこんな時間だわ。夕食の支度を手伝わないと!急いで厨房に向かい、お母様やメイドと一緒に晩ご飯の準備をする。
家族で食事を楽しんだ後、急にお父様が話しかけて来た。
「アンネリカ、話があるんだがいいか?」
珍しく真剣な顔のお父様。どうしたのかしら?
「実は、隣国の大富豪が明後日にはアンネリカをよこせと言っていてね。1日早いが、明日隣国に向かってくれるかい?」
私が嫁ぐ予定の隣国は、海を挟んだ向こう側にある。その為、夕方の船に乗り込み、夜のうちに海を渡り明け方隣国に着くのだ。明後日に隣国に着く為には、明日には出発しないと間に合わない。
「あなた、どういう事ですか?話が違うでしょう?それじゃあ、アンネリカが卒業式に出られないわ」
お母様がお父様に詰め寄る。珍しく困り顔のお父様。昨日(正確には今日だが)お母様から離縁を突き付けられた事もあり、どうやら強く出られないようだ。
「元々明日の卒業式には欠席しようと思っていたので、大丈夫ですわ。ただ、最後にイザベラにだけは挨拶をしたいの。だから明日の朝、イザベラの家に寄ってもらえるかしら?」
大切な親友、イザベラに黙って旅立つなんて出来ない。せめて最後の挨拶くらいはしたい。
「もちろんだよ。イザベラ嬢には本当にお世話になったからね。明日の朝、寄って行こう」
「ありがとう、お父様」
明日隣国に旅立つのであれば、急いで準備をしなければいけない。部屋に戻ると、大きめのスーツケースを取り出す。
スーツケースに洋服を詰め込んでいく。ディラン様の領地から帰ってきたときに着ていた服も、こっそり詰め込んだ。他にも、ディラン様から初めて貰ったハンドクリーム、初めて2人でお出かけした時に買ってもらったネックレスなど、1つずつ大切にスーツケースに詰めていく。
そうそう、イザベラと一緒に書いてもらった2人の似顔絵も忘れたら大変ね。お気に入りの本とかも持って行きたいが、さすがに重いので諦めよう。
ひと通り詰め終わると、部屋を見渡した。生まれた時からずっと生活していたこの部屋とも、明日でお別れだ。せっかくなら奇麗にしてこの部屋を出たい。そう思い、雑巾とほうきを持ってきて掃除をする。
少し時間が掛かってしまったが、ある程度奇麗になった。
コンコン
「アンネリカ、せっかくだから、最後に家族でお茶でも飲みましょう」
お母様に誘われ、居間に行く。そこにはお父様とお兄様も待っていた。こんな風に家族でお茶を飲むのもこれで最後だろう。そう思うと、胸に込み上げるものがある。最後の一家団欒を楽しんだ後は、湯あみをしてベッドに入った。
このベッドで眠るのも最後ね。そう言えば、明後日は私の17歳の誕生日だわ。でもきっと祝っては貰えないだろう。それどころか、知らない人の中で1人寂しく過ごしているかもしれない。
隣国は一夫多妻制だ。私は第4夫人として迎え入れられる予定。他の夫人たちと、うまくやって行けるかしら?それに、今まで美しいディラン様をずっと見て来たから、20歳も年の離れたおじさんを、受け入れられるかしら?
色々考えていると、なんだか物凄く悲しくなってきた。瞳から大粒の涙がポロポロと流れる。泣いたって仕方がないと分かっているが、どうしても涙が止まらないのだ。
私はベッドの中で、1人声を殺して泣き続けた。
翌朝。
いつの間にか眠っていた様だ。
何気なくクローゼットを開け、制服を手に取る。エメラルドのブローチ。ディラン様に返せなかったわ。イザベラに頼もうかしら?でも、ディラン様にとってはもう要らないものよね。
もう一度クローゼットに制服を掛けなおし、ドアを閉めた。ワンピースに着替え、髪をセットする。そうだわ、お守り。ディラン様の家の領地で買った、恋愛成就のお守りと取り出す。このお守りのおかげで、きっと最後までディラン様の恋人役が出来たのね。ありがとう、お守りさん!
心の中でお礼を言い、そっとポケットに入れる。準備が出来たら、朝食を食べる為食堂へと向かった。これが家族で食べる最後の食事だ。
「アンネリカ、悪いが港までは汽車で行ってくれるかい?駅までは馬車で送るから」
珍しくお父様が申し訳なさそうにそう言った。
「駅までで十分です。ありがとう、お父様」
私の言葉を聞き、安心した表情のお父様。いつも笑顔のお母様も、今日は暗い顔をしている。
食事が終わると荷物を馬車に積みこむ。16年住み慣れた家を今日離れる。もう二度とここには戻って来られないかもしれない。そう思うと、どうしても目に焼きつけたくて、我が家をじっと見つめた。
「さあ、アンネリカ。そろそろ行こう。イザベラ嬢に挨拶もするのだろう?」
お父様と一緒に、馬車に乗り込む。お母様とお兄様も一緒に付いて来てくれる様だ。わざわざ私の為に、使用人たち(と言っても3人だが)が見送りに来てくれている。
「皆、見送りありがとう。行って来るわね」
出来るだけ元気に使用人たちに挨拶をする。マルタが泣き出してしまったが、見ないようにしよう。私まで泣いてしまうわ。
馬車がゆっくりと進みだした。そう言えば、こんなふうに4人で馬車に乗るなんて、いつぶりかしら。そう思いながら、馬車に揺られる。家からイザベラの家までは、馬車で3分。あっという間に着いた。
私だけ馬車を降り、イザベラの家に向かう。急に来た私に困惑しながらも、門番が急いでイザベラを呼んできてくれた。
「アンネリカ、どうしたの?何かあった?」
不安げな顔のイザベラ。
「実は、急遽今日、隣国に向かう事になったの。それでね。イザベラにお別れを言いに来たのよ。今まで私の友達でいてくれてありがとう。イザベラには本当に感謝しているわ」
「アンネリカ。そんな…」
そう言うと、泣き出してしまったイザベラ。その涙を見て、私の目からも涙が溢れる。
「ごめんね、イザベラ。もっとちゃんとお別れしたかったのに」
「アンネリカ、やっぱり行ってしまうのね…。私達離れてもずっと友達よ」
「もちろんよ、ずっと友達。このブレスレットもずっと付けているからね」
イザベラと最後にお出掛けした時に買ったブレスレット。今も私の腕に付いている。
「ねえ、ディラン様にはお別れを言ったの?」
「いいえ、急遽決まったから、言っていないわ。どの道契約は今日までだから、問題ないわ」
きっとディラン様の顔を見たら、今みたいに大泣きしてしまうだろう。それに今のディラン様はきっと、カサンドラ様との未来に胸躍らせている事だろう。わざわざ水を差すような事はしたくない。
「そうなのね。アンネリカがそれでいいなら、私は何も言わないわ」
イザベラはいつも私の気持ちに寄り添ってくれる。本当に最高の友人だ。
「ありがとう、イザベラ。それじゃあ、もう行くわね」
イザベラに別れを告げ、再び馬車へと乗り込む。
イザベラ、さようなら。そしてありがとう。
馬車に揺られる事1時間、ついに駅に着いた。
「アンネリカ、あなたを隣国に嫁がせなければいけなくなって、本当にごめんなさい。どうか元気でね」
泣きながら抱きしめてくれるお母様。
「大丈夫よ。うまくやって行くわ。お母様も元気でね」
「アンネリカ、いつになるか分からないが、一生懸命働いて必ず俺がお前を解放してやるから、それまで何とか頑張ってくれ」
「ありがとう、お兄様。お兄様の活躍、隣国から祈っているわ」
お兄様にも抱きしめられる。ふとお父様の方を見ると、俯いたまま何も話さない。そんなお父様の側に行き、ギューッと抱き着いた。
「お父様、行って来るわ。あまりお母様とお兄様を困らせてはダメよ」
「アンネリカ、すまん…」
泣きそうな顔のお父様。こんな顔のお父様は初めて見た。
「それじゃあ、行って来るわね」
家族に手を振り、汽車へと乗り込む。王都ともこれでお別れだ。ディラン様、1年間幸せな思い出をたくさん作ってくれて、ありがとうございました。
もう二度と会えないけれど、あなたとの思い出を胸に、私は生きていきます。どうか、カサンドラ様と幸せになってください。
懐かしい王都の景色を窓から眺めながら、ディランに感謝の気持ちを心の中で呟くアンネリカであった。
次回ディラン視点です。
よろしくお願いいたしますm(__)m




