領地から帰ってきました
「アンネリカ、明日の朝は早めに出発するから、しっかり準備しておいてね」
「はい、大丈夫です」
楽しい時間というのは、あっという間に過ぎるもので、明日はいよいよ王都に帰る日だ。今は領地で食べる最後の晩ご飯。ディラン様の好意で、私のお気に入りのすき焼きと刺身を準備してくれた。
これを食べるのも最後ね。そう思うと、つい噛みしめて食べてしまう。この1ヶ月本当に有意義な時間を過ごせたわ。それに、ずっと大好きなディラン様と一緒に居られたのも、物凄く幸せだった。
そうそう、ディラン様の従兄弟が私の部屋を襲撃して以来、いつまた従兄弟が襲撃してくるか分からないからと、今まで以上に私の事を大切にしてくれる様になった。
正直こんなに優しくて素敵なディラン様が狂っていると言っていたあの従兄弟に、未だに腹を立てている。あの時はびっくりして何も言えなかったけれど
「狂っているのはあなたよ!」
と、一言言ってやればよかったわと、後悔しているのだ。次に会ったら絶対文句を言ってやる!と思っていたのだが、あれ以降ディラン様の従兄弟が来ることはなかったので、私のモヤモヤは残ったままだ。
それにしても公爵家にお世話になっていたおかげで、髪は見違えるほどサラサラになったし、少し太ったのか女性らしい体に近づいた。でも、相変わらず貧相なのは変わらないけれど。
ディラン様と晩ご飯を食べた後は、公爵家の中にある温泉を楽しむ。この温泉に入るのも今日で最後だ。もう二度と来ることも無い、公爵邸を存分に堪能する。部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろした。このベッドに寝るのも今日で最後ね。
家族やイザベラ、アンドレへのお土産もたくさん買った。ありがたい事に、ほとんどディラン様が払ってくれたので、お母様から貰ったお金は随分残った。
自分で払うと言ったのだが
「君には無理を言って来てもらったんだ。これくらい払わせてくれ。どうか、俺の顔を立てると思って」
そう言われれば、甘えるしかない。
ローラに入れてもらったハーブティーを飲み、フカフカのベッドに入る。このベッドに入るとすぐに眠くなるのよね。明日も早いし、もう寝よう。
あっという間に夢の中へと旅立ったのであった。
翌日
今日もローラに起こされて目が覚める。この1ヶ月間、自慢じゃないけれど自分1人で起きられたことは1回も無い。明日からは伯爵家で、何でも1人でやらないといけないのに、こんなに甘ったれた生活を送っていて大丈夫かしら?一抹の不安を抱きつつ、着替えを済ます。
「ローラ、1ヶ月間私のお世話をしてくれて、どうもありがとう。これ、大したものじゃないけれど受け取って」
「まあ、私にですか?」
1ヶ月お世話になったローラに、街で買った香水を渡した。どうやら領地内で人気の様で、お母様やイザベラにも同じものを買ったのだ。
「これ、人気の香水ですよね。ありがとうございます」
嬉しそうに笑うローラを見ていたら、私まで嬉しくなった。でも、お金を払ったのはディラン様だけれどね。
「アンネリカ様が公爵家に嫁いでいらしたら、私絶対またアンネリカ様の専属メイドに立候補しますわ」
気持ちは嬉しいけれど、私とディラン様は結婚することはないのよ。と、言いたいが、言えるはずもなく、とりあえず笑ってごまかしておいた。
コンコン
「アンネリカ、準備は整ったかい?」
ディラン様が迎えに来てくれた様だ。
「はい、準備万端です」
「それはよかった。それじゃあ、朝食を食べに行こう」
ディラン様にエスコートされ、食堂へと向かう。最後の朝食は、お魚の焼いた物・ご飯・味噌汁・温泉卵だ。これも異国の食べ物で、主に朝食に出されるメニューなんだとか。最後の最後まで、異国の料理を食べられるなんて嬉しいわ。
朝食が済むと、使用人たちに挨拶を済ませ馬車へと乗り込む。ここに来る事はもうないのね。そう思ったら無性に悲しくなった。私は別れを惜しむかの様に、使用人たちにずっと手を振り続けた。
「さあ、アンネリカ。もう手を振るのはいいだろう。こっちにおいで」
ディラン様に抱き寄せられたが、やはりまだ名残惜しい。
「アンネリカ、ここは俺の家の領地だ。来たければいつでも来られるよ」
私があまりにも名残惜しそうにしていたので、ディラン様が慰めてくれる。嘘だと分かっていても、この優しさが身に染みる。
「アンネリカは随分異国の料理を気に入っていたから、明日から学院へ持って行くお弁当は異国の料理にしよう。早速料理長に伝えておくよ」
「ディラン様、さすがにそれは申し訳ないですわ」
「アンネリカ、その“申し訳ないわ”は何とかならないのかい?遠慮深いのは結構だが、少し謙虚すぎる。それとも、俺なんかに甘えたくはないって事かな?」
寂しそうな顔をするディラン様。
「いいえ、そんな事は決してありません!ごめんなさい。よろしくお願いします」
慌てて否定した。よく考えたら、ディラン様は公爵家の人間だ。私程度の人間に遠慮されるなんて、ある意味侮辱されていると感じるかもしれない。これからは気を付けよう。
「それじゃあ、これから“申し訳ないわ”は禁止だからね。返事は?」
「はい、わかりました」
自信は無いけれど、努力しよう。
その後、休憩を挟みつつゆっくりと王都へと向かった。日も落ちかけた頃、見慣れた街並みが見えて来た。王都に帰ってきたのだ。
1ヶ月間王都を離れていただけなのに、なんだか懐かしいわ。しばらく進むと、見慣れた我が家が見えて来た。懐かしい我が家だ。馬車が止まり、ディラン様にエスコートされゆっくりと降りる。
「ディラン様、家まで送っていただきありがとうございました。公爵家の領地への旅、本当に楽しかったです。連れて行って頂き、どうもありがとうございました」
私は深々とディラン様に頭を下げた。
「俺の方こそ、来てくれてありがとう。とても楽しかったよ。それにしても、ずっとアンネリカと一緒だったから、なんだか寂しいな」
そう言うと、ディラン様にギューッと抱きしめられた。私ももちろん、抱きしめ返した。
「ディラン様、明日から学院が始まりますので、また毎日会えますわ」
「そうだね、明日の朝また迎えに来るから、ちゃんと待っていてね」
「はい」
その時、屋敷から両親とお兄様が出て来た。どうやら、ディラン様の執事が私の荷物と大量のお土産を運んでくれたようだ。
「ファイザバード公爵令息様、わざわざ妹を送っていただきありがとうございました。沢山のお土産まで頂いて、心より感謝いたします」
「こちらこそ、アンネリカのおかげで楽しく過ごさせていただきました。それじゃあ、アンネリカ。また明日ね」
「はい、また明日」
ディラン様は私たちに軽く頭を下げると、馬車へと乗り込んで行った。
「さあ、アンネリカ、家に入りましょう。長旅で疲れたでしょう」
お母様に肩を抱かれ、皆で屋敷へと入る。公爵家の領地も楽しかったが、やっぱり住み慣れた我が家が一番ね。ここに帰ってくるとホッとするわ。
帰宅後は家族で食事を取る。久しぶりの家族団らんだ。私は温泉や異国の食べ物、浴衣などなど、ディラン様の家の領地がいかに素晴らしかったかを家族に話した。お母様もお兄様も嬉しそうに聞いてくれている。ただ、お父様だけは興味が無いようだ。
そうだわ、思い出した!
「お父様!どうして出発する時、土産をたんまり買ってもらえなんて恥ずかしい事を言ったの?おかげで顔から火が出るくらい恥ずかしかったじゃない!」
私がどれほど動揺したか!
「なんだ、アンネリカはまだ根に持っているのか。でも俺がしっかり伝えたおかげで、こんなにたくさん土産が届いたのだから良かったじゃないか」
そう言って笑うお父様。全く反省していないようだ。お母様とお兄様が鬼の形相で睨んでいるが、本人は全く気にしていない。ダメだわ。これは…
食事の後は、ディラン様に買ってもらったお土産を1つ1つ渡していった。どうやら、私が選んだもの以外にも、沢山のお土産を準備してくれた様で、見た事のない物もある。
「おっ、この地酒うまそうだな。こっちにも酒がある。さすが公爵家、太っ腹だな!」
ガハガハ笑うお父様。本当に品が無いのだから…
お母様やお兄様、メイドや執事にもお土産を買って来た。もちろん、皆喜んでくれた。そうそう、お母様にお金を返さないとね。
「お母様、結局ディラン様がお金を出してくれたから、お母様から頂いたお金はあまり使わなかったの。だからこれ、返すわね」
お金を返そうとしたのだが、なぜか首を横に振るお母様。
「それはあなたにあげたお金だから、あなたが好きな事に使いなさい」
「でも…」
家は貧乏だ。特に欲しい物も無いので、家計の足しにして欲しいと言おうと思ったのだが。
「なんだ、アンネリカが要らないなら俺が貰おうか」
嬉しそうに手を伸ばすお父様。
「どうしてあなたが受け取るのよ。これはアンネリカのお金よ。さあ、お父様に取られないうちに早くしまいなさい!」
お父様の手をパチンと叩いたお母様に言われ、慌ててお金をしまった。お土産も配り終わり、自室へ戻ると湯あみを済ませベッドに横になる。
公爵家の大きなベッドもいいけれど、やっぱり私には、このこじんまりとしたベッドが一番落ち着くわ。懐かしい匂いがするベッドで、アンネリカは静かに眠りに付いたのであった。
領地でのお話、少し長くなってしまいましたが、無事帰ってきました。次回から学院編に戻ります。
よろしくお願いしますm(__)m




