丈太郎駆けつける、そして百合子達は……。
百合子に叩かれた頬をさすりながら、立ち上がった丈太郎……隣近所が何事かと集まり一部始終見ていた。
「おい、大丈夫か?」
近所の呉服問屋の跡取り息子、清太郎が近づいてきた。彼とはあれこれ遊ぶ悪友の間柄。丈太郎は、彼に声をかけられた途端、何だかとても惨めで、そして情けなくなった……そして、大丈夫と立ち上がると、その場から逃げ出した。
路地裏を右に左にがむしゃらに走って行く、ワンワン!途中声が聞こえたのでそちらを向けば、番犬で飼われている茶色い犬が尻尾を振っている。
「ふ、ぐぅ……百合子、百合子おぉ……!百合子おおお!」
犬……弥助を思いだす。すると何故だか名前を呼びたくなり、恥も何もかも捨て、愛しい彼女の名前を大声で叫びながら進んでいると……オイコラ!近所迷惑だろうが!と止められた。
「……、ふぐぅ!おわ!ゲ、ゲンナイのジイサン……だって、だってよぉぉ!」
「この!全くしゃあねぇ奴だなあ……オイコラ、お前がもたくってるせいで、お嬢ちゃんが若君に絡まれてるそうだぞ!大通りでな、ったく……助けに行かないのかい?」
ふえ!ゆ、百合子が!と青ざめる丈太郎。そうだぞ、行かないと……唆すゲンナイ、袂に入れてある玉子がコトコト揺れる。
「ありがとよ!ゆ、百合子ぉぉ!」
彼は指差し示された方向へと駆け出して行った。さてさて、こちらも用意をしようか、そう呟く。懐から札をを取り出すと、ペッペッ!と唾を吐き出しそれに付けると、二つに、三つに折り何やら折り紙をする。
出来上がるのは、なんとなく『小鳥』らしき形をしたもの。矢立を取り出すと、『鳥』と書く。ほう……と熱い吐息をそれに吹きかけ呪を唱えると……
「ほれ!飛んでいけ……」
それを空に投げた。不格好な紙の鳥はヒョロヒョロとし、クン!と空に留まると……ポフン!小さな小鳥の姿になり丈太郎が駆けていった方向に飛んでいった。満足そうにそれを見送ったゲンナイ、そして……
「うんうん、お嬢ちゃんと若君の場所だけ、土地にかけられている呪を弛める、禁呪だか致し方ない。さて!我らも行こうか、少しばかり……お嬢ちゃんには悪いが、手伝って貰うよ」
彼も丈太郎が向かった先へと急ぐ。
☆☆☆☆☆
「お待ちなさい!落ちぶれた貧乏華族のくせに!僕ちんを、弄ぶとは何たるふらちな……しかも!僕ちんに怪我をおわしたばかりか、我が家の名前に泥を塗った事は、許しませんことよ!」
我が子を蔑ろにされて、黙っていない母親。受けて立つ百合子。
「は?どういう事で御座いましょうか?そもそも私は何度もお断りいたしておりましたわ、どの様にして、穏やかで物静かな父に迫ったのかは知りませんが……、泥を塗る?ホホホホ、成り上がりの庶民が、どのつら下げて仰っているのか、落ち潰れていようが、華乃家は華族の端くれ!世が世なら手打ちにするところですわ!」
高飛車に突っぱねる百合子。ママ上!ママ上!痛いよぉと泣いている若君。それを興味津々で取り囲む野次馬。
「……うう、僕ちんを良くも!おい!白いの!黒耳、茶色いの!百合子を捕まえて僕ちんの家につけてけー!お仕置きしてやるんだ!」
「はあ?貴方バカなの!護衛を人間にけしかけるのは違法でしょう!弥助、貴方もダメ!この場を離れるの!」
ぐぅぅぅ!と唸り歯を向く弥助!人垣が邪魔!と百合子は逃げる道を探す、彼の護衛が言われるがままに彼女に近づいてくる。
御力を持ち得ているとはいえ、それをナラズモノ以外に使うことは、禁じられている。そうなれば彼女はか弱き乙女に過ぎない。
「ホホホホ!そうね!僕ちん!違法?そんなのお金でなんとかなるわ!私のお友達に頼んで、もみ消したらいいだけの事!我が家に連れ帰って、下働きでこき使ってやるわ!流石はママ上の息子、かしこいわ!」
「えっへん!だめだよママ上、僕ちん専属にするんだから!恥ずかしいお洋服着せちゃうもんね!いひひひ!」
僕ちん専属……恥ずかしいお洋服。その言葉に虫唾が走る百合子。ヌルリとしたいやらしい視線を投げかけてくる若君。
取り囲む野次馬は助けてはくれない、どうしようかと思った時!人をかき分けつつ近づきながら、姿を現したのは彼女の幼馴染!丈太郎登場。
「この!すっとこどっこいドスケベ野郎がぁぁ!百合子を見るな!話すな!近づくなぁぁ!」
あ!来た、と弥助はウォン!と吠える。丈太郎!と百合子が目を見開く。野次馬がこれは面白そうだと彼に道を開ける。それはまさに彼の男の花道。
「百合子ぉぉー!俺が悪かったぁぁ!!」
「ああ!丈太郎!丈太郎!」
若い二人が再び出会う、ごめんなさいね、ぶったりして、ううん大丈夫、それより酷え事されなかったか、二人は甘い、甘い恋仲の空気を産む、たちまち世界は薔薇色となる。
ヒシっと手を取り見つめ合い寄り添う百合子と、丈太郎、ヒュー!ヒュー!この色男!にっくいねえ、こんちくしょうと囃したてる野次馬。呆然としていた、若君、顔をクシャクシャ……としかめると、
「ママ上!すっごく悔しい!悔しい!悔しいよぉぉお!僕ちんが貧乏人に負けるのぉ!ヤダヤダヤダぁー!」
彼の腰に下げているサーベルが、ガチャガチャと鳴る、地団駄を踏む若君。羨ましい、羨ましい……彼から嫌な気が立ち昇る。
その時、白い小鳥がヒュルリと百合子達の頭上に飛んでくると、プリっと空から糞を落とした。ペッチョリと、地面にそれがへばりつく。じゅるりと地面に染み込み消えた……。
弥助が不審に思い、小さく濡れているそこに近づき、フンフン、匂いを嗅いだその時!
……、良からぬモノが姿を現した!ナラズモノが地からブワリ、ぶわりと湧いて出て来たのだ
『恋仲、恋仲、イイナ、いいな、羨ましい、うらやましい……』
無数にでてくるナラズモノ。弥助が声を上げる!
「お嬢!丈太郎を!」
「丈太郎!離れて!巻き込まれる!」
高まる負の力に百合子は、丈太郎から離れようとする、嫌だ!お前を危ない目に合わせねえ!と細い身体を引き寄せ、抱きしめる丈太郎。
『いいな、イイナ、このオヤコ、このオヤコ、酷いことシタ、酷いこと、それでも金持ち、ツカマラナイ、イイナ!イイナ……』
「ママ上!アレがきたよぉぉ!か、籠は!籠に入らなきなきゃ!お前たち追い払って!」
「僕ちん!なに!きゃあ」
「ママ上!ヤダヤダヤダ!アッチに連れてかれるぅ!」
百合子に丈太郎に弥助、若君親子、そして彼の護衛、彼女達を取り囲む無数のナラズモノ達
ソレが力を結集する!気が高まる、濃く密度を増す、そして……空間が歪み『場』が作られる、一時的にこの世界から離れようとした時、
「おっと、まてまて……間に合ったか、ほら!頑張ってこい!」
到着したゲンナイが、袂から玉子を取り出すと、ぐにゃりと歪みながら色薄くなる『場』に向かって投げた。それはヒュン、ヒュンと空を切り引き寄せられる様に進むと……『場』の中にスルンと入って行った。
続くー。




