売られた喧嘩は負けない!負ければ成仏か、はたまた……。男!丈太郎。
『恋仲』を連発しジリジリ迫ってくる。百合子は、丹田に力を入れる。身体を巡る血潮が、カッと熱くなる。手にそれを集めていく……。
「お嬢!あ!あちらさん!ああ……玉子の中が孵って……」
弥助の声に、慌てて半分忘れかけていた若君親子を見る二人、玉子の殻は全て剥がれ落ち、透き通った『ナラズモノ』が二つ、ぽにょん、ぽにょんと生まれた。倒れている若君親子に近づき、ズルリと顔を覆うと……。
「ああいう風に産まれるのか?百合子!おお!透明なのが!ぐえー!おえぇー!口から入るのかい、げー、あ、出てきたぞ!なんか変なものが鼻から、ま、まさか……」
「うわ!い、いいえ、初めて見るわ、ナリカワる時も……ひっ!口から入るの?ナメクジみたいなのが?そして……ひっ!鼻から……出て、身体がここから消えた?イャァァ!負けたらあなるの!イャァ!絶対に勝つ!」
「いやはや、なんとも気持ちの悪い。フム、ナリカワリが終えると、帰れるらしいですな……お嬢!来ます!」
そう言い残すと、弥助はビュッ!ビュッ!と向かってくる礫を避けながら、ナラズモノに食らいつきに行く
丈太郎!私から離れないで、貴方は私が守る!と、彼と背合わせになる百合子。そんな彼女に馬鹿言ってんじゃねぇ!と言葉を荒げた丈太郎。
「は!何言ってる!あの若君も、喧嘩はからっきしだが、いくらかナメクジ殺ってるじゃねえか!なのにこの俺が、なんにも無しとは、男が廃らぁあ!お前は!俺が守る!」
彼の中で熱い思いが弾けた!ここに蠢くナメクジは、俺も狙っていやがると、気配を読んでいる彼の、子供の時から百合子がいない所では、喧嘩上等の毎日を繰り広げていた丈太郎。そもそも八百八町の野郎共は、老いも若きもを喧嘩っ早いのが信条。
久々だぜ!と盛り上がる丈太郎。へそ上一寸が熱くなる。背中に感じる百合子の熱気。愛しい彼女色香を、濃く感じる。
くぅぅ、いい匂いがする……ドキドキと鼓動が速まる丈太郎。ますます彼の熱が上がる!離れた所で闘う弥助の姿が目に入った。魔力で身体を大きくし、噛み付く口の端からモウモウと高熱の蒸気を溢れさせ、ナメクジを一掃している。
ドン!彼の背後から空気が細かく響く重低音、放たれた『銀の玉』暗黒の闇を中を、ナラズモノめがけて一直線に進む、一体に命中すると、閉じ込められていた熱が一度に弾け、大輪の白い牡丹の花開く!シュワワと広がりナラズモノ達が消えていく……。
「ぐおおー!かっけぇ……強ぇ」
思わず漏らした丈太郎の言葉に、どきん、とする百合子。もしかしたら、嫌われちゃった?とどぎまぎしているウブな乙女心。しかし今は……と、想いを封じ込め!ソレを打ち消すかのように、次々と引き金をひいていく。
「はっ!お嬢!」
弥助の声!その方を向けば向かってくる新たな敵!
『僕ちんをよくも!僕ちんを!ママ上をぉぉ!お前ら……ずるい、ズルイ、貧乏人のくせにぃぃ!!その身体ヨコセエー』
『僕ちん!僕ちん!ママ上が憑イテルワ!ガンバルの!』
二つのそれが絡まり団子になり二人に向かってくる!
「なに!やっぱり成仏しなかったの!キャァ!丈太郎を!」
「はっ!しゃらくせい!受けて立ってやらぁ!お前は殴り飛ばしてやりてぇんだよお!この!ぴよぴよ野郎がぁぁ!僕ちん、ママ上、うるせえんだよぉおら!来やがれ変態!」
男、丈太郎の額が開く。強い『紅赤』色の星が姿を現し、瞳に宿るは溶けた鋼を彷彿とさせる真紅!彼の全身から立ち上がる湯気!わけのわからぬままに丈太郎は拳にソレを集めてまとめる!
『まぁぁ!僕ちんを、変態呼ばわりスルナンテ!その身体、アナタニ相応しくナイワ!』
『ママ上!ママ上!アレに入ってもイイ?』
『エエ!エエ!かわいい僕ちん!モチロンデスよ!』
「誰が渡すか!この野郎消えされ!」
渾身の一撃を食らわす!それはドンピシャに命中をした!しかし二つが絡み合うそれを『浄化』するのには少しばかり衝撃が足りない!
「くぉぉ!二つに分かれた!クソぉ!こんちくしょう!棒切れでもありゃ……!ふお!ゆ、百合子おぉ!」
「お嬢!大丈夫ですか!」
体力の消費が激しい闘い方の影響が百合子に現れる。ふらつく彼女、大丈夫と毅然としているが顔色は悪い、まだ残るナラズモノに加わり若君達も二人を狙う!
「こ!このままではやべぇ……何か、何か……!」
何か、何かないかと慌てる丈太郎、そして……首から下げてるアレに気がついた。研いでないし、ボロボロに刃が欠けている『手裏剣』をゴソゴソと取り出し手のひらに乗せる。
クルクルとそれは彼の『御力』を取り込む様に回る。周りの冷気を取り込み、放たれる熱で温度を上げながら大きく大きく、塊を創り上げていく。
『僕ちんの!ジャマをスルナァァ!』
『僕ちん!ガンバルのデス!』
次は二手から回るように向かってくる、ナラズモノ化した若君親子。丈太郎は溜める、それに力をそして……投げる間合いを見計らう!一発勝負!
「これでも喰らえぇ!弥助!避けろよなぁあ!うおおおお!!」
腕に抱えるほどの大きさになった、濃い乳白色の熱気の塊を力任せに助走をつけぶん投げる。そして……
「百合子ぉぉぉ!」
愛しの彼女を守るべく、男!丈太郎は彼女に抱きついた。そのまま伏せる。オン!と声が上がり弥助が二人に駆けつける。
ママ上!僕ちん!親子はそれに飲み込まれる。回転しながらナラズモノを切り裂き『浄化』していく手裏剣!傷をつけられたナラズモノが、あちらこちらで末期の苦しみの声を上げている。
轟轟と熱い風が吹き荒れる『場』の中……、やがて静かになると……スカン!と落ちる様な感覚が、残った百合子と丈太郎、弥助に来る。
全てが終わったのだ……。『場』からの解放の時。
「……帰え、れた?丈太郎……帰ってきた?終わったの
」
「わからんけど……みんな消えた、消えたから、あ、ここ……」
ざわざわと声が取り囲む。元いた場所へと戻ってきた百合子達。
「おお!今度は百合子お嬢様も戻って来たのかよ!ナリカワってるのか!ないのか!さあさ!どっちに掛ける?」
なってねぇ!いや!なった!と声が上がっている。丈太郎が辺りをキョロキョロとすると、同じ顔だが少しばかり違っている元若君親子が、心配そうに百合子達を見ている。
「……、離して丈太郎……」
しっかりと抱きしめていた百合子の小さな声に、気がついた丈太郎、慌てて手を緩める。
「ご!ごめん!人前で、だ、大丈夫か?」
カタカタと、青い顔色で震える百合子。離せと言われたので離したのだが、医者にでも運ぼうか、と考えたその時。
「弥助!」
「オン!(お嬢)」
弥助が彼女に呼ばれる。二人に割って入る白いモフモフの犬、少しばかり魔力で体格を大きくしている。弥助にしっかりと、白の毛並みの彼を抱きしめる百合子。
「弥助!弥助……ああ、あったかい、ああ……幸せ……」
白いモフモフの毛皮に顔を埋める百合子。こりゃぁ!犬に負けたのか!あの兄ちゃん!と指さされる丈太郎。
二人を眺めつつふるふると、彼もまた下がる体温の震えを感じていた。目の前には温かそうな白いモフモフの犬……。
「俺もぉ!弥助ぇぇ!頼むぅ!寒くて!ああ……あったけー、幸せ……」
たまらずに、白のモフモフに顔を埋める丈太郎。はぁぁ仕方ない、特別ですよ、と弥助はクゥーんと声を上げてた。
続くー。




