◆ 第一次世界大戦・後半(1917~1919):総力戦の極限と列強秩序の崩壊
◆ 1. 1917年:ドイツの「最後の勝機」と連合国の戦力再編
■ ドイツの大攻勢:西部戦線総決戦
東部戦線が存在しないため、ドイツは史実以上の物量と機動力を西部に投入
できる。
• 深い浸透戦術(フートゥア兵戦術)
• 重砲と毒ガスの大量投入
• 予備兵力の集中攻撃
特に 1917年春攻勢 では北フランスの英仏・日本遠征軍を押し込み、
アルデンヌからパリ方面に向けて危機的な突破口が開く。
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■ 英仏の危機:日本連邦の増援要請
英仏は再び日本連邦に要請を送る。
「追加10~15個師団の派遣を」
日本連邦はこれに応じ、インドシナ・新海からの増派を決定。
この結果:
• 欧州戦線で日本連邦の兵力は 最大30個師団以上 に拡大
• 英仏軍の戦列を補強し、ドイツの浸透攻勢を辛うじて受け止める
新海(北米西岸)からの補給線は太平洋→インド洋→スエズ→地中海という
長大なルートであり、
日本海軍がほぼ全力で護衛に投入される。
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◆ 2. 1917年後半:ドイツのUボート戦争と海上封鎖戦の激化
■ ドイツの焦りからの全面的潜水艦戦
ドイツは連合国の補給力、とくに日本から欧州まで届く輸送力に危機感を示
し、
無制限潜水艦作戦を拡大。
日本連邦輸送船に対しても攻撃を行い、
欧州への日本連邦の補給線が一時的に混乱。
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■ 対抗策:連合国海軍の「大洋合同艦隊」
英海軍・仏海軍・日本連邦海軍・ヌーベルフランス海軍で連携し、
「大洋合同艦隊」なる作戦司令部が発足。
• 大西洋と地中海に統合護衛艦隊
• 日本海軍は特にインド洋-紅海ラインを担当
• 英海軍は北大西洋で護衛網を形成
結果、ドイツのUボートは徐々に撃沈され、効果が目減りしていく。
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◆ 3. 1918年:中央同盟国の崩壊とドイツの国内危機
◆ オーストリア=ハンガリーの瓦解
多民族帝国は1918年に入るといよいよ限界が来る。
• セルビア・ギリシャ戦線で敗退
• イタリア軍がトレンティーノで反転攻勢
• チェコ・クロアチアなどで独立運動勃発
日本連邦軍とフランス軍が南部戦線に加勢すると、
墺軍は戦線を維持できず、帝国は事実上の崩壊へ
。
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◆ オスマン帝国の崩壊
日本海軍のインド洋・紅海での制圧は決定的影響を与える。
• 英軍と日本軍によるガリポリ~小アジア作戦が進展
• アラビア半島で反乱が広がる
• バグダード・シリアでの補給が断絶
1918年夏にはイスタンブールが孤立し、
オスマン帝国は降伏。
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◆ ドイツ国内の「革命前夜」
中央同盟国の崩壊を受けて、ドイツ国内では不満が臨界点へ
。
しかし史実と違い、ロシア革命が存在しないため
社会主義運動に「外部からの巨大刺激」がない。
代わりに起こるのは:
• 食糧不足による都市暴動
• 前線部隊の離脱
• 連邦構造の自治要求
社会主義革命は起きず「軍と議会の対立」が中心となる
保守派 vs 立憲派の政治危機に収まる。
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◆ 4. 1918年後半:連合国の総反攻とドイツの崩壊
◆ 連合国の反攻
日本連邦・英仏・ヌーベルフランスが協調して
1918年秋に大規模反攻を開始。
• 日本連邦の機動旅団が突破口形成
• 英仏軍が北フランス奪回
• イタリア軍がアルプスを越えて進撃
• 奧匈崩壊に伴い南ドイツへの圧力増大
11月にはドイツ軍はライン川まで後退し、
軍事的な抵抗能力を失う。
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◆ ドイツ降伏(1918年11月)
ドイツは革命こそ起きないものの、
議会派が主導して連合国に停戦を申し入れる。
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◆ 5. 1919年:講和会議と「日本連邦の立ち位置の変化」
◆ 英仏と日本連邦の力関係が急変
この世界では欧州戦域に日本軍が大量投入され、
連合国の勝利に決定的役割を果たした。
そのため講和会議でも日本連邦の発言権が大きく拡大。
日本連邦が要求する主な内容:
• 太平洋のドイツ領の委譲
• 中国沿岸での権益強化
• 国際連盟(仮称)への主導的立場
英仏は日本連邦の巨大化を警戒するが、戦後の疲弊で強く拒めない。
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◆ ヌーベルフランスの地位向上
ヌーベルフランスは北米の仏系移民国家として
戦後「準列強化」する。
• 英領北米より大きな影響力
• 仏本国の弱体化にもかかわらず自治的地位を強化
• 日本連邦とも対等な関係を模索
英本国は北米での自国の影響力低下を痛感し、
のちのドミニオン再編へつながっていく。
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◆ 6. ロシアの立場:外交的勝者だが国内は不安定
参戦しなかったロシアは、結果として領土や人口の損失を避けた「外交的勝
者」に見える。
しかし内部では:
• 軍備拡張による財政破綻
• 改革の遅れから不満増大
• 王政と議会の対立が深刻化
革命級の混乱には至らないが、
戦後数年以内に「立憲化」か「軍政化」かの選択を迫られる。
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◆ 7. 戦後の世界構造:日本連邦の優位化と欧州の衰退
1919年時点での大局は次の通り:
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◆ 勝者側の構造
• 日本連邦:海軍・陸軍とも世界規模の列強に
• イギリス:勝ったが疲弊し、北米・アジアで後退が始まる
• フランス:本土被害大きく、ヌーベルフランスの台頭を受け苦境
• ヌーベルフランス:北米で勢力拡大し独立志向強まる
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◆ 敗者側の構造
• ドイツ:革命は起きずも国家の再編が必要
• オーストリア=ハンガリー:完全に解体
• オスマン帝国:小アジアのみに縮小(あるいは共和国化の兆し)
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◆ 中立国だが影響を受けたロシア
• 戦争を避けたが軍備負担がのしかかる
• 日本連邦との微妙な国境関係が続く
• 欧州での発言力低下
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◆ 総括
この世界の第一次世界大戦後半は:
• 日本連邦の大規模欧州派兵が戦局を決した
• ドイツは革命ではなく国家崩壊によって降伏
• ロシアは参戦しなかったが内政不安が増加
• 北米でヌーベルフランスと英領北米の力比べが激化
• 戦後はアジア太平洋を中心とする「日本型国際秩序」が台頭
という、史実とは完全に異なる世界秩序が形成されます。




