『剣が強いだけ』?
「決闘を見学したい?」
翌朝、王立騎士団本部の騎士団長執務室でバルドーから挨拶を受けたレオンハルトは、しばらく無言でデスクに頬杖をついた。
年季の入った紺のソファーにどっかり座ったバルドーは「らしいんですって」と報告する。
「これが見学希望者リスト」
バルドーが筒状に丸めて投げた紙を、レオンハルトが慣れた動作でキャッチする。
「いるなあ」
「いるんですよ」
当然、ニールとトムの名前があった。
「ジャンは来ないのか」
「見学希望者が出たもんで、一応俺から声かけたんですけどね。『軍用犬の訓練に同伴したいので遠慮します』って」
「犬に負けたか……」
「団長がね」
「ああ」
だが嬉しい知らせでもある。ジャンが自発的に軍用犬へ興味を示しているのだ。軍用犬の訓練に長けたベックがつくはずだ。安心して任せておこう。
「見学したいと言い出したのは他の騎士たちか」
「はい。まあ、二人とよくつるんでるやつらなんで、言い出しっぺはあんまり関係ないかもですね」
「ちなみに僕への〝暴言〟とやらは?」
昨日、ニールとトムから事情を聞くようバルドーに頼んでおいた。
「『剣が強いだけ』」
「それと?」
「『顔がいいだけ』」
「まだあるか?」
「『育ちがいいだけ』」
「〝だけ〟ってなんだ」
「『歳下のくせに』」
「二人とも二歳上だったな。バルドーと同い年じゃないか」
「すんませんね、出来の悪い世代で」
「皮肉か?」
嫌味です、とバルドーはわざとらしく足を組んだ。
「アカデミー時代も喧嘩っ早い連中でしたっけねぇ……怖いからあんまり近寄らなかったけど……」
「僕が入団した初日に喧嘩を仕掛けてきたメンバーの中にいた」
「あれま。だいぶ嫌われてんね」
二十人くらい同時にボコしたやつでしょ、とバルドーは当時のレオンハルトの勝利を雑に称えた。
「嫌われるのは別にいい」
「まあね」
「短気はこちらである程度コントロールできる」
「めんどいけどね」
「血が上ると手が出やすいのが問題だ」
「そうなんですよねぇ……」
はあ、と二人分の溜め息が響く。
「僕は負けるつもりはないし、勝敗によってはこいつらを刺激しかねない。野次で済めばまだマシだが……できれば来ないでほしいな」
「どういう口実で?」
「任務の予定はもう組んであるんだもんなあ……」
今から割り振るのは難しい。
「セレッちゃんちは? どうでした?」
「ああ、ローデンベルク夫妻には文書を届けるよう手配した。グレッグさん……守衛の方にも事情はお伝えした」
「仲良いね、グレッグさんと」
「身長が伸びるのは二十歳で止まったらしい」
「どういう話?」
「二メートル五十センチあるんだ、グレッグさん」
「でか」
こわ、とバルドーが失礼な物言いをしたので「頼もしい、と言え」と注意した。
昨日レオンハルトがセレスティーヌをローデンベルク邸に送り届けたあと、守衛であるグレッグは、
『セレスティーヌお嬢様は、その……殿方の目を引く容姿をなさっておられますから、たまに不審者が、その……』
と、二メートルを優に超える巨体を気まずそうに傾けながら話してくれた。
『何かトラブルが?』
不審者が出没しているのだとしたら、騎士として放置してはおけない。レオンハルトが問いかけると、いえ、とグレッグはきっぱりと首を振る。
『不審者が現れても、お嬢様ご自身か、旦那様か、奥様か、たまにご帰国なさるお坊ちゃまか、家令か、執事か、メイドか、庭師か、暇な御者か、使用人の子どもか、馬か、犬か、猪か、シェフか、他の守衛か、自分が退治しています』
本職でない者と動物がほとんどだ。
『……念のため、騎士がこの付近を巡回する際は注意させますね』
レオンハルトはそう答えたのだった。
とにかく、屋敷にいるあいだはセレスティーヌの身の危険はほとんどない、と見てよいだろう。
はあ、と執務室にレオンハルトの溜め息が流れた。
「なんか、すみませんね、こないだ俺が決闘を見学したいとか言い出したから」
さすがのバルドーもバツが悪いようだ。がしがしと頭を搔いている。
「いや、もう過ぎたことだ」
レオンハルトはバルドーを責める気はない。
「遅かれ早かれ見学したいと言ってくる者は出てきただろうし、おかげで騎士の特性も見分けられただろう。ジャンだって、あの日見学に来てくれなければ、お前も僕もそのポテンシャルに気づかなかったかもしれない」
「そう言ってもらえると助かります」
バルドーが両手を膝に乗せ、一度頭を下げた。
「……そんじゃ、決闘当日は俺がまた見学者を引率します」
「いいのか?」
「責任を果たすってことで」
「助かる」
「いえいえ、こちらこそ」
◇ ◇ ◇
――レオンハルトとセレスティーヌの決闘当日。
決闘開始前、バルドーは見学する騎士たちを決闘場のホールに集め、王国における決闘のルールについて説いていた。
「王国は一般人や貴族同士の乱闘や私闘を防止するために、決闘制度を設けた。昔は武力による内紛もあったそうだからな」
歴史の勉強がてら〝決闘を邪魔するな〟と釘を刺す。バルドーなりの予防線だ。
「片方が降参したらそれでおしまい。それ以降の攻撃は禁止。もちろん、観客が決闘者に物を投げたり邪魔をするのも、私怨で加害するのも処罰対象。そうでもしないと公平さが損なわれるからな」
王立アカデミーでも習う内容である。見学希望の騎士たちは、真面目に耳を傾ける者と明らかに聞き流している者と両極端に分かれている。ニールとトムは後者だ。
「声援を送るのは問題なし。お前らが今日、どっちを応援しても構わん」
「あ、あの、副団長。質問があります」
前者の騎士が挙手した。この場では珍しい女騎士だ。名前はミナという。彼女は同期であるジャンから「二人の決闘は勉強になる」と聞いたらしく、見学を希望してきたのだった。ミナは緊張した様子で桃色の髪を触っている。
「なんだ? ミナ」
「えっと……では、今日、セレスティーヌさんを応援してもいいってことでしょうか?」
こういう騎士なら大歓迎なんだがなあ、と思いつつ、バルドーは頷く。
「無理やり団長を応援しろって強制はしねえよ。どっちを応援するかは自由だ」
バルドーは腕を組んだ。
「ただ、応援中は見てるこっちも気が高ぶるからな。どっちかを口汚く罵るのはやめろよ。騎士の制服着てんだから、騎士としての礼節を忘れるな」
「……礼節ねぇ……」
今の声はニールだな。顔を見ずともわかる。
「先代までは騎士団内での喧嘩も日常茶飯事だったのにな」
「な!」
トムや他の騎士までニールに乗っかってやがる。さすがに注意しとくか。バルドーは両手を腰に当てた。
「先代は先代、当代は当代だ。先代までの慣習を知る騎士はこれから減る一方だぞ」
ニールやトム、その他の騎士に睨まれたくらいで動じるバルドーではない。
「騎士は貴族出身のやつが大半だろ。喧嘩したいんならちゃんと決闘を申し込め。家名に泥を塗りたくなければな」
歴史の授業は終わりだ、とバルドーが手を叩く。
「じゃ、観客席に行くぞ」
そろそろ決闘が始まる時間だ。バルドーは見学者たちの最後尾を歩いた。
――今日の主役がアリーナに出てきた。
出てきた、が。
部下たちより一段高い席に座るバルドーは、アリーナの中央に立つレオンハルトとセレスティーヌを見て「なんだあいつら」と呆れ返っている。
バルドーですら驚いているのだから、部下たちも当然、どよめいている。
「――セレスティーヌさん! さすがにその武器を『一種類』と呼ぶには無理がありませんか!?」
お前が言うな。
「レオンハルト様こそ! わたくしを何だと思ってますの!?」
セレッちゃんは――団長に比べりゃマシか。変な武器を持ってるが。
「僕は大真面目です!」
真面目に〝それ〟を集めたのかよ。どうかしてるだろ。
バルドーは頭痛に襲われた。
アリーナに堂々と立つレオンハルトの手には薪割り用の斧。そして隣には、大量の薪。なぜか剣は装備していない。
セレスティーヌと何かしら取り決めでもしておいたのだろう。だが、戦斧でもないただの薪割り斧で戦うのは、さすがに無謀なのではないか。というか薪は何に使うんだ。
バルドーはレオンハルトに対して色々と言いたいことが出てきたが、まずは『さっき真剣に部下へ説明していた俺の面子もちょっとは考えてくれ』。そう文句を言いたくなっていた。
「セレスティーヌさんこそ、僕の目を誤魔化せるとお思いですか!?」
お前はどういう文句があるんだよ。
「こちらはおじいさまが東方の国から取り寄せた鎖鎌ですわ!」
へえ、鎖鎌っていうんだ。そういや騎士団にある武器図鑑に絵が載ってたな。バルドーは物珍しげにセレスティーヌが握る武器を観察する。
――なんか、絵とは微妙に形が違う気もするが。
たしかに鎌のような形をしている。鎌の柄の片端からは、長い鎖が伸びている。だが問題はその柄だ。
「おじいさまが柄をナックルに改良した、改良版鎖鎌でしてよ!」
どういう改良してんだよ。なんで柄で殴ろうとしてんだよ。
バルドーはがっくりと肩を落とした。
レオンハルトと違い、セレスティーヌは剣も装備している。ああ、そういうことか、とバルドーは合点がいった。
「……たしかに改良版なら……たとえナックルとしての機能があるとしても、武器としては一種類だ……!」
納得できるお前もお前だ。
バルドーは額を掻き、目を細めながらレオンハルトを見た。
おそらく今日の決闘は『お互い二種類の武器で戦う』とでも打ち合わせしていたんだろう。にしては異論ばかりだが。
「レオンハルト様こそ、その薪の数は何ですの!?」
あ、数が不満なんだ。
「セレスティーヌさんならおわかりでしょう!」
わかってねえから質問したんだろ。
「……ええ、わかりますわ……」
わかるんかい。
「おじいさまが牧羊犬のかわりに羊を統率したついでに薪割りをなさっていたとき、野生の狼を退治した武器ですわ!」
「ええ。セレスティーヌさんのおじいさまなら、きっとこれくらいは薪割りなさっていたと思いまして」
何本くらいあるんだろ。バルドーは首を動かしながら目を凝らす。見たとこ、数十本はありそうだが。
「ですがおじいさまは、斧は武器にはなさいませんでしたわよ!」
どういうことだよ。斧で狼退治したんじゃねえのかよ。
「僕は、セレスティーヌさんのおじいさまが薪割りをなさっていた当時の状況を再現したかったんです」
あ、そういうことね。でも決闘で再現すんなよ。
「僕もあなたも、それぞれ二種類の武器を持っています。僕は薪と斧、あなたは剣と鎖鎌!」
「……たしかに指定されたのは武器の種類の数だけでしたわ……」
くっ、とセレスティーヌが悔しそうに唇を噛んだ。
「『薪』一種類を何本も。その手がありましたのね……!」
「公平です」
「そのようですわね……」
まあ、『お互い二種類の武器で戦う』がルールなのなら、『一種類の武器をいくつも持ち込む』のはルール違反ではないだろう。うまいとこを突いたなあ、とバルドーはレオンハルトに感心する。薪を何本も持ち込んだことに感心したくはなかったが。
「あの、副団長……」
ミナが困惑した表情でバルドーを見上げる。
「だ、団長は本気で、あれを武器に……?」
本気だとは思いたくないよなあ。バルドーは苦笑した。
「……まあ、武器になるかは、これからわかる」
「は、はあ」
「俺たちの参考になるかは……まあ、それも、これからわかるだろ」
絶対参考にしたくない。
「今日はさすがにセレスちゃんが勝つだろ」
この声はトムだな。
「でもよ、セレスちゃんが勝ったら……アレだろ、団長にプロポーズしちまうんだろ」
「……あんなやつのどこがいいんだろうな?」
案の定、ニールも会話に加わった。
あんなやつ、ねえ。真面目な顔して決闘に薪を持ち込む性格はさておき、毎朝騎士仲間に喧嘩を売ってたような連中よりはよっぽどいいだろ、というのがバルドーの感想だ。
かくいうバルドーも昔は二歳下のレオンハルトに嫉妬したことはある。顔よし、腕よし、家柄よし。幼少期から家族ぐるみで交流しているとはいえ、バルドーだって、レオンハルトに備わっているものを羨んだことはある。
だが、そんな羨望はあっという間に消え去った。顔や家柄はともかく、その他のあらゆる腕前はレオンハルト自ら培ったものだからだ。
王立アカデミーに入学する前は寝る間を惜しんで勉強、武術の稽古、礼儀作法の修得。全寮制のアカデミー時代になると、レオンハルトの訓練癖はさらに顕著になった。『アカデミーの図書館は宝の山だ!』と目を輝かせていたレオンハルトの気持ちなんざ、腕っぷし自慢と違法スレスレの遊びに明け暮れていたニールやトムにはわかるはずもないだろう。
先代に命じられた国境紛争の任務だって、誰よりも目を血眼にして死者を出さない方法を模索していたのはレオンハルトだ。当時の直属の部下に、自分を嫌っているニールとトムがいたって、レオンハルトは絶対に死なせない手段を選び抜いてきた。
だから、レオンハルトにようやく訪れた初恋は実ってほしいのだが。いいのか、これからそれが実るであろう決闘で使う武器が薪と斧で。バルドーは、はあ、とこっそり溜め息をついた。
「セレスティーヌさん。対戦、よろしいですか?」
「……ええ、よろしくってよ、レオンハルト様。今日こそ勝ってプロポーズいたしますわ。対戦、お願いいたしますわね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
言葉と行動だけは礼儀正しいんだよなあ。武器がクセありなだけで。
バルドーは足を組んで、この場を見守ることにした。
――鎖鎌はどう使うんだろ。
バルドーの関心は、セレスティーヌが早々に実演してくれた。レオンハルトが投げた薪を、重しのついた長い鎖で叩き落としたのだ。
「セレスティーヌさんに薪を投げっ……」
なんの躊躇いもなくセレスティーヌに向かって薪を投げるレオンハルトの姿に、ミナは絶句している。そりゃそうだ、とバルドーは頬を引き攣らせた。薪を、投げたのだ、対戦相手に。これは決闘で、というより、戦いで見る光景ではない。
「ひどすぎだろ、団長」
他の見学者が呟いた。
はたして、ひどすぎだろうか。なんせ相手は母親が砂かけ師範のセレスティーヌなのだ。どんどん投擲されてくる薪を鎌でスパスパ斬ることのできる人間に『ひどすぎ』とは、バルドーは思えなかった。
――鎌って、薪を斬れるんだ。
せいぜい、そう驚くくらいだ。
レオンハルトが薪を投げることに徹底しているせいか、二人の距離は縮まらない。セレスティーヌが鎌の刃や剣でレオンハルトを攻撃するのはまだ無理だ。
「薪がなくなったらどうするつもりなんだろう……」
ぽつりと聞こえてきたミナの疑問。彼女の隣にいる騎士も「たしかに」と同意している。こいつらは真面目そうだなあ。バルドーは手帳を取り出し、見学者の名前に赤丸をつけた。
「斧も、市販品だよな……」
そうなのだ。真面目な騎士が言った通り、レオンハルトが持つ斧は、耐久性が低そうな斧なのだ。薪の残数はまだ余裕があるものの、投げると斬られるか、叩き落とされるだけだ。
片やセレスティーヌの武器は二種類とも戦闘用。どう戦ってくれるんだ、とバルドーは膝に頬杖をつき、楽しそうに足先を揺らした。
「あ、団長、まだ投げてない薪を守ってるみたい」
ミナが隣の騎士にそう言って、レオンハルトを指さした。そりゃあ守るだろうなあ、とバルドーは無言で頷く。全力投擲された薪を鎌で両断できるセレスティーヌだ。薪の山に近づいたら、剣で真っ二つにするだろう。それも一度で。
だからレオンハルトも斧を構えて残りの薪の前に立っているんだろうが――そろそろ、鎖鎌への対処法を思いついた、ということだろうか。ふん、とバルドーが笑った。
笑った、のだが。
「いやいやいや」
バルドーの顔から笑顔が消えた。
あいつ、マジか。
「斧も投げた……!」
他の騎士たちも騒然としている。そう、あろうことかレオンハルトは斧すらセレスティーヌに向かって投げてしまったのだ。
さすがにセレスティーヌも想定外だったのだろう。一瞬動きが止まった。しかし次の瞬間にはすぐ鎖を飛ばす。鎖でどうしようってんだ、とバルドーが目を見張る。
セレスティーヌが斧に向かって放った鎖は、斧の柄にぐるりと巻きついた。器用なもんだ。バルドーはセレスティーヌが武器を扱い慣れていることに驚く。
ただ、レオンハルトの次の動きも、バルドーを驚かせた。
レオンハルトは、鎖で絡め取られたばかりの斧を、取り返しにいったのだ。
――ああ、なるほど。
「……鎖鎌を奪うのかな」
ミナの推測はバルドーと同じだった。
あんな特殊すぎる武器、持ち札で対処するより奪ったほうが手っ取り早い。レオンハルトもそう考えたのだろう。
レオンハルトは斧ごと鎖をしっかり掴み、綱引きをするように思いきり引く。セレスティーヌも鎖鎌を手放す気はなさそうだから、ここからは二人の腕力比べか。
こうなるとレオンハルトに有利だろう。バルドーはそう見た。
単純な体格差の話だけではない。
レオンハルトは鎖を引っ張るだけでいい。だがセレスティーヌは柄がナックルという独特な鎌を片手で握ったまま、もう片手で鎖を引っ張っている。おまけに鎌の刃で自分が傷つかないよう気を使わなければならない。そんな状態で体勢を崩さないまま腕力比べに勝てるだろうか。
セレスティーヌが、ずざ、とレオンハルトのほうへ徐々に引き寄せられていく。
ナックルを握るのをやめたか。セレスティーヌは両手で鎖を握り始めた。しかし危ないな、とバルドーは肩を竦めた。
もしこのままレオンハルトが鎖鎌を奪うことができたら、その弾みで鎌の刃がセレスティーヌを傷つけそうだ。ああ怖い、とバルドーがまた肩を縮こませた瞬間、レオンハルトが片足で砂を蹴り上げた。
――いや、蹴ったのは砂じゃない。セレスティーヌの鎌で両断された薪の切れ端だ。
「あ!」
見学者たちが一斉に声を上げた。レオンハルトがセレスティーヌの顔面目掛けて木片を蹴った途端、セレスティーヌの両手が鎖鎌を離してしまったのだ。
これでレオンハルトの武器は薪、斧、鎖鎌になった。
――本ッ当に、負けるつもりはないんだな。バルドーは肩を揺らした。
「あ、あの、副団長」
「ん? ミナ、なんだ」
ミナがバルドーとアリーナを交互に見ている。
「決闘中に相手の武器を奪うのは……」
「お前もアカデミーで習ったろ。禁止じゃねえよ」
「で、ですよね。決闘に持ち込む武器の数だけですよね、公平にするのは」
「そういうことだ」
ミナはまたアリーナに夢中になった。
「セレスちゃーん! 団長なんかぶっ飛ばせー!」
ニールだ。
うーん、とバルドーが顎をさする。
ぶっ飛ばすのは無理だろうが、鎖鎌を奪われたのは、かえってセレスティーヌには好都合ではないだろうか。剣一本で戦うのが彼女の基本スタイルだからだ。
一方のレオンハルトは――あいつ嬉しそうだな。バルドーの眉が歪んだ。きっと、伝説の騎士団長ジークフリート謹製の鎖鎌を手にして嬉しいのだろう。斧を地面に置き、さっそくナックルの部分を握っている。
「え、団長、あんな武器も使えるのかな……」
ミナが不安がるのも無理はない。ただバルドーが見るかぎり、大丈夫だろう。バルドーがこの世で最も敵に回したくない人物は、あんなふうに目を輝かせている状態のレオンハルトだ。
「わわっ」
真面目な騎士たちが怯んだ。セレスティーヌの渾身の一撃を、レオンハルトがナックルで受け止めたからだ。
「いいぞセレスちゃん! そのまま団長の右手をぶった斬れ!」
おいおい。バルドーはトムの声援に呆れた。
レオンハルトの右手が今までどれほどたくさんの命を守ってきたのか、この者たちは知らないのか。
「が……頑張ってください、団長!」
おっ。
てっきりミナはセレスティーヌを応援しているとばかりバルドーは思っていたが、ここに来て声援を向ける対象が変わったようだ。
「ああ!? おいミナ、てめえ、セレスちゃんの応援隊じゃなかったのかよ?」
「ニール。ここで揉めてどうする。誰を応援するかは自由っつったろ」
バルドーは厳しく言った。ニールは「チッ」と舌打ちをし、それ以降、ミナを責めることはしなかった。
ふう、とバルドーが短く息をついたとき、レオンハルトが左手で鎖を振るった。鎖でセレスティーヌを横から打つつもりなのだろう。
セレスティーヌは咄嗟に後退した。その隙をレオンハルトが逃すわけもなく、さらに鎖を飛ばす。セレスティーヌが剣で振り落とそうとしたが、逆に鎖で剣の柄ごと両手を捕らえられてしまった。
――もう使いこなしてるのかよ、異国由来の特殊すぎる武器を。こりゃ決着ついたな、とバルドーが肩の力を抜いた。
レオンハルトがセレスティーヌの両手を押さえ、鎌の刃をセレスティーヌに当てた。
「……また、わたくしの負け……!」
セレスティーヌがわなわなと体を震わせる。
「降参、ということでよろしいでしょうか?」
レオンハルトも今日ばかりは息切れしているようだ。
「ええ……降参いたしますわ。でも……」
レオンハルトがゆっくりとセレスティーヌから離れる。鎖を回収した鎖鎌をセレスティーヌに返し、彼女の次の言葉を待っている。
「――今回ばかりは……許せませんわ……!」
おっ。セレッちゃんらしくない言葉だな。バルドーが注目する。
レオンハルトは「えっ」と顔を青ざめさせる。
「さすがに薪五十本は……無理がありましたか……?」
五十本も持ち込んでたんかい。バルドーはまだ半分は原型を保っている薪に目をやる。セレスティーヌは「違いますわ!」と声を荒らげた。
「人間相手に薪を投げてくるのはおじいさまかお母様かお兄様くらいのものだとばかり!」
怖え家族。
「それなのに! 何ッッッの対策もしてこなかった自分が許せませんわ……!」
自分が許せないんだ。
「三人も……いたんですね……」
「そして四人目でしてよ!」
「はい……」
なんでお前はちょっと嬉しそうなんだよ。バルドーはうんざりした顔で我らが王立騎士団長をじっと見る。
「さすがにレオンハルト様に投げられたらひとたまりもありませんでしたわ……おまけに鎖鎌まで奪われるだなんて。自分の見通しの甘さが許せません……!」
「もう二度と使いません、薪……」
「逆でしてよ。お使いくださいまし!」
「はい……!」
バルドーはさっぱり理解できない会話は放っておくことにした。あとは見学者たちの様子だ。ミナをはじめ、真面目な騎士たちは決闘の流れを振り返っている。ではセレスティーヌ目当ての騎士はどうか。
「――なあ、セレスちゃん泣いてねえか?」
「ああ。許せねえ。……団長は今、丸腰だ」
おいおい。セレッちゃんは落ち込んではいるが泣いてねえだろ。バルドーは溜め息をこぼした。
「待てお前ら」
バルドーは一段下り、ニールとトムの肩を掴む。ニールは肘を突き上げて振り払おうとしたが、バルドーは簡単に避ける。
「てめえも生意気なんだよバルドー!」
「ミナ、他の騎士を退かせろ!」
トムに至っては抜剣してきた。バルドーの指示通り、ミナは暴れ始めた騎士以外の仲間を退避させた。
被害が広がる危険は減ったが厄介だ。ニールとトムの空気にあてられて、合計五名の騎士が攻撃態勢に入っている。
「団長! セレッちゃん守れ!」
バルドーがアリーナに向かって叫んだ。みぞおちや他の急所に蹴りと拳を食らわせることで三名はどうにか制圧したが――ああ、よりによってニールとトムがアリーナに乱入してしまった。三名から剣を取り上げながらも、バルドーは舌打ちする。
「副団長。あとは私たちで抑えますので!」
状況を察し、退避していたミナたちが戻ってきた。
「すまん、頼む! 抜剣禁止な!」
ここは彼女たちに任せ、バルドーは取り上げた剣を抱えたままニールとトムを追いかけた。
「――ニール、トム! 決闘の規則を忘れたか!」
レオンハルトの怒号が響く。
「関係ねえ! 俺たちがてめえに負けたのは素手だったからだ!」
「入団初日のことか……セレスティーヌさん、お下がりください」
「わたくしが返り討ちに……」
「これは騎士団の問題です。ご自分の身の安全をご優先ください」
レオンハルトは丸腰のままニールとトムへ向かっていく。ニールとトムは実力者ではあるが――こうも興奮していては、その剣筋はごく単純なものだ。レオンハルトはまずニールの剣を躱し、剣を握る腕を大きく捻る。「うぐあッ」とニールの悲鳴など気にも留めず、レオンハルトは身を屈めてトムの剣を回避し、肘を手刀で殴った。トムの手から剣が落ちたのをレオンハルトは見逃さず、一本奪い取った。
あとはニールの剣だけだが――レオンハルトが一瞥すると、追いついたバルドーによって取り上げられていた。
「片方が降参したらそれでおしまい。それ以降の攻撃は禁止。もちろん、観客が決闘者に物を投げたり邪魔をするのも、私怨で加害するのも処罰対象。……観客席に行く前に言ったよな?」
ニールの両腕を後ろで掴んだまま、バルドーが怒りを滲ませながら言った。レオンハルトもトムを地面に組み伏せている。
「セレスティーヌさん、お怪我はありませんか?」
「え、ええ、無事ですわ……」
「よかったです。そのまま離れていてください」
レオンハルトが警戒しているのは、ニールもトムもまだ興奮しているからだ。
「ニール、トム。なぜ乱入してきた?」
ここからはレオンハルトの裁量か。バルドーは沈黙する。
「団長がセレスちゃん泣かせてたろ!」
レオンハルトとバルドーがセレスティーヌを見るが、彼女はきょとんとした顔で「泣いてませんことよ?」と言った。
「薪投げの対策ができていなかったのが悔しくて、うつむいたのがいけなかったのかしら……」
「いえ。セレスティーヌさんがうつむいたことと、この二人が乱入したのは関係ありません」
「関係あるだろ、レオンハルトてめえ!」
組み伏せられているのがなおさら癪だったのか、トムが吠えた。
「トム。これ以上、騎士としての恥を晒すな」
これはガチギレモードだな。バルドーはレオンハルトの声色に顔を強ばらせた。
「セレスティーヌさん。申し訳ございませんが、先にお帰り願えないでしょうか。ここからは騎士団として処理を――」
「いっつもそうやって涼しい顔して仕切って、いい身分になったなレオンハルト!」
「ニール。口を慎め」
バルドーはニールの両腕を掴む手に力を込めた。身分と言いながら、身分を忘れているのはトムのほうだろうに。だがニールはまだ口を閉じない。
「レオンハルト。セレスちゃんのことを好きなのはてめえだけじゃねーんだよ!」
「それくらい知っている!」
そう、レオンハルトだってそれくらい――ん。
バルドーはぐるっと首を動かす。今『それくらい知っている!』と言った声の主のほうに。
当の発言者は、やたら真剣な顔でニールを睨んでいるが。
「……ん? ……んっ?」
レオンハルトが、ようやく自分の発言に気づいたようだった。
※2026年内不定期更新です。




